幕間三 ザ・プレデター
ザ・プレデターは、誇り高きサルたちのなかに生まれた稀代の傑物である。本当は、スーパーデカデカ男とか、なんでも食うとんでもない奴とか、そういう呼ばれ方をしていたのだと思う。意味は、だいたい同じである。
伝説のなかの彼は、だいたい山だった。身長は四メートルを超え、肩幅は洞穴の入り口をふさぐほどあり、筋肉がぱんぱんにつまった体重は五百キロあった。木の枝に手が届き、洞穴の入り口に立てば後ろの光が見えず、怒れば群れの空気が変わった。
そういうことになっている。
混乱と恐怖が渦巻く時代、ザ・プレデターは群れのまえに現れた。彼は、当時ライバルと目された歴戦の戦士たちを力でねじ伏せ、最後には自身の腹へおさめてきた。屠ったライバルの血肉を、文字どおり自分の肉にしてきたのだから、その体が強靭でないはずがなかった。
食べ物を奪いに来た別の群れをひとりで追い返したこともある。崖の下へ落ちた子ザルを片手で引き上げたこともある。岩陰に潜んでいた獣を、獣の方が気の毒になるくらい叩いたこともあった。彼が一歩まえに出るだけで、群れのなかの弱いサルたちは安心し、強いサルたちはすこしだけ黙った。
なにより特記すべきは、その生命力である。どれほどの深傷を負ったとしても、その翌日には全快し、敵地に乗り込んで得物を振り回した。細かな傷ならばツバをつけた瞬間に治ったし、骨折くらいなら昼寝程度の休息で元どおりであった。とんでもない絶倫でもあり、一晩で百のメスを孕ませたという話まで残っている。
苦難の歴史を歩むサルたちのなかで、この変異体はまさに怪物だった。来たる猫との覇権争いにおいて、この歴代最強の戦士が、サルたちの期待を一身に背負って立ち上がった。
一方、猫たちは代理戦士を立てなかった。
黒い猫が、あくびをかみ殺しながらザ・プレデターと対峙したとき、誇り高きサルたちは失笑を浮かべた。
「あの毛玉が、どうやって巨人を打ち倒すんだ?」
対して、猫に隷属しているサルたちは、目と耳をふさぎ、恐怖にふるえ、おののいた。彼らをふるわせているものは、ザ・プレデターの威容でもなければ、決闘の結末でもなかった。雷や嵐や大水や地面の揺れに対する、どうしようもない恐怖に近かった。
分かりきったオチを、これ以上ひっぱるつもりはない。
ザ・プレデターは猫に敗れた。
ぺちゃんこの猫の皮が地に落ちたとき、そこには地球人の勇者よりも、はるかに大きなものがそびえ立っていた。それは暴力的で、残酷であり、しなやかで奔放だった。なにより、そんなことはどうでもよくなるくらい、グロテスクで醜悪なものだった。
ザ・プレデターは、全身全霊で嫌悪を抱いた。たったの一秒も、それと対峙することはできなかった。細く裏返った悲鳴をあげて逃げ出し、すぐに捕まると、今度は子どものように泣き叫んだ。命乞いは最初の一回だけで、あとはひたすらに死を懇願しつづけることになった。
その望みが叶うまでに、三年かかった。
その三年のあいだ、彼は耐えがたい苦痛と汚物にまみれた。
ザ・プレデターの強さについては、だいぶ話が盛られている。でも彼の負け方については、ほとんど盛られていない。
記録が残っているからだ。
記録に残っている彼は、伝説ほどではない。大きいことは大きい。他のサルより頭ひとつか、ふたつぶんは高い。肩も厚く、腕も長い。歩くだけで、まわりのサルがすこし下がる。けれど、山ではなかった。洞穴そのものでもなかった。ただ、かなり大きなサルだった。
猫側は、彼が敗れてから死ぬまでの一部始終を、詳細に記録していた。彼の悲鳴はもちろん、肉や骨が千切れる音、吐瀉物のにおい、ありがたくないことに、血の温かさまで記録のなかに残っていた。早送りも、巻き戻しもできた。見たくないところだけを飛ばすことも、見たくないところだけをゆっくり見ることもできた。
おかげで僕たちは、当時の戦いをいつでも追体験することができた。ザ・プレデターに敬意を表し、それでも戦いと呼ぶことにする。
なぜそんな記録を残したのか。猫たちに言わせれば、たぶん後の面倒ごとを減らすためだったのだと思う。猫へつっかかるとどうなるか。それを一度、かなりていねいに残しておけば、同じような勇者や王や怪物が、その後しばらく湧きにくくなる。
実際、それはよく効いた。
ザ・プレデターは、サルたちの希望だった。その希望が三年かけて壊されるところを、音もにおいも温度もそろえて残された。それはもはや警告というより、保存状態のよい嫌がらせだった。
だから僕たちは、ほんのつい最近まで、しっかりとビビっていた。
三つ子の毛玉どもに心から服従するのに、なんの不足もなかったというわけだ。




