第4話 昔語り・阿弖流為の涙 ⅱ
四千人の大和軍の精鋭が川を渡り、日高見軍三百人ばかりが迎え撃ちました。ですが、この三百の兵は実は囮でした。少し戦っては退き、また少し戦っては退きと、徐々に大和軍を北へ北へと誘って行ったので御座います。
日高見川(北上川)の東岸は、南の平地は広く北へ行くに従って山が迫り、一旦狭くなっております。大和軍は戦いながら進み、再び広くなる辺り、対岸の巣伏村(現・岩手県奥州市江刺区、四丑)から日高見川を渡河して来る別働隊と合流しようとしておりました。しかし、その別働隊は、既に日高見軍に依って、渡河を阻まれていたのです。
十分に敵を北に誘った後、三百の日高見軍は八百の本軍と合流しました。更に、阿弖流為は東の山にも手勢を伏せていました。大和軍が通り過ぎた東の山から、四百の日高見軍が現れ、大和軍を挟み撃ちにしたのです。日高見軍は大和軍の大将首二十五を挙げ、多くの兵を弓矢の餌食としたそうに御座います」
「うん。その戦いの記録を読んだ方に伺った話じゃが、弓矢により命を落した者は二百四十五名だが、日高見川に追い落とされ溺死した兵が千人余りに上ったそうだ。鎧を脱ぎ捨て何もかも捨てて、裸身にて泳ぎ渡った者のみが助かったと聞いておる」
朝鳥は感慨深げに腕を組んで頷いた。
「千人も溺れ死んだのか!」
千方は驚いた。
「はい。この戦いに依って阿弖流爲の名は陸奥中に鳴り響き、日高見付近の族長達は元より、遠く津軽や渡島の族長達までもが使いを送って来て、阿弖流爲は押しも押されもせぬ頭領と成ったので御座います。
漸く、我等の祖はひとつになる兆しを見せ始めていたので御座いますが、大和に支配されぬ日高見国を作るという望には遥か遠いものでした。
大和は、決してそれで諦めたりはしませんでした。この戦いに大勝したことが、果たして良かったのか悪かったのか。今となっては分かりません」
「その阿弖流爲がこの郷と関係有るのか?」
千方が尋ねた。
「はい、有り体に申せば、我等は、その阿弖流爲の子孫に御座います」
「ふん。それで”亡霊”と申したのか?」
朝鳥が頷きながら言った。
「五年後の延暦十三年(七百九十四年)には、大和は倍の十万の軍を以て攻めて参りました。阿弖流爲は奇襲を掛け、策を以て対抗し、山に潜み野に伏せて半年ほども戦いましたそうです。そして、遂に撃退したのですが、前回と違い日高見の民も大きな痛手を蒙りました。数多くの戦士が死に、胆沢の地も荒れ果てました。
前回の失敗に懲りて用心深くなっていたことも確かですが、この戦いでは、大和の帝側近の若き副将軍、坂上田村麻呂という男が前線で直接指揮を執っていたことが、その前の戦いとは大きく違うところでした。田村麻呂は、それ以前の指揮官達と比べ、愚かでも怠慢でもありませんでした。 ……いや、これは口が滑りました。お許しを」
「気にするな。朝廷にも愚かな者は大勢おるわ」
「恐れ要ります。それでは続けさせて頂きます。
田村麻呂は阿弖流爲の仕掛けた罠にそう簡単に嵌ることはなかったそうです。そして田村麻呂は、ただ攻めるだけではなく、一方で、大和に下った者達を使って、阿弖流爲に対して、投降を呼びかけることもしていたのです。
『仮にこの戦いを凌いだとしても、朝廷は決して諦めない。繰り返し大軍を送って来るだろう。そなた達にも理があろう。されど、一人残らず殺されるまで戦うつもりか。愚かなことである。麿が指揮を執っている間に降伏すれば、悪いようにはしない。多くの民のために聞き分けよ』
田村麻呂は、繰り返しそう呼び掛けて来たそうです。しかし、その時は、阿弖流爲に降伏するつもりは全く無かったのでしょう」
「帝は何としても終わらせたかったのじゃ。その年は、都を長岡京から平安京に移すという大事業の年であったからな。
だからこそ、当時、近衛少将であった若き側近の田村麻呂様を副将軍に任じられたのじゃ」
「大和軍を追い払ったものの、村々は荒れ果て、多くの者が命を失い、冬を前にして十分な食料を確保することも出来ませんでした。餓死する者も多く出たそうに御座います。しかし、先ほども申しました通り、阿弖流爲の許、皆が力を合わせ、大和に支配されぬ日高見国を作ろうという気概だけは盛り上がっていました。直接戦に拘わらなかった北方の者達が、胆沢に食料を送って来たりもして、嘗て無かった連携が生まれて来ていたのです。
しかし、それは長く続くものではありませんでした。北の寒い冬。それが二年三年と続くうち、どの部族も自分達が生きることに精一杯となって行き、とても他を助ける余裕など無くなって行きました。そんな中、またもや、大和が大軍を送り込んで来るという噂が聞こえて参ります。
