ハーモニクス 完
えっ…。
僕はとっさにボリュームを全部絞った。
「あのさ、お前は本当に女心をわかっていないよ」
なぜか奈緒はカリカリ梅の袋を開け、食べ始めた。
「あのね、プロポーズってね、ほとんどの人が一生に一度なの、
言われない人もいるの。わかる?」
僕のリアクションなど見ずに奈緒は語る。
僕が何も口出しをしないことをわかっているかのように。
「それをさ、あなたの実家の部屋で、何も用意されず、
ただぽろっと言うもんじゃないの!」
蒼天の霹靂。
僕は一瞬で冷静になる。
「用意するものも用意してないんでしょ?」
うなずくしかない。
「私以外なら即破局だったよ。やり直し!
男なら、付き合ってと告白してきた時以上にバシッとかっこよく決めなさい!」
圧倒され過ぎて、僕は何も言えなかった。
「あたしゃ飯食ったらけーるよ!送ってって!」
僕たちはラーメンを食べて、
DVDを返して解散することになった。
西に向かう帰り道、
すっかり赤く染まってしまった空に向かって車は進む。
ちらっと彼女の顔を見る。
奈緒の頬は黙って何も言わず、
赤い空を眺めて、
静かに涙を流していた。
僕は、この時の奈緒の横顔は死んでも忘れないだろう。
プロポーズを大失敗してしまってから数か月。
僕は見積もりにのけぞりながらも、
重たいハンコを軽く押し、待つこと一か月ほどで納品された。
この日本で一番高い塔に奈緒を連れてきた。
「人生をかけて君に良い音色を届けます」
と宣言した。
「私より音楽と結婚すれば?」
と言われてしまったのは、墓場まで持っていきたい思い出だ。
それからという物、新居も見つかり、
入籍と結婚式の日取りも決まる。
結婚って意外と面倒なことが多い。
何度役所を往復したかわからない。
そんな頭がパンクしそうなときは、
自慢のアンプで大音量でタスクを燃やした。
そして、奈緒が住んでいるアパートの退去日が決まる。
僕は、小林奈緒に向けて初めての手紙を書いた。
そこに綴るのは、
出会いの感謝、音楽の存在、
そして、思いつく限りの謝りの手紙だ。
散々ブルーな気持ちにさせてしまった。
その正直な気持ちを最後に告白することにした。
小林奈緒様へ、
題名は何がいいだろう。
あ、
「最後の手紙」
にしよう。
僕は封筒に詰めて郵便局へ行き、
退去日に合わせて配達を依頼した。
エピローグ
正直、直接言えなかった。
僕は知らなかったが、
意外と素直じゃないんだなと思った。
本当だ、奈緒の言った通りじゃないか。
奈緒にですら僕の心情を悟られることが恥ずかしい。
でも悟ってほしいと思う気持ちはなんなのか。
だけど、そんなめんどくさい僕のことを好きだと言ってくれた奈緒に、
僕は残りの人生、誠心誠意彼女と未来の家族のために、
たくさんの音色を届けたいと思った。
それは事実だ。
僕のためかはわからない、
単純に初めてもらった手紙がうれしいのかもしれない。
彼女の心情はわからないが、
座り込んで泣いている奈緒の背中を叩いた。
「よかった、最後に手紙を届けたかったんだ!どうしてもさ」
僕は言い残して、書類に名前を書く。
僕たちは今日、市役所に届けを出して入籍する。
同時に新居に引っ越しもするのだ。
目を真っ赤にした奈緒は言う。
「手紙なんていつでも書けるじゃない。なによ最後の手紙って?
一緒に暮らすから手紙を書かなくなるってこと?」
「いや、そうじゃないさ」
僕は振り返らずに車に荷物を積みに行った。
僕が再び戻ったとき、
段ボールに置かれた婚姻届には、
山岡 奈緒と名前を書き、その横に印鑑が押してあった。
あとがき
つるおかです。
この度は『ロックが君を苦しめている』をお読みいただき、
誠にありがとうございました。
本作は、私自身の感情や経験をベースにした、エッセイに近い物語です。
もちろん、実際にここまでの出来事がそのままあったわけではありませんが、
・不器用さ
・もどかしさ
・音楽との向き合い方
そういった感情は、山岡幸輝という人物を通して描かせていただきました。
マニアックな表現を所々しておりますが、
それも自分の不器用さを表現しています。
それも含めて「この物語の温度」として受け取っていただけたなら嬉しいです。
実はこの作品、私のペンネームに繋がっています。
弦陸 流音
六弦から流れる音。これで つるおか りおん というペンネームにしました。
さて、本作は『食物人間―しょくにん―』以来の新作となりますが、
今回は特に執筆がスムーズで、4日ほどで一気に書き上がりました。
書いている最中は、
「もしかして自分はエッセイ寄りの方が書きやすいのでは?」
と感じるほどでした。
私自身、2025年初頭に人生で初めて物語という物を書き始めてから、
この作品はちょうど1年後の2026年1月に執筆した作品となります。
しょくにんを書き終わってすぐの時期に書いた作品ですが、
自分に向いているジャンルは未だに模索中です。
純文学でもない、ラノベでもない。
あえて言うならライト文芸なのかもしれません。
それでも。
そんな不器用な私の作品が、
誰かの心に少しでも残るのであれば、
それ以上にうれしいことはありません。
これからもたくさんの作品を書き続けていきますので、
どうぞ応援よろしくお願いいたします。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
つるおか




