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歪み(ひずみ)



二時間と言う決まった枠で、

人を、いや世界を熱狂させ、

時には絶望させる。


映画というものは濃度が重要だ。

そんな僕にも当然好きな映画があった。


「奈緒、ちょっとうちで映画見ようよ」


付き合って一年ほどだっただろうか?


僕は奈緒を部屋に招き入れ、

好きなSF映画の鑑賞会を行った。


シリーズ物の映画のため、

1日で一気見はできなかった。


「ちょっと目が疲れちゃったね、お菓子パーティしようか」


僕たちは近所のスーパーにお買い物に行った。


この時もそうだ、僕は一方的に自分の趣味を、

面白いと思うものを奈緒に押し付けたんだ。


「それって私と共感したいってことでしょ?」

と奈緒から言われたものの、

果たして本当にそうなのか、当時はわからなかった。



好きなお菓子も買い、車に乗ったときに奈緒から言われた。


「そういえば私、幸くんのギターって学生以来聴いてないかも」

「そうだった?じゃあ帰ったらちょっと弾こう」


部屋に帰るなり、僕はVOXの真空管アンプの電源を入れ、

エフェクターボードにシールドを繋いだ。


そこでちょっとしたフレーズを弾く。


目の前で奈緒だけに弾く姿を見せるのは、

ちょっと恥ずかしかった。



「幸くんギター上手いよね?まあ私の意見は素人意見だけど」

「そうかな、リズムもミスタッチもミスピッキングも結構あるよ」


「そんなこと言われても私にはその違いはわからない」

そんなもんなのかな?


「そしてさ、君は歌がかなり上手いよね?キーも技術もコントロールしてる」

それについては独学で訓練した。

いや、日々訓練している。



「幸くんはどうしてプロを目指さなかったの?」


耳がつーんとする。

視界が遠ざかるような気がした。


「え?あ、いや、普通目指さないでしょ。

僕は土日休みの安定した生活が送りたいんだ」


そう、サービス業の父親は休みが不定期だった。

僕は絶対そうはなりたくないと思い、

安定した会社への就職を志した。



「そっか、じゃあただの趣味ってことなんだね」


趣味という単語がでた。

この時何にも答えることができなかった。



「いーなー私ゲームが好きってこと以外趣味が無いんだよなぁ」


奈緒のこの言葉にはすぐに反応することができた。

「奈緒、一緒に出来る趣味が見つかると良いね」


「本当にやってくれるの?

