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リバーブ



VOXのアンプのスイッチを入れる。

ACアダプタをコンセントに差し、

エフェクターに息を吹き込む。


そして黄色いレスポールスペシャルに、

シールドを挿した。


「あ~なんで真空管アンプにしたんだろう」


この暖気がもどかしい。

だがそんなもどかしさは一度、

音が出ればいやな気持ちなんか燃え尽きてしまう。


それが真空管という時代遅れな半導体の副作用だ。



「ああ、誰が何と言おうと、お前が一番だ」

クランチトーンで力強く弦をはじく。



芯がハッキリし、だがどの音も輪郭がハッキリ残る。

僕は一番と呼ぶべき相棒にしているのがこのギターだ。



カラっ欠になっているオーディオプレーヤーが役に立たないので、

スマホにヘッドフォンを挿し込んで音楽を流す。


高校生時代にライブでやった曲。

こんな曲、聴くのも弾くのも何年ぶりだろう。


ギターソロ、譜面や押さえる所は覚えていない。

だけど僕の耳ははっきりと覚えている。


僕は目を閉じて弾く。


「はっはっは。劣ってる」

思わず笑ってしまった。


だが無意識に指が動いて、

ぎこちなくともソロを弾き終える。


「ああ、覚えてるもんなんだな、指って」

懐かしい曲が持ってきてくれたお土産は、

確かな記憶だった。



外を見たら薄暗くなっていた。

3時間ほど没頭した。


僕はスマホを手に取り、耳元に当てる。


ぷつっ と一度スピーカーが鳴る。

その向こうからは何も聞こえない。


「奈緒、会いたい。君の話を真剣に聞けなくて本当にゴメン」


スピーカーは揺れない。


「もう一度会ってくれる?」


スピーカーは静かに揺れる。


「…カラオケ…連れて行って…」

「わかった。土曜日朝一でいい?」


スピーカーは二文字分揺れて切れた。



そして土曜日、開店でフリータイムに間に合うように、

奈緒を迎えに行く。


普段僕が到着してから奈緒は出てくるが、

この日は奈緒が外で待っていた。


「あ、ゴメン待たせた?」


奈緒は助手席のドアを開ける。

「ううん。ありがと」


と言い座ってドアを閉めた。



奈緒が助手席で眠っているとき以外、

こんなに静かに車が走るのは初めてかもしれない。



車で10分ほどだが、

こんなに遠く感じたことは無かった。


「フリータイムでいいよね?」

奈緒はうなずく。


ドリンクサーバーでココアを入れて部屋に入った。



2年ぶりぐらいかな、やっぱりこの部屋は独特の音がする。


つーんと耳が詰まるような音。

防音、吸音の効果なのだろうか。


「奈緒、きいて…」

僕が声を掛けようとすると、

奈緒はスタフルの曲をもう入れていた。


「歌わないなら私がずっと歌うからね?」


僕は彼女が3曲目に突入するまで手が動かなかった。



3曲目に奈緒が入れた曲は、

僕が以前ライブでやった曲だった。


彼女がこの曲を口ずさんがことなんか一度もない。

僕の車でひたすら流れていた曲だ。


彼女の歌いだしを聞く。

湧き上がるこの感情は何だろう。

赤く黄色い感情。


僕の中で何かスイッチが入った。


「あぁ、やってやるよ」


奈緒からの挑戦状を受け、

僕はスタフルの夜明け前の咆哮を入れる。


「おい奈緒、お前より高い点数取るから、

取ったら夕飯たまにはお前がおごれ!」


この曲はもちろん歌うのは初めてだ。

鼻歌すら歌ったことが無い。


だが、何度も隣で聞いた曲だ。


変調もなければテンポも早くない。

激しいアップダウンもない。

ビブラートをかけられるポイントもたくさんある。


この俺が歌えないわけがないだろ?



