033話 王都帰還
◇奸雄ヴォルカン・マッツの視点
世界というやつは、いつだって不公平な暴力と、吐き気のするような悪意で満ちている。
中学の頃、私は荒れきった学校で「番」を張っていた。暴力が唯一の手段、力こそが正義だと信じ、拳一つで校内序列の頂点に立った。けれど、たった一度の敗北が、積み上げたすべてを突き崩した。
かつての子分どもは一転してハイエナになり、地べたに這った私を更に貶めた。
オートバイの車輪で私の腕を、脚を、そして自慢だった端正な顔を執拗に踏みにじった。泥と血の混じった鉄錆の味が消えなくなった。
そんな地獄の底で、私は「光」に出会う。
イジメの現場に割って入り、無比の強さで私を庇った一人のツッパリ。その無骨な背中に、私は一瞬で心を奪われた。同性愛に目覚めたのは、その時だ。私は彼に猛アタックを繰り返し、やがて彼は呆れながらも私を「無二の親友(=マブダチ)」として受け入れてくれた。……私は、彼こそが私の「カレシ」だと信じて疑わなかったけれど。
だが、運命はどこまでも残酷だった。
彼がバイク事故で入院したという報せが広まった途端、対立グループが幅を利かせた。連中は私を拉致し、動けない彼に「お礼参り(=報復)」を仕掛けると息巻いた。
「ゲームしようぜ。十秒、手放しで耐えたら解放してやる。マブダチにも手を出さないと約束してやるよ」
十階建てビルの外壁にとってつけた、錆びついた崩れかけの非常階段。足場などほとんどない柵の外側に、私は立たされた。
「……彼に手を出さないと約束するなら、乗ってやるよ」
私は震える指を柵から離した。容赦なくぶつかる強風、足元の虚無。
連中は私の勇気を賞賛するどころか見守りもせず、ひたすら面白がって柵を揺さぶり、私の指を蹴り上げた。
落下する瞬間、脳裏を掠めたのは後悔だった。
――やられる前に、やるべきだったんだ。悪意に慈悲など無用だった。
気がつけば、私はこの異世界にいた。
もう一度、彼に会いたい。その執念だけが私を動かした。
寝食を忘れ、血が滲む思いで貯めた私財を溶かし、人を欺き、手に入れたのが魔装飾器「ツクモガミ」と「ヒラグモ」。
研究の果てに、ようやく「帰還」の兆しが見えた、その時。
私の前に現れたのが、あのオルドーの連中だ。――懐かしく、腹立たしいほど光り輝く「現世の若者」ども。ノヴァン、シルヴィア、ヒューゴ。
そいつらが現れたと同時に「ツクモガミ」が働きを止めた。
なぜ?! なぜなの?! この役立たず!
……悔しい。――お前たちの活力、そして眩しさが途轍もなく忌々しくなった。
魔装飾器ヒラグモが語り掛ける。――「喰いたい」と。
しょせん異世界の住人の魂など高が知れていると。
ザコを喰った「ツクモガミ」のようにはならぬ。光の者を「喰わせろ」と。
――あぁそうか。私の心は踊った。
そうね、アイツら光の者たちの魂を食べさせればいいのね。そうか、そうだったのね。
◆◆
――三度目の、逆行。
意識が浮上した瞬間、視界の端に異様な色が入り込んだ。長く伸ばし出した前髪。それが、命を吸い取ったような白銀に染まっていた。魂を削り取られたような脱力感に襲われ、ただ呆然と、ヒューゴの腕の中で身じろぎもせず横たわっていた。
「ボクの声が届くなら聞いてくれ、サニー」
ヒューゴが必死に話しかけている。
「キミはもう未知の領域に踏み込んでいる。ボクの計算じゃ、とっくに肉体を滅ぼして魂だけになっているはずなんだ。でも不思議なんだよ。ボクのマクラ以外の何かが、キミに力を貸している……そうとしか説明がつかない」
……あぁ。ごちゃごちゃとうるさいよ、剛。 オレは重い瞼を押し上げ、焦点の定まらない目で彼を見上げた。
「……なぁ。お前の手がずっと、オレの尻を触ってるんだが。それ、わざとか?」
「さ、……サニーィィィ! 意識、戻ったのかよーーーッ、良かったぁぁ!」
泣きじゃくりながら抱きしめてくる。
そうか。どうやらコイツも「時戻り」の感覚を共有したらしい。
絶望のループ、内臓を掻き回されるような逆行の苦しみ。ループに到った経緯を説明しなくて済んだのはメンドーだったし有り難いだが、代わりに「別の媒体が手助けしている」とか何とか、怪しげな持論を延々と聞かされる羽目になった。
「要するにノヴァンさまに関与する何かが、オレたちのリープを補強してくれてるってことか?」
「そうなんだよ。理由は分からないが、そうなっているのは確かでさ、ボクの考えによると――」
