034話 推参
王都オーディンス・クラウンの城壁が遠のき、草々とした平野の続く場所。オレとヒューゴはシリルと零の者に伴われ、殺気を孕む重苦しい空気が漂う一群の中へ足を踏み入れた。
「――うわぁ! な、何だ、ここはッ?!」
ここはリヴァース軍陣営のただ中。先鋭が陣を張り、粛々と後続を集結させている現場だった。
――がオレが目を剥いたのは、その光景に出くわしたからじゃない。
そこにはかつて、のどかな田園風景があったはずだった。そんな場所に、直径百メートルを優に超える巨大な大穴――クレーターが、大地を抉るように口を開けていた。そこには草木の一本すら生えていない。ただ、焦げ付いた土と、底の見えない暗闇がぽっかりとあるだけだ。
「……待っていましたよ、シルヴィア卿」
大穴の縁に、月光を浴びて立つ若き騎士の姿があった。イリアス・リヴァース。かつての大らかさは無く、その表情には暗い絶望と不信の色を濃く滲ませている。
「これは、ノヴァンが命じてヴォルカンに開けさせた穴だ」
イリアスはひどく冷めた口調で告げた。
「ここには数千人の人々が暮らす大きな街があった。それを一瞬に、跡形もなく消し去った」
レゼロが影から滑り出るようにして足元に寄り、沈痛な面持ちで補足する。
「……ヴォルカン卿の屋敷が大爆発を起こし、その跡地には無数の死骸が積み重なっていました。ノヴァンさまが忌まわしい魔術兵器の実験を命じている……その証拠だと、イリアス卿は疑っておられます」
「んなわけねぇだろッ!」
オレの声がひっくり返った。金から銀髪に変わった髪が、激しい動きに合わせて夜風になびく。ジャマ気にそれを掻く。
「アイツがそんな、無意味な殺生を命じるはずがない。そんなヤツじゃないことくらい、オマエが一番よく分かってるだろ!」
「忌まわしい魔術に魂を売ったんだ、兄と呼んだあの男は」
肩をすくめて冷笑する。だが、ヒューゴが鋭く割って入った。
「ボクにはそうは思えないな。現にあなたはノヴァンさまの仕業じゃないかもと思ったから、ボクたちをすぐさま殺さずに、この現場を見せた。ボクらの様子を観察して、自分の迷いを打ち消したかった……。そうでしょう?」
図星だったのか、イリアスの眉が微かに動く。オレは畳みかけた。
「オレはオマエと既に一度、本気の戦をしてる。オマエは王都になだれ込み、ノヴァンさまを襲い、捕らえ、アレクシスを利用して処刑させた。……オマエは自分の手を汚さず、他人に汚れ役を引き受けさせた。――それはどうしてだ?」
「……」
「それはオマエに迷いがあったからだ! あのノヴァンさまが無益な殺生をするはずがないと信じたかったからだ 違うか!?」
「……もういい。撃て」
耐えかねたイリアスが命じ、彼の親衛らが弩弓をオレたちに向けた。
「問答無用かい?」
ヒューゴが皮肉を飛ばすが、オレの覚悟は決まっていた。
「撃つのか? この穴にオレたちを落として、それで満足できるのか? ……ノヴァンさまを護るためなら、こんな穴、何度でも落ちてやるよ。それでオマエの疑いが晴れるならな!」
オレは躊躇わなかった。
踵を返し、クレーターの断崖へとその身を投げ出した。
「な……ッ!?」
「サニーィィィ!?」
宙を舞う感覚。急斜面を転がり落ち、岩肌に身体が叩きつけられる衝撃の中で、オレは賭けに出た。死にたいわけじゃない。こんな「無謀」でしか、騎士の心を抉じ開けられないと思ったんだ。
――ガシッ、と。
両腕に強烈な痛みが走った。目を開けるとオレの左右の腕を、ヒューゴと、そして顔を引き攣らせたイリアスが必死に掴んでいた。
「バカかぁぁ、お前ぇぇッ!」
「本当に死ぬ気だったのですか、あなたは!? こんな、狂気の証明のために……!」
「……死なねぇよ」
オレは泥だらけの恰好で笑った。
「ただな、ノヴァンさまを……主さまを救うまで、オレは何度だって地獄から戻ってきてやる。……イリアス、オマエを味方に引き戻すまでな」
イリアスの顔から緊張が抜けた。それは諦めでも落胆でもなく、頑なだった心が融解した証だった。
◆◆
大穴から引き上げられたオレに、イリアスが神妙な面持ちで頭を下げた。
「……すまない。ヴォルカンが『ノヴァンさまが力を手に入れ、逆らう者を一掃しようとしている』と僕に吹き込んだ。だが、あなたのその狂気じみた信頼を見て……どうにか目が覚めた」
