振幅
1秒間に400回振幅する。
これが400Hz。
400Hzが右から左へ、
ピタッと音が止まった。
僕は左頬を叩く。
手のひらを見ると、
そこには400Hzを放っていたものが、
無残にも潰れている。
この憎たらしい生き物は、
すっかり9月の風物詩となった。
9月の中旬、もう一か月ほど奈緒に会うどころか、
連絡すら取っていない。
彼女から言われた、
「お前のそういう所、大嫌い」
この言葉がフィードバックする。
それが怖くて僕は連絡を取ることができなかった。
会社に着くなりため息をついてしまった。
「どうした山岡、あっ電話」
外線をいの一番に係長が取った。
僕は彼女との接し方…
あれ?待てよ?今彼女は本当に僕の恋人なのか??
大嫌いと言われて、
既読スルーで、
一か月会っていない。
「これって破局ってやつ!?」
僕は普段控えている炭酸飲料を買って、
タバコも吸わないのに、会社の外で飲むことにした。
連絡したい、でも怖い。
会いたい、でも怖い。
ギターを…弾きたいのかわからない。
音楽…聴きたいのかわからない。
そんな僕の車のオーディオは、すっかりラジオになってしまっていた。
飲み干した缶の炭酸飲料を捨てて、自席に戻る。
戻るなり係長が立ち上がる。
「山岡、この前秋葉原商事から注文貰ったろ、何出荷した?」
「え?あぁ確か電話でSAの引き合い貰って受注になりましたね」
嫌な予感がして注文書のファイルに手を伸ばす。
「お客さんからさっき電話あって、何でSBじゃない製品が届いてるんだって
怒っていた」
バカな!僕は電話で引き合い受けた時も、SAの在庫と生産予定を確認したはずだ。
ほら、メールにも残っている。
と言いながら注文書を開く。
製品型番、SBとなっていた。
さぁっと頭から血の気の引く音が聞こえ、
寒気を感じた。
「係長、一応お客さんからはSAで引き合い貰っていて、メールにも残ってるんですけど…」
注文書が真実なのか嘘なのかわからない。
「山岡、SBは在庫あるみたいだから、今から秋葉原行けるか?」
うなずく。しかない。
「らしくないぞ山岡、ちょっと疲れてるんじゃないのか?」
確かにここ数日、ケアレスミスが目立つ。
「山岡、遅くなりそうなら直帰してもいいぞ、ちょっとリフレッシュしてこい」
「係長…すんません!直帰になりそうならメッセージ入れます!」
こうして僕はリュックに製品を入れて、一旦自宅に帰り、
歩いて駅に向かった。
ぼーっと手すりを眺めている間に、東京駅を過ぎた。
「あ、そろそろ降りなきゃ」
僕は秋葉原で降りた。
「ああぁ、相変わらずすごい賑やかなところだな」
そんな華やかなビルに背を向け、
「降りる口間違え散った」
と反対方面へ歩いた。
結局お客さんが欲しかったのはSBのほうだった。
お客さんも問い合わせのミスに気付いてくれて、
商品を交換をして難なく終わった。
ちなみにSAは少し大きい製品なので、
会社に着払いで送ってもらうようにお願いした。
「あぁ、お腹空いた。何食べようかな」
こんな時、奈緒はいつも 野菜系かイタリアン と言う。
デートの時の食事の選択を、奈緒にゆだね過ぎていたのかもしれない。
ふとした時にその事実に気が付いた。
結局食べたい物が無く、個室形式の豚骨ラーメン屋に入った。
秋葉原と言えば僕がいの一番に思いつくのが、
電気の街だという事。
「僕はエフェクターを作る!」
そう意気込んでいたっけ。
露店を眺めながら、
その時のワクワクした気持ちが蘇ってきた。
そう言えば秋葉原から御茶ノ水駅まで歩いたことがあったな。
「ん~確かあの道だったかな?」
地図アプリも開かずに、
少しだけ変わっている街中を、
記憶と照らし合わせて歩くことにした。
スレッショルドによって山が削られる。
だがところどころ粒が荒い。
乾いたように聞こえるその歪んだ音。
軽快、だけど確かな暖かみを感じる。
シングルコイルの音だ。
普通のシングルコイルにディストーションで歪ませたら、
ここまで輪郭は残らない。
出力が高い太めのシングルコイル、
おそらくP-90あたりのシングルコイルだろう。
楽器屋の前に立ち僕は目を閉じる。
照らされたライトが眩しくて観客が良く見えない。
そんな高校3年生の文化祭でやった初ライブ。
ヘッドフォンで聴き込んで練習して、
夜中の1時に「うるせーバカ!」って父親に怒られた学生時代。
奈緒と付き合うきっかけとなったカラオケで歌ったあの曲。
ぎこちないP-90から流れる音が、
たくさんのお土産を連れてきた。
僕はメッセージで係長に、
ちょっと長引きそうなので直帰しますと言い、
楽器屋に入らずに駅まで走った。
「ああ、なんでいちいち各駅停車するんだ」
身勝手な思いが、今の自分を突き動かしている。
ああ、帰って早くギターが弾きたい。
そして君に会いたい。奈緒。