分かったから。今は一刻も早く、アイツを救いたい。それだけだよ。
◆◆
今回の「大返し」はさらに過酷なものになった。連れ帰る兵数をこれまでの十分の一にまで絞り込んだ。その代わり、残った精鋭全員に持ち馬や軍用馬車を行き渡らせる。馬車は一切の装飾を剥ぎ取って重量を削り、走行速度を極限まで上げた。この時点ではまだまだ落ちそうにないシタデル・ド・シャラントの包囲はサイラス殿に任せ、オレたちは街道を駆け戻った。
中継地での束の間の休息。夜空を見上げれば、厚い雲が月を隠している。
「変事はいつ起こるんだっけ?」
「明日の早朝、だね」
即答したヒューゴが唇を噛む。
「……だけどなサニー、あまりに兵が少なすぎる。これじゃ、早く着いてもイリアスに勝てないだろう?」
指摘はもっともだ。だが首を振った。
「今回は戦わない。あいつに、味方に戻ってもらう」
「はあぁ!? それは無理だろ。あいつはもうノヴァンさまに牙を剥いてるんだぞ? 『問答無用、撃て!』 でお終いだ」
「オレは信じてるんだよ。主さまが信じているヤツのことは、オレも信じたい」
シックスとレオを呼び寄せる。
「兵は二人に預ける。ヒューゴとふたりで王都に先行するよ」
「言い出したら聞かねえかんなぁ、サニイは……!」
シックスが愚痴をこぼすが、止める気がないのは分かっていた。
◆◆
王都オーディンス・クラウンは不気味なほど静まり返っていた。
未来を知っているからこそ感じる、薄ら寒い殺気。オレたちは最短距離を駆け抜け、主さまの逗留先、アベイ・ド・フォンヴローへ飛び込んだ。
「何だと!? どこにいるか分からないだとぉ?!」
侍従の言葉に、思わず怒鳴ってしまった。
「も、申し訳ございません。ノヴァンさまは時折、お一人でどこかへ行かれることがありまして……今夜もそうかと……」
最悪だ。せっかく帰り着いたってのに運が無さすぎる。
それに、遠征に出ているはずのオレが突然現れたことに侍従たちが不審な目を向け始めている。このままでは妙な方向に話しが行きかねない――。オレはヒューゴを引っ張り、手近の空いている部屋へ転がり込んだ。
「どこへ行ったんだよ! 一刻を争うこんな大事な時に!」
「落ち着けよ、サニー。こういう時こそ冷静になろう」
「いたって冷静だ! それよりアイツの居場所だ! いったいどこなんだ!」
「――姉さん」
突然、背後から声がした。
「おわあああ!」
ヒューゴが情けない声を上げて飛び上がる。そこにいたのは、深々とフードを被ったシリルだった。脇には零の者が片膝をついて控えている。
「閣下は、町外れの修道院にいらっしゃいます」
「……修道院? すぐに行こう!」
「ダメ」
シリルが鋭く止める。
「姉さんが今、会わなきゃいけないのはイリアス卿でしょ?」
妹の言葉が、冷たい水をかけられたように頭を冷やした。
……そうだ。主を見つけても、イリアスを止めないとまた同じ事が繰り返されるだけだ。
「……シリルちゃんの言う通りかもしれない。会って話をしよう、サニー」
「でも……どうやって」
「私について来て、姉さん」
オレは後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、裏切りの騎士――イリアス・リヴァースに会うべく、アベイを離れた。
次回予告
「みんなー、久しぶり! サニーだよっ! ……って、え、ちょ、これってまたオレが担当すんの!? しかも長くなってない!?」
えーっと、なになに……コホン!
「修道院でついに激突――ヴォルカンの魔装飾器が火を吹く!」
いやもう知ってるって! さっき見たし! あれマジでヤバいやつだからな!? 主さまに当たったらシャレになんねぇんだっての!!
「だが間一髪、サニーたちが到着――」
って当たり前だろ! オレが間に合わない未来とか認めねぇし!!
「絆が戦場を変える――」
うん、それな! つーかオレが変える! 主さまはオレが守るからな!!
……あ、でも正直、あのヒラグモ? とかいうの、ちょっとどころじゃなく不気味でさ……。
あれ、マジでイヤな予感しかしねぇんだけど……。
――ハッ!? まだ続くのかよこれ!
次回、
『灼熱の魔装飾器ヒラグモ! 主さまを守れ、命懸けの突撃戦!!』
ぜーったい、見逃しちゃダメなんだからねっ!
――愛のゴールに弾丸シュートォ!




