天空の台地
「創作を鑑賞するシリーズじゃないの?」
「そうね。まずはこれを見て頂戴。」
◆
あるとき神は、高き台地を創られた。
海の底を持ち上げ、天に近付けた。
そこは、選ばれし者だけが行くことができた。
地上に天国ができたのであった。
あるとき神は、崖の途中に広い棚を創られた。
そこで休む者は、自らの罪を思い出す。
罪は涙となって岩を流れ、岩を灰色に染めた。
罪を洗い終えた者だけが、白き壁を登ることができた。
あるとき神は、自然を愛する民を慈しみ、台地の上へと移された。
なぜならその民の都は、海に沈んでしまったからである。
だが民は、なお故郷を求め、崖より身を投げた。
その時、神は知った。
民が愛していたのは、故郷だったのだと。
神は落ちる民を霧とし、そっと故郷へと帰された。
◆
「何これ。神話?」
「そう。教国の聖典の核となる神話よ。」
「天空の台地。」
「そう、教国の聖地。」
「神の創作ってか。」
「お後がよろしいようで。」
「なぞかけ知らないのに、それは知ってるんだ。」
「上手く整えられなかっただけよ。なぞかけは知っていたわ。」
「あー、誤魔化したんだ。」
「だって、私だもの。当然よね。」
「おお、リルっぽい。」
「ルネかも知れないわよ?」
「……そだね。」
「ええ。」
「はい、というわけで、やってまいりました!ガン・イシュに!」
「ご案内するのは、チーム・ミスリルのミスリルと!」
「同じく瑠璃ちゃんだよ!」
言ってから、私はちょっとだけ黙った。
「……いや、待って。」
「なにかしら。」
「やってまいりました!で済ませていい景色かな、これ。」
「だめかもしれないわね。」
「だよね。」
白かった。
最初に来る感想、それだった。
高い、とか、広い、とか、そのへんを全部追い越して、まず白い。
崖の上の方が、白い。
空のすぐ下に、巨大な白い壁が浮かんでいるみたいだった。
その真ん中あたりで、崖は一度だけ息をつく。
横へ張り出した棚がある。
棚より上は、まだ白い。
でも、そこから下は、白さが鈍って見えた。
灰色というほど濃くはないのに、たしかに白ではない。
濡れて、洗われて、くたびれたみたいな色をしている。
さらに西の方へ目をやると、水が落ちていた。
いや、落ちるというより、放り出されていた。
岩肌を伝うんじゃない。
空へ投げ出され、そのまま細かくほどけていく。
下へ行くころには、もう水というより、白い霧だった。
「うわあ。」
「今日は早いわね。」
「いや、これは早いでしょ。」
「そうね。」
「ていうかさ。」
「ええ。」
「教国の人、これ見たら神話にしたくなるよ。」
「なるでしょうね。」
「だって、景色の方が先に強いもん。」
「そういう場所よ。」
ミスリルは少し笑った。
「でも、ただ景色に負けているわけでもないの。」
「どういうこと?」
「見えているものに、ちゃんと意味を貼っているのよ。」
「宗教っぽい。」
「宗教だもの。」
「それはそう。」
私たちは、崖の外へ少し身を乗り出した。
足場を探して降りる話じゃない。
落ちるんじゃなくて、ふわっと出る。
出てしまうと、崖の側面がいっぺんに見える。
「今日は、台地の上は見なくていいのよね。」
「うん。神話が見てるの、側面だけっぽいし。」
「ええ。上を語る神話ではないもの。」
「そこ、だいぶ大事だね。」
「だいぶ大事よ。」
私は、もう一度、一段目の神話を思い出した。
「あるとき神は、高き台地を創られた。」
「ええ。」
「海の底を持ち上げ、天に近付けた。」
「ええ。」
「そこは、選ばれし者だけが行くことができた。」
「ええ。」
「……うん。」
「なにかしら。」
「露骨。」
「露骨ね。」
「いや、だって。」
「ええ。」
「これ、思想として露骨。」
「そうね。」
私は白い崖の上半分を見上げた。
白い。
高い。
上にある。
それだけで、もう、近寄れる者と近寄れない者が分かれて見える。
「上が白い。」
「ええ。」
「白くて、高くて、近付きにくい。」
「ええ。」
「そりゃ、選ばれし者だけが行ける、になるわ。」
「なるでしょうね。」
「つまり一段目って。」
「うん。」
「白さと高いものを、そのまま尊いものにする話だ。」
「そういうこと。」
「上にあるものが清い。」
「ええ。」
「行ける者が選ばれた者。」
「ええ。」
「だから、まず場所そのものを聖別する。」
