第十一幕 引き戸の前で
心の中に扉を見つけたときから、ひとつの予感があった。
たぶん扉の向こうには、みんなの顔がそろっている。
そう思ったとき、僕は死んだ祖父の顔を思い出した。
祖父にかわいがってもらった記憶は、ひとつもない。酒を飲んでいたことと、よく無視をされたことと、冗談みたいな量の血を吐いて冷たくなったことくらいしか覚えていない。
それなのに、いつの間にか、その存在がすこし近くにあった。
会いたくはなかった。
向こうだって、僕に会いたいとは思っていない気がした。それでも遠くないうちに、どちらからともなく気まずい顔を向け合うのだろうという予感があった。
祖父が死んだということ、もう会えなくなったということを、僕はすこしずつ忘れはじめていた。
三十六歳で死んだ息子の顔も浮かんだ。
僕のことを、最後まで弟だと思っていた妻のことも思い出した。
もうじき家族に会えるのだと思うと、うれしかった。そのとなりには、恩師や友人や、いくつかの人生で親しくした人たちの姿もあった。
どうして長いことご無沙汰だったのだろうと不思議に思い、そういえば死んでいたのだっけ、とあとから思い出す。
死は、こちら側で思っていたほど、きっちり閉まるものではなくなっていた。
だれかにそう教えられたわけではない。
扉に近づくと、勝手にそうなった。
僕の扉は、すこしだけ開いていた。
とくだん縁もゆかりもないコンビニエンスストアの駐車場である。車止めの向こうに、裏店に住んでいたころの、がらくたみたいな引き戸が立っていた。
立派な門ではなかった。
光る入り口でもなかった。
雨の日には湿って重くなり、冬場には指先を挟み、夏には虫の死骸が溝にたまるような、あの引き戸だった。
近づいてみると、二センチメートルほど開いていた。
そこから楽しげな雰囲気がもれている。
障子には穴があいていて、その向こうに、ちらちらと見知った人影もうつった。笑い声も聞こえた。だれの声かは分からなかったが、知らない者の声ではなかった。
僕は、泣かなかった。
喪失感や無力感のようなものは、いつの間にか手を離れていた。板一枚分の距離まで近づいても、身を焦がすような情念が湧いてくるわけではない。
むしろ、どんな顔で入っていくべきかを考えるので忙しかった。
まったく楽しい気分である。
先にくたばった連中に、いっぱつかましてやるつもりで、僕は戸に手を伸ばした。
そのとき、思い出した。
こちら側に、ひっかかったままのサルがいた。
浮かれた気分は、そこで止まった。
止まっただけで、立派な気持ちが湧いたわけではない。使命感もなかった。正しいことをしよう、などという気分にもならなかった。
ただ、思い出してしまった。
あれをそのままにして、僕だけがこの引き戸を開ける。
それは、どうも具合が悪かった。
扉の向こうでは、だれかが笑っていた。
妻かもしれなかった。
息子かもしれなかった。
祖父ではないと思いたかった。
祖父だったら、最初の再会からずいぶん面倒である。
僕は、戸から手を離した。
すぐに後悔したわけではなかった。頭は、妙にすっきりしていた。十二時間寝たとしても、ここまで冴えないだろう。何を放っておけないのかが分かっていたから、家族や友人に背を向けること自体には、それほど抵抗がなかった。
抵抗がなかったのは、扉のそばにいたあいだだけだった。
僕は、がらくたみたいな引き戸に背を向けた。
背中の向こうで、まだだれかが笑っていた。
さっきまで手を離れていたものが、また肉のなかに入り直してきた。
死んだ人は死んだ人で、会えない人は会えない人だった。なくしたものは、やはりなくしたものだった。
僕は、家族に会いたくなった。
友人に会いたくなった。
祖父には、やはり会いたくなかった。
それでも、祖父も含めて、向こうにいるのだと思った。
振り返れば戻れる。
引き戸は、たぶんまだ僕を待っている。
そう思うたびに、足に力が入った。
僕は振り返らなかった。
ふたたび死んでいく家族と友を悼みながら、扉に背を向けて歩き出した。