「謝罪は後だ! そのヴォルカンは今、どこにいる!?」
シリルが即座に応じる。
「ノヴァンさまが街外れの修道院に向かわれたのは武器をかき集めるため。ヴォルカンの手勢がそろそろそれを察知する頃です」
「アベイ・ド・フォンヴローに戻っているという事も考えられます。僕はそこに向かおうとしていました」
それは知ってるさ。急襲するつもりだったんだろ。それは前々回のシナリオだ。
「修道院まではここからそう遠くはない。まずはそこを目指そう」
イリアスが即座に号令をかけた。
「僕の『鉄騎大隊』を使ってください! 快速馬と軽量馬車を繋げば最速で着きます。僕らも後に続きます。……先鋭隊出立。進路変更。逆賊ヴォルカンを討ち、同志ノヴァン卿に合力する。準備だッ!!」
不信を捨てた騎士の号令は凄まじかった。オレたちはイリアスが手配した高速の馬車に飛び乗り、嵐のような速度で修道院へと急行した。
◆◆
――ノヴァン・ド・オルドーの視点
ベアトリクスが淹れてくれたハーブティーの香りが、室内に静かに満ちていた。「急いでいるのだが」と喉まで出かかったが仕方ない。もう10分ほど寛ごう。
「ノヴァンさま、お疲れのようですね。少しお休みになられては?」
「いや、そこまで時間は無いんだよ。そろそろアベイに戻らないと――」
言いかけて口をつぐんだ。私の肌が、周囲に混じる「異物」を感じ取っていた。鉄が焼けるような、嫌な匂いだ。
……何か来る。
理屈ではない。死を経験した過去の魂が警告を鳴らしている!
私は静かにカップを置き、痩せたベアトリクスの肩を抱いて部屋の隅へと移動した。
「ここから動くなよ、ベアトリクス。迷惑はかけないからな」
直後、修道院の重厚な正門が外側から爆ぜるような音を立てて吹き飛んだ。
砂塵の中から歩み寄る、一人の影。
「あらま、かわしたの? ……でもね、避けようのない運命ってあるのよ? ノヴァンさま」
ヴォルカン・マッツ。その手には、血管のように赤黒い管がのたうつ禍々しい装置――『魔装飾器・ヒラグモ』が抱えられていた。
「あなたたち3人を『帰還』の捧げ物にしたいの。悪いけどその命、頂戴ね」
ヴォルカンが装置を掲げる。放たれる熱線の軌道――。私はそれを見た感覚がある。一度目の死か、二度目の死か。視界を真っ白に染めた、あの光を。
「……右へ!!」
渾身の力でベアトリクスを突き飛ばし、自らも床を転がる。
一瞬前まで私たちがいた場所を、極太の熱線が貫通し、石造りの壁をドロドロに溶かしていた。
「……ま!? また避けた……? 今のを、この距離で!?」
ヴォルカンの顔に少々の焦燥が走る。私は瓦礫を盾にしながら、奴を睨みつけた。
「二度も同じ手で殺されるほど、私はお人好しではないんだよ」
絶体絶命の膠着状態。それを破ったのは、遠くから響く、地鳴りのような蹄と車輪の音だった。修道院の壁が外側から豪快に打ち破られる。
「――そこまでだ、ヴォルカンッ!!」
爆煙を裂き、銀髪をなびかせて飛び込んできたのは、泥を跳ね上げるサニーだった。そのすぐ後に続いたのは剣を抜いたイリアス卿と、団子状態になった彼の精鋭部隊だった。
「待たせたな、主さま! ――おいヴォルカン、オレの男に手ぇ出してんじゃねぇよ!」
次回予告
「みんなー、サニーだよっ! ……って、ちょ、これ次回予告!? もう戦ってる最中なんだけどオレ!?」
えーっと読むぞ、読むからな!?
「暴走する魔装飾器ヒラグモ――止まらない破壊と捕食」
いやいやいや“捕食”って何だよ怖ぇよ!! 食うな! 主さまを食うなっての!!
「追い詰められたヴォルカンは全出力を解放――」
出すな出すな出すなー!! それ絶対ロクなことにならんやつ!!
「修道院は崩壊、逃げ場なき白銀の地獄――」
いや逃げる気ねぇけどな!? オレが全部止めるし!!
……でもさ、正直言うぞ。
あのヒラグモ、なんかさ、まだ奥の手ある顔してんだよな……。
あれ暴走っていうか……まだ何か来るだろ絶対……?
――ってうわ、まだ読むのかよ!?
次回、
『暴走限界ヒラグモ! 喰われる魂と崩壊する世界、主さまを救え最終防衛線!!』
ぜーったい、見逃しちゃダメなんだからねっ!
――愛のゴールに弾丸シュートォ!




