エコー
流行とはいついかなる時も突然で、
去る時も容赦がない。
僕に言わせれば、
それは運でしかない。
こうして世にはたくさんの
運で成り上がった物がたくさんある。
だがその運も実力のうちと言う。
なぜなら、基本がしっかりしていなければ、
そもそも作品としての形状が成り立たないからだ。
なぜこんな卑屈な事を思っているかと言うと、
今、僕が目にしているこの映画に対して、
粗探しを探していたからだ。
「去年流行ったミサンガの約束あったじゃん?」
あ~はいはい、少年少女の恋物語ね。
スタフルが主題歌のやつだ。
「そんなのあったっけ?」
言い出すことはわかっている。
「あったのよ、そして私借りたのよ。5分前に」
読めた。明日は家デートというやつだ。
「明日持っていくから、途中でお菓子買おうね」
へ~いと返事をして通話を切る。
僕はお風呂に入りながら逆算をした。
「お昼ご飯を食べるのを考慮して…明日は8時出か…」
彼女が寝てしまう前に8時着とメッセージを打って寝た。
僕の地元のスーパーには、1店舗だけ8時にオープンしている店舗がある。
これがこういう時は本当に助かるものだ。
奈緒を迎えに行って、スーパーに寄る。
「やっぱ、ポテチとカリカリ梅は外せないでしょ」
遠足ですか。
「あーじゃあ僕はチータラとあたりめとナッツだな」
飲酒禁止と釘を刺された。
店内に流れる音楽が変わった。
イントロで流れたスネアの音とベースの2音で、
何の曲かすぐわかる。
少し遅れて奈緒が言う。
「あ、この曲、幸くん前に弾いてなかったっけ?」
「ああ、これライブでやったことあるんだ」
「そうだ、たまには幸くんのギターも聴きたいな」
一瞬歩みが止まる。
なぜ聴きたいんだろう。
僕は今弾けるのだろうか。
うんとだけ返事を済ませて、レジの台に大量のお菓子を置いた。
家に着くなり彼女はベッドに座る。
そして渡されたディスクを入れる。
「これ新作だから今日返さなきゃじゃん」
帰りの寄り道は確定。
流れ始めた映画。
ミサンガが切れた時に結婚しようね。
と約束しあった幼馴染の少年少女。
だが高校が別々になり、二人は別々の道を歩むことになる。
そしてキーケースのキーホルダーにしていたミサンガが切れた時、
幼馴染との約束を二人が思い出す。
なんてクサい、スクエア恋愛映画だ。
「さあ、奈緒にどんな感想をぶつけようか」
奈緒が喜びそうな回答を探していた。
ところが、中盤を過ぎたあたりから、
僕はなんだか4人の恋の行方が気になってしまい、
「あああ~これは流行った理由がわかる」
と納得してしまった。
去年「この映画を観ようよ」
と奈緒から提案されていた。当然。
「めーっちゃ面白いじゃん!」
なんと言う感想を出すのが屈辱だ。
ゆえに僕はこの映画の粗探しを始めてしまったのだ。
演技がクサいとか臭くないとか、
そう言うのは全くわからない。
アニメ映画を観れば、この声優は下手だとか、
そう言うのはわかる。
だが実写は全くわからん。
感情が伝わるか否か。
「僕にはじぇんじぇんわっかりましぇーん」
なので映画は内容が面白いか面白くないか、
そこしか僕が評価できるポイントがない。
だがこの映画、内容が面白い。
変に浮いているようなシーンもなく、
普通に一貫して面白かったのである。
蛇口よりも涙もろい奈緒の顔を見た。
彼女は涙を流しながら難しい顔をしていた。
あんたはどういう感情で観ているんだ。
「幸くん、どうだったこの映画」
ついに審判の時が来てしまった。
正直に言おう。スクリーンで観たかった。
だが、変なプライドが背伸びする。
「あ、ああ普通に面白かった。内容は良かったね、
ただ、スタフルの主題歌はちょっとマッチングしていないんじゃないか?」
唯一僕が言えるマイナスな意見はそれだけだった。
「あのね!それは私も思う」
思うのかよ。
だが想像以上に楽しめた作品であることは間違いない。
「幸くん、知らなかったよ、君って素直じゃないね」
唐突である。
「素直にちょーおもしれーって言えよ」
床に座る僕は、ベッドに座る奈緒から足でツンツンと軽く蹴られる。
え、声が漏れていたのかな?
「まあいいか。じゃ、久々に君のギターを聞いた後、
今日はラーメンでも食べに行こう」
難を逃れた。
僕はアンプとエフェクターのスイッチを入れる。
今日の気分はジャズマスター。
この子は一度、
「君は色がかわいいね」
と奈緒に褒められたことがある。
トーンを2メモリ、ボリュームを1メモリ絞る。
これが僕がギターを弾く時の本体側のセッティングだ。
Amのパワーコードを押さえてブリッジミュートで優しくはじく。
「あ、それ夜明け前の咆哮でしょ?」
大当たり。
「こっそり練習してたんでしょ?」
「いやいや、今初めて弾いている」
わずかな記憶を頼りに音を再現する。
きっとある程度やっている人なら、
これぐらいのトレースは容易いだろう。
ソロを探り探り弾く。
思いっきり音を外す。
思わず僕の手が止まり笑い出してしまった。
「もっかいもっかい」
といい、もう一度ソロからやり直す。
「君はギターを弾く時そんな顔するんだね」
奈緒は頬杖をつきながら僕を見ていた。
「恥ずかしいからあんまり見ないでくれたまえ」
ライブも経験しておいて何を言っているのかわからない。
だが、彼女からの視線は裸を見られることよりも恥ずかしい。
「私は君の歌も、君のギターの音も、どっちも好きだよ」
時が止まったかのように部屋が無音になる。
「そ、そう?」
「私も軽音部だったでしょ?他の人の演奏も聴いたことある」
奈緒と知り合ったのは高校の軽音部だ。
その時、僕の目に君の姿が写った。
僕は耳ではなく目と心で違和感を感じた。
この人…僕の人生において何かとても大切な人物になるだろうと。
「幸くん、君の音はね、色々な音を出すけど、全部耳に優しい音だよ」
「奈緒…まあね。俺様は耳だけは自信あるから」
今の僕はどんな表情をしているんだろう。
「奈緒、僕と結婚しよう」
僕のジャズマスターのピックガードは、
なぜか濡れていた。
ピックガードを拭いたのち、
奈緒から即答された。
「嫌だ」




