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可愛うぃい

 戦場で聞く台詞じゃない。

 幼稚園のおつかいかな?


 ◆


 はいどーも、チーム・ミスリルの瑠璃ちゃんだよ!

 帰りたい、の方が強い。

 とか言ってたら、帰りたくなったよね。

 天空の台地のロケが続くと思った?


 まあ、あの上には創作はないさ。

 ないったらない。



 あるのは、第二次異種の民殲滅戦の、結末だけ。



 イシュの民を愛でたくなったのさ!

 ここにとりいだしたるが、こちらの兵法書にござい!

 ぺけぺん!


 はい、というわけで、読んでいきまっしょう!

 まず、感想を一言で言います。


 可愛い。

 めちゃくちゃ可愛い。


 でも。

 ちゃんと兵法書だ。


 ここ、すごく大事。


 最初に読んだ時は、

 前線を維持せよって言われて、にっこり見つめ合って、

 ここが前線でありましょうな、ええ、ここが前線でございましょう、

 って、

 何それ可愛うぃい。

 で終わりそうになるんだよね。


 実際、終わりそうになった。

 私はなった。


 でも、読み進めるとわかる。

 これ、ただイシュの民かわいいね本じゃない。

 ちゃんと兵法書なんです。


 いや、兵法書っていうか。

 兵法書の顔をした、異文化理解失敗録というか。

 いや、でも、その失敗録がそのまま兵法書になってるから、やっぱり兵法書なんだよね。


 まずね。

 いちばんえらいのは最初のここです。


 凡そイシュの民を戦に用いるは、人間を用いるに似て非なるものなり。


 これ。

 ここで、もう勝ってる。


 似てるけど違う。

 違うけど、まったく別物です、ではない。

 ここをちゃんと押さえてるの、かなり強いんだよね。


 雑な将なら、

 人間じゃないから使えない、

 で切るじゃん。


 あるいは逆に、

 素直だから命令どおり動いて便利、

 で切る。


 でもこの兵法書は、そのどっちでもない。

 似て非なるもの。

 つまり、

 同じ言葉を使っても、同じ意味では受け取られない

 ってところから始めてる。


 うわあ、えらい。

 兵法書って、だいたいこういう最初の一文が強いと、そのあと安心して読めるんだよね。


 で、壱の条です。


 前線を維持せよ。


 うん。

 人間社会でこれ言われたら、

 まあ、殴れって意味だよね。


 殴ってでも押し返せ。

 血を流してでも持ちこたえろ。

 そういう、殴ることを前提にした維持。


 でもイシュの民は違う。


 双方とも命に素直、足並み揃えて進み行き、

 やがて互いの鼻先が触れようかというところまで来て、ぴたりと止まる。


 可愛い。


 いや、可愛いんだけどさ。

 ここ、めちゃくちゃ大事なんだよね。


 前線って、人間側の感覚では、

 衝突が発生している線

 なんだよ。

 でもイシュの民にとっては、

 ここから先が相手側です、という位置

 として理解できてしまう。


 だから維持はされる。

 でも戦いは始まらない。


 これ、笑えるんだけど、兵法書として読むとかなり怖い。

 だって将の側は、

 言ったつもり

 なんだよね。

 戦え、って。

 でも実際には、

 保て、としか言えていなかった。


 この、

 命令した側のつもり

 と

 受け取った側の意味

 が、静かにずれる感じ。

 ここがもう、兵法書としてかなり優秀。


 で、弐の条。


 前線を上げよ。


 ここ、もっと好き。


 だって、線そのものを前へ運べばよい

 って解釈、理屈としては正しいんだよね。

 いや、正しいって言うと変だけど、

 言葉としてはそう読める。


 だから互いに身をずらし合って、するりとすり抜ける。


 槍も振るわず、盾も叩かず、ただ線がするりと内側へ移動した。


 可愛いうえに、怖い。


 これ、戦場で起きたら指揮官めちゃくちゃ混乱するでしょ。

 前線は上がってる。

 命令も守られてる。

 でも勝ってる感じがしない。

 というか、そもそも戦っていない。


 しかも、

 譲り合いこそ喧嘩なり

 のくだりがいい。


 これ、ただのギャグみたいでいて、

 たぶんこの兵法書の中核だよね。


 人間にとっての喧嘩は衝突だけど、

 イシュの民にとっては、譲っても喧嘩なんだよね。

 だから人間側が

 まだ何も始まってない

 と思っているところで、

 イシュの民側は

 もうやることはやった

 になってる。


 うわあ。

 文化差って怖い。

 でも可愛い。


 で、参の条で、将が言葉を尽くし始めるのもすごくいい。


 前線を上げよ。敵を退けよ。


 ここでようやく、

 あ、人間側も学習してるんだ

 ってなる。

 でも、その学習がまだ人間の文脈から出られてないのが、またいい。


 退くとは、後ろ向きに下がること。


 そう来るか。


 そう来るよね。

 だって、言葉としてはその通りだもん。


