カットオフ
真っ暗闇の中迷わず突き進められるのは、
きっと地面に敷かれたレールのおかげだろう。
何も見えなかろうが、どんな天気だろうが関係ない。
このレールに沿って這っていけば自然と目的地にたどり着く。
窓にはいきなり光がさした。
「奈緒みて!御茶ノ水だ」
「え?ここだっけ降りるの??」
いや違う。やっぱり自然と心が躍ってしまった。
この地下鉄に乗ったのは本当に何年ぶりなんだろう。
丸ノ内線、僕らが目指すのはこの先の後楽園だ。
「でも御茶ノ水から東京ドームまで歩いてそんなにかからないよ」
付き合って間もないころは、よく都内を散歩した。
ただこっち方面には来たことが無かった。
「ん~たまには歩くのもいいね」
奈緒は腕を組んで何かを考えているようだ。
「やっぱり今日は後楽園ゆうえんちが見たい!」
「じゃあ今度は東京散歩やろうか。久しぶりに」
奈緒の仰せのままに電車は再び暗闇を走り出した。
「うわー東京ドームか、子供の時以来かもしれん」
昔叔父が野球の試合に連れて行ってくれた。
正直勝敗は覚えていない。
どこと戦ったのかも覚えていない。
「私は初めて来た、もう少し小さいのかと思ってたなぁ」
素直に広いとかでけぇとか言えばいいのに。
「あ~なんかお腹空いてきた」
食欲モンスターめ、その食欲でなぜ僕より痩せているんだ。
信じられないことに世の中にはいるんだ。
食べても太らない人種が。
「ちょっとまだ時間あるからゆうえんち見学しながらなんか食べるか」
「え、なんで?お腹の音聞こえた?」
あんたのお腹は口元にあるんだなきっと。
後楽園ゆうえんちで乗った絶叫マシン。
速さも高さもさることながら、
この大都会の中で振り回されて、
ビルの間に突っ込むんじゃないかという恐怖を感じた。
正直に言おう、舐めていた。
楽しみながらも開演1時間前、僕たちは席に向かう。
僕たちは天井席、だが来れただけでも奇跡に近い。
「なあ、これ全然見れなくね?」
僕たちは結構視力は良いほうだが、明らかに見えない。
まあそんなに期待はしていない。
ライブだ。自分がやるわけじゃない。
好きなバンドの曲でもないし、
今回のゲームのシリーズはほとんどやったことが無い。
楽しめるかわからない。
だが始まってしまえばなんてことない。
臨場感を、グルーヴを味わえる。
大型のスクリーンがあるからだ。
僕は興奮した。
知らない曲が大半、だがそれでも確実に、
僕の音楽の心は躍った。
僕の胸の中に浮かんでいる言葉はただ一つ。
「早く家に帰ってギターを弾きたい!」
音楽って良い。
やっぱり僕は音楽が好きなんだ。
でも、
なんで僕は聴く側なんだ。
なんで僕は弾く側に立っていないんだ。
こんな劣等感がのしかかるのは帰り道のことだった。
ライブも終わり、新宿駅まで戻りお食事処を探すことにした。
「いやーすごかったね!今でも頭の中に流れているよ!」
「すごいわ。俺もこんなに興奮したのは久しぶりだ」
ライブってここまで人の心を動かすものなんだな。
すごい。
「私あのゲームやってみたくなっちゃった」
「え?やったことないのかよ!」
なぜ応募した。
「やったこと無いけど、好きな戦闘曲があってさ、行ってみたかったんだ」
いやホント、よくその熱量で当選したな…。
「ところで何食べたい?」
「もう全然ファストフードでもいいです。今なら何でもおいしく感じれそう」
気兼ねなく話し込める大衆レストランとかがいいのかもな。
僕は地図アプリを開こうとするも、
電波があるのに全く開かない。
格安スマホはこの手の通信混在にとても弱い。
なんとなく手にスマホを持ち腕を上げて振ってみる。
はいれーと願って。
顔を上げた先にはモニターがあった。
「スタフルまた新曲出すのか、春夏秋冬スタフルだな」
アニメを見れば主題歌はスタフル
ドラマを見れば主題歌スタフル
「ああ、つまらんな、もっと熱量のあるバンドは出てこないものか」
「なんなの…」
この声はモニターから流れているCMの声だ。
そう思いたかったが、この声は奈緒の声だ。どう聞いても。
「なんなの、お前?いっつも私が好きになるもの否定して」
またやってしまった。
「いや、しょうがないじゃん。俺には響かないんだって、スタフルは」
「スタフルだけじゃないでしょ?お前に響かないのは!」
お前…奈緒からお前と言われたのは…多分初めてだ。
「あ、いや、ゴメン。悪気があったわけじゃないし、
そんなこと言うつもりもないんだ」
だが謝ったときにはもう遅い。
「私が好きな物、知ろうともしないのに最初から拒否してさ」
たしかにスタフルだけじゃなかった。
「私が気分よく歌っているときも、音程とかキーがずれているって指摘してきて」
これに関してはもっと酷いことを言ったことがある。当然本心じゃなかった。
「そのくせお前はお前が好きな物ばっか私に押し付けて」
「奈緒!ちょっと落ち着いて!ケンカしたいわけじゃないんだって!」
「うっせーよ!私のこと本当に好きなの?私邪魔してない!?」
「し、してないって!」
奈緒の手首をつかみなだめようとした。
「触らないでよ!」
その手を振りほどかれた。
「いっつもいっつも私の要求は一方通行で、もうほんと嫌…」
奈緒、そんな顔見せないでくれ。
「もう私帰る!」
「え、ご飯は?」
「うっせーよ!お前のそういう所大っ嫌い!!」
呼び止めても振り向かず、手を掴んでも振りほどかれた。
奈緒はすたすたと駅のほうに向かう。
僕は途中で彼女を追うのを辞めてしまった。
言葉遣いも丁寧で、作っているかのように嘘みたいに優しい奈緒、
そんな彼女が涙も流さず顔を真っ赤にしてあんなに怒った姿を見たのは初めてのことだった。
僕が…僕の音楽が彼女を怒らせた。
僕が好きなはずの音楽で、人を傷つけてしまった。
僕なんか音楽を好きという資格は無い。
僕は音楽なんかやらないほうがいいんだ。
電車に揺られながら、
僕はただただ揺れる手すりをぼーっと見つめていた。