採点は89.5点 聞き込みが足りない歌にしては上出来だ。


「ああ、本当にムカつく…」

奈緒も続いて夜明け前の咆哮を入れる。


結果は88点。


「俺様の勝ちだ」

「はぁ、負けたよ。あたしの負け」


奈緒は財布を開けて中身を確かめた。


「いつものイタリアンでいいよ」

と言い財布をしまわせた。



僕は口を開く。


「奈緒、やっぱりさ、この曲。僕の耳には響かない。

だけど、確かに歌詞は良いね」


「そっか。そうかいそうかい」


奈緒の顔を見て僕はデンモクに手を伸ばした。

「さ~て歌うか」


いつも歌う曲を予約した。



お昼も食べずに歌い続け、

流石にお腹が空いたと、

午後2時ごろにお昼ご飯を注文した。


ここのカラオケ店の料理は案外好評で、

普通においしい。


値段もそこまで高くなくて、

店内料理をしている。


採算とれるのだろうか。



「奈緒さんさ…本当にゴメン、無自覚で僕は君を傷つけていた」

歌って凝り固まった舌が柔らかくなってきた。


「いや、私も言い過ぎた。大っ嫌いなんて言っちゃって。言い過ぎたかな」

「あのさ、聞いてほしい。話したこと無かったと思うから」


僕は自分の音楽観や、今嫌になっていることを、

初めて奈緒に打ち明けた。



「そっか、とても悩んでそうには見えていなかったよ。

幸くんも意外とナイーブなんだね」


いや、ナイーブではない。


「だから、きっと音楽だけじゃなく、僕は否定的なんだな」

そう、自分の価値観を固めて壁を作ってしまったのは自分自身だ。


「けど、奈緒に言われて、僕は初めて気が付いた。

正直ショックだったよ、だって老害そのものじゃん」


こうやって年を取って新しいことを拒否して、

頑固じじいと言われていくんだ。


「少し戻るけど音楽の話に。

私は幸くんの歌声、普通に好きだけどな」


好き 歌声が好き?


「上手いね。すごいね」


と言われたことは数知れず、

だけども、今日この時、他人が好きと言ってくれた。


僕の歌声を。

そしてその言葉を聞いて、思い出した。


「奈緒、君のどこに惚れたか、話してなかったよね」

奈緒はいつもの顔で僕を見てくれた。


「かわいいから…じゃなくて、一目惚れでしょ?」

「一目惚れ…と言うより、目についた?ってそうじゃないんだよ」


お前が目に付くんだよって、どこの世界の不良学生だ。


「僕はね、君と初めて…?二回目?の時、

君は英語の歌詞の歌とか、セリフが入った歌を歌っただろ?」


本人は全く心当たりが無いようだ。


「まあいいや、その時、君があまりにも堂々と歌う物だから、

その心意気に惚れたんだよ」


奈緒は膨れた面をして、

「はぁ?なにそれ!?」


怒ってポコポコと僕を叩いた。



それほどに、僕は音楽に支配されて生きている。

そう実感をした。


その後も僕たちは久々のカラオケで発散をした。



カラオケを終え、僕たちは大衆イタリアン料理店へ移動する。


そこで、奈緒の横に座った。

なんとなく正面に座るのが気まずかったから。


彼女からのご褒美は、イタリアの街並みを彷彿とさせるような料理だ。


「僕ね、一度ヴェネツィアに行ってみたいんだ」


パッションなカラーの家は、

漁師が自分の家がどれかわからなくならないように、

という意味を込めて派手な家が多いらしい。


「イタリアか、ねえちょっとそれはこの店の雰囲気に引っ張られ過ぎじゃない?」

「いやいや、嘘じゃないんだって。学生時代から興味があったんだよ」


あっという間にご飯を食べ終えた僕たちは、

もう少し話したいと、夜の公園へ奈緒を引っ張った。



「奈緒さんさ、僕はね、今日僕の歌声が好きって言われて、

すごくうれしかったんだよ」


なんとなく顔を見れない。


「そうか」

彼女は今どんな顔をしてどんな事を考えているんだろう。


「君から、初めて僕の存在を受け入れてもらった気がする」

それは少し誇張しすぎた表現かもしれない。


そして続けて奈緒に言う。

「だから僕は、今度は君を精一杯受け入れたい。」


彼女は単純に。

「そうかいそうかい」

という言葉を吐いた。



「また改めて君とお付き合いをしたい。いいかな?」


「そう面と向かって言われると恥ずかしいんだけど、

面と向かって言われてないからどうしよっかな」


「君は案外意地が悪いんだな。奈緒さん」

こんな面初めて見た気がする。


僕は彼女の肩を持ち強引に僕のほうにむける。

「こんな俺だけど、またよろしくね」



彼女は俯いて うん と言った。



それにしても、今年は本当に暑いな。


テレビのキャスターは、もう一週間ほど熱帯夜が続くと言っていた。


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