今までの君をみてたらちょっと信じられないな」


「え?どういう意味?」


「だって幸くん、

私が好きな物あんまり受け入れてくれないじゃん」


この時の奈緒の言葉で、

僕の心には、なにか 歪み(ひずみ) が存在している。

という事に気が付き始めた。


今となっては遅すぎたのかもしれない。



「僕が…奈緒を受け入れていない…?」

「うん、例えばそうだな…」


奈緒はおでこをさすりながら答える。


「私がスタフルの曲良いよねって聞いてもさ、

つまんない とか 頭に入らない とかって話聞いてくれないじゃん」


そんなこと言った記憶がない。

いや、言っていた。


「ご、ゴメン、そういうつもりとか全然なかったんだ…」


「私はただ幸くんに私の話を聞いてほしいだけなの」

「そ、そっか。それは本当に悪いことをした」


話を聞いてもらいたいだけ。

頭では理解できた。


だけど、奈緒の声が僕の頭の中でずっとぐるぐる回っている。

その声は、僕の音感を確実に壊した。




まず奈緒の言葉で響いたのは 趣味 という単語だ。


僕はこれまでたくさんギターを買ってきた。

そしてアンプもエフェクターも。


総額100万円を超えているだろう。


100万円あれば大抵の願いや贅沢は叶うだろう。

そのお金を 音楽 に注いできた。


「あんたそんなにギターあってどーすんのよ」

母からも言われるほどだ。


もちろんギター本体だけじゃなく、

エフェクターもレコーディングするわけでもないのにかなり沢山ある。


それだけ、僕はギターで表現をしたい 音 が沢山あったんだ。

自分以外へのアウトプットはしないのに。


僕のボードに乗っている黄色 黒 青 紫 様々な色のエフェクター。

そして控えでコレクションしているエフェクター。


一つ一つ手で取り、クロスで乾拭きをする。


「あ~あ、マルチ一つで十分なのになぁ」


その時から、その色が全て灰色に見えているように感じた。



試しにマルチとアンプを繋ぐ。

好みの音にプリセットしたチャンネルに合わせる。


Amコードの形で押さえて1音1音弾いていく。

色々な気持ちや記憶が右往左往する。


アルペジオは、チューニング、音色、歪み、リズム、自分の調子

様々なパラメータをチェックするのに最適だ。


「うん、やっぱ違うな」

マルチエフェクターっぽい音だ。


どうしてこの音の違いを掴んでしまうのだろうか。

自分の耳が嫌だと、産まれて初めて感じた。



次に引きずったのは、プロ という言葉だ。


不完全な絶対音感。

挑戦しない安定志向。

聞かせられても惹かせられない声。

中途半端な技術。


僕がプロを志さない理由としては十分な御託だ。


だが卑屈な自分をもう一人の自分が指摘する。


恋人や家族に迷惑がかかる。

不安定な収入。

いないメンバー。


これらはプロを目指せない理由にはならないと。


「じゃあ…俺は何のためにギターを弾くんだ」


新品の弦に張り替えたギターの弦を力強くはじく。

新品独特の倍音が豊かに響き渡る。


はずなのに、今の僕には鈍くこもった音が耳に溜まる。


僕が拘って作った音が誰の耳にも入らない。

僕の考えたフレーズが誰にも評価されないまま錆びていく。

僕と言う無名の音楽家が無名のまま墓に入る。


「そんなのは嫌だ…」


僕はこのころから無意識に承認欲求の手段として、

音楽をしていることに気がついた。



そして最後の言葉、奈緒の好きなものを受け入れていないという点だ。


「そんなことしていたんだな」

無意識だった。

だけども記憶のかけらを引っ張ってみる。


そこにいた旋律は…スタフルの曲だ。

「いいでしょこの歌詞、明るくて、なんか元気が出る!」


「ん~あんまりボーカル以外の音が聞こえてこないな」

奇抜なエフェクトもかかっておらず、退屈なメロディだ。


「あのさ、私は歌詞の事聞いてるんだけど?」

歌詞?どんな歌詞だっけ。

ろくに原曲を聞いたことがないのにイントロから頭の中で流してみれば、

歌と言う音が聞こえてきた。


「ああ、本当だ、前向きな歌詞だね」

「でしょ?ここはねメンバーがね」

ごにょりごにょり そのあとの記憶は残っていない。


この後奈緒に言われて気が付いた。

僕は歌の歌詞を、旋律や音としてしか聞いていない。


歌詞の意味を考えるのは、本当に極稀に思い出したフレーズを口ずさんで、

「あ、この歌そういうことが言いたかったのか」

なんて思ったりする。


僕が言葉に興味がないのか、言葉を聞き取れない脳なのかはわからない。

けど、そのことに関して劣等感を抱いたのは事実だ。


だからサウンドだけで受け入れられるか受け入れられないかが分かれる。


「それは好みの問題でしょ?」

と奈緒はフォローしてくれたが、それだけじゃない。


自分の世界観に合わない音楽は全て拒絶しているという事実に気づかされた。


それは音楽の事だけではなかった。


クリエイターとして、新しい物を受け入れないのはあり得ないことだ。

僕はこう結論した。


「僕は音楽をやる資格がない。

音楽をやっているだけで、きっと好きではない」


2年ほどかけてじわじわと日々自分の音楽観が嫌いになっていく。

こうして、僕は本格的に音楽を嫌いだと思い込んでしまった、



手入れを終えた楽器たちを元に戻す。


ギターを弾いていたわけでもないのに、

嫌な気持ちが湧いてくるのはいったいなんでだろう。


僕は奈緒を怒らせて帰ってしまった後、

1度だけメッセージを入れた。


帰宅したか確認するための生存報告と、

そんなつもりはなかったんだ。ゴメンと添えた。


彼女から無言の返事があった。

その返事をもらった僕は、どうすることもできない。


僕は残りのお盆休みをテレビゲームの世界で過ごした。


猛暑と言われたお盆休み、

僕たちは冷夏の盆休みを過ごした。





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