 ここで背中を向けて歩き出すの、最高なんだよなあ。

 前線は上がった。

 敵陣の中へ、するすると入り込んでいく。

 ただし、その前線を形づくるイシュの民は、みな一様に、敵に背中を向けていた。


 可愛うぃい。


 いや、もう完全に絵面がいい。

 いいんだけど、

 この兵法書のえらいところは、ここで笑わせて終わらないことなんだよね。


 退け、押せ、上げよと、いかに言葉を重ねようとも、イシュの民はまず歩き方を正しく守る。


 ここ。

 ここ、めちゃくちゃいい。


 つまりイシュの民って、

 命令に従わないんじゃない。

 従いすぎるんだよね。

 しかも、手続きのレベルで従う。

 歩き方、向き、位置、線。

 そういう、人間が無意識に暴力へ読み替えている部分を、読み替えずに守ってしまう。


 だから武力衝突だけが始まらない。


 これ、ほんとによくできてる。

 可愛いんだけど、可愛いだけじゃなくて、

 暴力って、人間側がどれだけ暗黙知に頼ってるか

 を逆照射してる。


 はい、ここから後半です。

 友達になっておいで大作戦。


 ここ、ほんと好き。


 まず、命令文が最悪に可愛い。


 いっそ、友達になっておいで。ただし、お腹が空いたら帰っておいで。


 戦場で聞く台詞じゃない。

 幼稚園のおつかいかな?


 でも、これがちゃんと兵法になってるのがすごい。


 敵の鍋を痩せさせる。


 そう。

 これ、発想としてはかなりえぐいんだよね。

 戦わずして兵站を崩す。

 しかもイシュの民の性質を使って。

 だから可愛い顔してるけど、中身は普通に戦略。


 ここが、この兵法書のすごいところ。

 可愛い命令文に見えるのに、ちゃんと相手の食い扶持を削ってる。

 つまり、

 戦わない

 と

 無害

 は違うんだよね。


 いやあ、好き。


 でも、もっと好きなのは伍の条以降です。


 一度利あらば、二度目に備える者必ずあり。


 はい、来ました。

 ちゃんと兵法書。


 さっきまで、

 可愛い可愛い言ってた読者を、

 いや、それ一回しか通じないからね

 って現実へ戻してくる。


 しかも返し方がいいんだよなあ。

 お前たちが増えた分だけ、うちのイシュは、順に後ろへ下がりなさい。


 敵も学習する。

 そして、同じイシュの性質を利用する。


 ここで一気に、

 あ、これはイシュかわいい観察日記じゃなくて、

 ちゃんと両軍が学び合う兵法書なんだ

 ってなる。


 さらに陸の条から漆の条あたりにかけてが、たぶん私はいちばん好きです。


 友達を連れてくる。

 でも、その友が戦に向くとは限らない。

 そもそも友は片道では終わらない。

 友を戦利品のごとく数えるは、人間の理。

 友を往来の道と思うは、イシュの理。


 ここ、すごい。


 もう完全に兵法書の顔をした文化論なんだよね。

 将の欲しい者と、イシュの好む友は一致せぬこと、

 なんて、ほとんど経営失敗談みたいで最高です。


 よく笑う者、よく話を聞いてくれる者、少し不器用で気に掛かる者。


 可愛うぃい。


 でも、将から見れば、

 そこか

 なんだよね。


 ここもまた、可愛いで終わらない。

 イシュの民の友愛の基準が、人間の戦力評価と噛み合っていない。

 だから数が増えても、将の思う戦力にはならない。


 うわあ。

 可愛いのに、ずっと人間側の都合を壊してくる。

 最高。


 で、最後。


 仲良し大作戦、兵に用うべからず。

 ただし書き物に用いるべし。


 ここ、ずるい。

 自分で言うな。

 でも言っていい。

 だって本当にそうだから。


 これ、兵法書としては実用から外されたんだけど、

 書き物としては大成功なんだよね。

 後の世の将、これを読みて笑い、同じ愚を繰り返さぬならば、この巻もまた、無駄にあらずと言うべし。


 うん。

 ちゃんと兵法書だ。


 可愛い。

 めちゃくちゃ可愛い。

 でも、

 可愛いイシュの民を愛でるだけで終わらず、

 人間側の命令の雑さ、暗黙知への依存、文化差の誤認、兵站の盲点、戦力評価のズレ

 そのへんを、ぜんぶ笑い話の形で記録してる。


 だから、これはほんとうに兵法書なんだよね。


 しかも、その兵法が

 まず並べ方と、言葉の並べ方を改むべし

 に着地するの、めちゃくちゃ好き。


 戦い方より先に、言葉の並べ方。


 いやあ。

 可愛い顔して、かなり深い本でした。


 というわけで、今回の感想。


 めっちゃ可愛うぃい。

 でも、ちゃんと兵法書だ。


 むしろ、

 可愛いからこそ、人間の兵の常識の方が変に見えてくる。

 そういう意味で、かなり質のいい兵法書でした。


 次に一言足すなら、その方向でとてもいいと思います。

 ただ、最後に付けるなら、


 めっちゃ可愛うぃいんだが。

 でも、ちゃんと兵法書だ。

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