「そう。」
ミスリルは、白い壁を見たまま続けた。
「選民思想ね。」
「やっぱりそこ行くか。」
「行くわよ。ここはそう読まないと始まらないもの。」
「たしかに。」
「天に近い。」
「うん。」
「選ばれし者だけが行ける。」
「うん。」
「その時点で、上はもう、誰にでも開かれた場所ではない。」
「うん。」
「高低差が、そのまま価値差にされている。」
「うわ。」
「なによ。」
「いや、ほんと露骨だなって。」
「露骨なのよ。」
私は、そこで視線を少し下げた。
棚だ。
崖の途中に、ちゃんと人を立ち止まらせる形がある。
しかも、その棚より下は、たしかに色が違う。
上は白い壁。
棚を境に、下は白さが鈍い。
「二段目。」
「ええ。」
「ここから急に、話が変わるね。」
「どう変わる?」
「上にあるから尊い、だけじゃ人はついていけない。」
「ええ。」
「途中で休む場所を作って。」
「ええ。」
「そこで罪を思い出せ、になる。」
「そういうこと。」
ミスリルは、その棚の高さまでゆっくり寄っていった。
私もついていく。
近くで見ると、濡れているのもあるけど、棚から下は岩そのものが違う。
棚は棚だ。
張り出しであって、境目だ。
その棚から下へ向かって、崖がくすんでいるように見えるわけだ。
「なるほど。」
「なにかしら。」
「涙、これか。」
「ええ。」
「上から見ると、棚の上はこんなに豊かなんだね。」
「境目から水が染み出してるのね。麓からじゃ到底見えないわ。」
「棚より下が、流れた跡みたいに見えるんだ。」
「これだけのものを染め上げるほど、人間は業が深い。」
「だから、そこで休む者は、自らの罪を思い出す。」
「ええ。」
「罪は涙となって岩を流れ、岩を灰色に染めた。」
「ええ。」
「これ、色の説明でもあるし。」
「ええ。」
「制度の説明でもある。」
「制度。」
「うん。最初の段では、行ける者だけが行く。」
「ええ。」
「二段目では、洗われた者だけが登れる。」
「そう。」
「選ばれて終わりじゃない。」
「ええ。」
「救済の回路が足されてる。」
「そういうこと。」
ミスリルは、棚の縁を見下ろした。
ここから下へ、色が落ちている。
上へ行く条件として、下へ流れたものがある。
そう見えてしまう。
「救済思想だね。」
「高いから清い、だけでは、下にいる者には関係がない。」
「うん。」
「でも、罪を洗えば登れる、となれば。」
「うん。」
「下にいる者にも、関係ができる。」
「うわあ。」
「なによ。」
「ちゃんと後から書き足されてる感じがする。」
「するでしょう。」
「最初は選ばれた者の話だった。」
「ええ。」
「でも、それじゃ広がらない。」
「ええ。」
「だから、洗われれば登れる、が足される。」
「そういうこと。」
風が吹いた。
棚のあたりは、ただの段差というより、立ち止まらせる形をしている。
上を見ると、まだ白い。
下を見ると、もうくすんでいる。
あそこで罪を思い出す、というのは、発明というより、半分は景色の感想だった。
「で。」
「ええ。」
「最後が、急に変わる。」
「変わるわね。」
「自然を愛する民。」
「ええ。」
「海に沈んだ都。」
「ええ。」
「それでも故郷を求めて崖より身を投げる。」
「ええ。」
「神は落ちる民を霧として帰した。」
「ええ。」
「……これ。」
「なにかしら。」
「急に、上へ行く話じゃなくなる。」
「そう。」
私たちは西へ流れた。
滝の方だ。
近付くと、音が変わる。
ごうごうでも、ざあざあでもない。
落ちているのに、ほどけていく音だ。
崖から投げ出された水が、途中から霧になって、海へ帰っていく。
「うわ。」
「ええ。」
「これは、ずるい。」
「なにが?」
「霧にしたくなる。」
「そうね。」
「だって、見たまんまだもん。」
「ええ。」
ミスリルは、白くほどける水を見ながら言った。
「でも、この段でいちばん大きいのは、そこだけではないわ。」
「どこ?」
「神は知った、のところ。」
「民が愛していたのは、故郷だった。」
「ええ。」
「そこ?」
「そこ。」
私は黙った。
そして、少ししてから、ゆっくり頷いた。
「たしかに。」
「ええ。」
「最初の二段って。」
「うん。」
「上へ行く話だった。」
「ええ。」
「高い場所。」
「ええ。」
「白い壁。」
「ええ。」
「そこへ至るための洗われる道。」
「ええ。」
「でも最後だけ。」
「うん。」
「上へ上げられたことより。」
「うん。」
「帰りたい、の方が強い。」
「そういうこと。」
「うわあ。」
「今日は本当に減るわね。」
「だって、これは減る。」
私は霧を見た。
落ちている。
でも、落下というより、帰還だ。
そう見たくなる。
「これ、教国の神話なのに。」
「ええ。」
「神が救いました、で終わらない。」
「終わらないわね。」
「救われても、故郷を忘れない。」
「そう。」
「つまり最後に入ってくるの、郷土思想だ。」
「そう読むべきよ。」
「べき、なんだ。」
「ええ。」
ミスリルは、静かに頷いた。
「最初は、高い場所を聖地にする話。」
「うん。」
「次は、そこへ至るために罪を洗う話。」
「うん。」
「最後は、それでも故郷を忘れられない民の話。」
「うん。」
「天国の話をしているようで。」
「うん。」
「最後だけ、故郷へ帰る話になっている。」
「そう。」
「つまり。」
「うん。」
「書き足されてる。」
「書き足されてるわね。」
「時代ごとに。」
「そうでしょうね。」
「選民思想。」
「ええ。」
「救済思想。」
「ええ。」
「郷土思想。」
「ええ。」
「神話、急に三層構造じゃん。」
「急ではないのよ。おそらく、時代と共に。」
「そうでした。」
私は、崖の外を見た。
白い上。
途中の棚。
棚から下のくすみ。
西で霧になる滝。
それだけだ。
でも、そこから、選ばれた高さも、洗われる涙も、帰りたい故郷も、生えてくる。
「すごいなあ。」
「なにが?」
「創作。」
「ええ。」
「無いものをゼロから作るってことじゃないんだ。」
「そう。」
「見えてる景色に。」
「ええ。」
「意味を重ねる。」
「そういうこと。」
「しかも、あとから何層にも。」
「そういうこと。」
ミスリルは少しだけ笑った。
「創作を鑑賞するシリーズじゃないの?」
「そうだよ。」
「なら、今日はだいぶ正面からその話をしているわ。」
「たしかに。」
「景色があって。」
「うん。」
「その景色に、教義が重なる。」
「うん。」
「さらに、時代ごとの事情まで重なる。」
「うん。」
「これ以上ないくらい、創作の鑑賞よ。」
「たしかに。」
「しかも。」
「うん?」
「神話。」
「うん。」
「つまり、かなりでかい創作。」
「でかいねえ。」
私は、もう一度だけ崖を見上げた。
「じゃあ、まとめます。」
「どうぞ。」
「教国の聖典の核となる神話は、天空の台地を、神が創った天に近い場所として語る。」
「はい。」
「でも、その中身を見ていくと。」
「はい。」
「ただ神の偉大さを言ってるだけじゃない。」
「はい。」
「白い上の崖は、選ばれた者だけが行ける高さになる。」
「はい。」
「途中の棚と、その下へ落ちるくすみは、罪を洗って登る救済の道になる。」
「はい。」
「西で霧になる滝は、故郷へ帰される民の姿になる。」
「はい。」
「つまり。」
「つまり?」
「景色が先にあって。」
「うん。」
「神話は、その景色に意味を重ねている。」
「ええ。」
「しかも、その意味は一枚じゃない。」
「ええ。」
「選民思想。」
「ええ。」
「救済思想。」
「ええ。」
「郷土思想。」
「ええ。」
「それぞれが、時代ごとに、順に滲んでいる。」
「そういうこと。」
ミスリルは、そこで少しだけ頷いた。
「今回は、台地の上へ登らなかったのもよかった。」
「ええ。神話が見ているの、まず側面だもの。」
「そこ、大事。」
「大事よ。」
「上の暮らしはまた別の話。」
「ええ。」
「今日は、横から見て、信じたくなる話を見た。」
「そういうこと。」
私は、笑って、最後にもう一度だけ霧を見た。
「というわけで。」
「ええ。」
「異世界の創作を鑑賞してみた~!!」
「ええ。」
「だいぶ高いところまで来ました。」
「文字通りね。」
「うん。」
「でも見たのは、上じゃなくて、側面。」
「ええ。」
「そこに、思想が三枚も貼ってあった。」
「三枚どころではないかもしれないけれど。」
「うわ、まだ増える?」
「増えるでしょうね。」
「神話、便利。」
ミスリルは、小さく笑った。
「じゃあ、また次回。」
「また次回。」
異世界ネットは来てないけど。
神話って、景色に意味を貼って、しかもあとから何度でも書き足されるものみたいです。