いずれ来ると覚悟はしていても、それが目前に迫って来ると動揺する者達も出て参ります。あと何度戦ったら安穏な日々が訪れるのか? あと何人死ねば子供達に安らかな日々を与えられるのか? そう思うと、せっかく盛り上がった気運もしぼみがちになります。中には、自分達のみの安寧を願い、大和に通じる者達も出て参りました。
仕方の無いことだったかも知れません。何しろ、いつまで戦ったら真の勝利が得られるのか誰にも分からない状態だったのですから。そして、日々追いつめられて行く生活は現実のものとして目の前に有る。誰も明日に希望を持つことが出来なくなっておりました。前の戦で多くの村々を焼き払われた胆沢付近は本当に荒れ果てた状況になっておりました。大和の次の侵攻がいよいよ目前に迫ったある日、阿弖流爲は近郊の部族を集めました。
長達が阿弖流爲を囲み、その後ろには六百人余りの民人が集まっておりました。目を閉じ、暫く黙っていた阿弖流爲は、やがて小さな、しかし良く通る低い声で話し始めたそうです。
その声が六百人の民人に伝わるほど皆静まり返っておりました。
『夕べ、垢離武佐の婆が食を絶って死んだ。『吾は大事な糧を糞に替えることしか出来ぬ。日高見の民の為に戦う者の糧をこんな婆が食らって無駄にすることは出来ぬ』
そう言って何日も前から一切の食べ物を口にしなくなったそうじゃ。家族の者が何とか食わそうとしても、頑として口を開かなかったそうだ。また、縒蓑手は、生まれたばかりの赤子を死なせてしまった。十分なものを食えなかった母親の乳が殆ど出なくなっていたのだ』
そこまで言うと阿弖流爲は再び黙りました。深い苦悩が精悍であった面立ちを随分とやつれさせていたそうです。暫くの間、誰一人として言葉を発する者はおりませんでした。皆、俯いてそれぞれ、己の心の中の声と会話しておったのだと思います。
やがて、阿弖流爲はゆっくりと立ち上がると皆の方に進み出て、皆を見回しました。それに気付いて皆が見上げると阿弖流爲は、目で会話するかのように、順にひとりひとりの顔を見ていったそうに御座います。一言も発せず、ひとりひとりと目を合わせて何かを語り次の者へと視線を移す。阿弖流爲はそれを、長い長い時間を掛けて繰り返しました。その視線を受けたすべての者が、阿弖流爲は何刻掛けても語り尽くせぬほどのことをその視線で語っていたと感じたそうに御座います。
突然、阿弖流爲が膝を突きました。そして、地べたに両手を突くと額を地面に擦り付けたのです。
『頭領、何をする!』と言って周りの者達が起こそうとするのを振り払って、
『吾は田村麻呂の前に膝を屈することにした。大和の前に膝を屈することと比べて、これが恥ずかしいことか? 吾が恥じねばならぬことは皆に安息の日を与えられなかったことだ。多くは言わぬが、どれほど詫びても足りるものではない』
そう訴えました。
『頭領のせいではない! 頭領の許、我等は大和をさんざんに懲らしめたではないか。頭領はいつどんな時にも勇敢だった。我等は頭領の許で力を合わせて大和と戦うことに誇りを見出したのだ。誰も頭領を恨んだりはしておらん。まだ戦える』
そう強く申したのは、阿弖流爲の側近と成っていた若い族長でした。名を杜木濡と申しました」
「そまきぬ?」
繰り返した朝鳥の言葉に、
「はい、その名の一部を代々のこの郷の長が継いでおります」
と祖真紀は答えた。
「阿弖流爲の流れではなく、その杜木濡とやらの末裔なのか長は?」
千方が身を乗り出して尋ねた。
「ま、もう少しお聞きくださいませ」
祖真紀は先を急かす千方を抑えて、ひとつ大きく息を吸い、そして吐いた。
「『いつまで戦う?』と阿弖流爲は杜木濡に尋ねました。
『もとより死ぬるまでだ』と杜木濡は答えたそうで御座います。
『日高見の民が一人残らず死ぬるまでか?』と更に阿弖流爲が尋ねました。
杜木濡はすぐに言葉を出せませんでした。
『我等が皆、滅びて何になる。大和を喜ばせるだけではないか。皆ひとりひとりが十人の大和軍を殺せるほどの勇者であることは分かっている。しかし、十人殺せば、次に大和は百倍の軍を送って来るだろう。百人殺せば千倍の軍を送って来るやも知れぬ。戦い続ければ、いずれ滅びるのは我等の方だ。滅びてはならぬ! 日高見の民は滅びてはならぬのじゃ。誇りを捨てて大和に媚びろと言うのではない。ただその誇りは深く心の底に秘めて、例え囚われ人となっても生き抜くのだ。そして、いつかこの日高見の地に、大和に支配されぬ我等の国を作って欲しいという我等の想いを、子に孫に曾孫に伝えて行くのだ』
そう訴える阿弖流為に、杜木濡は反論しました。
『囚われ人となって、誇りを何代も伝えられるものか。いずれ心も奴婢となってしまう』
と、
『分からぬ。分からぬが、少なくとも我等の血だけは残せる。今となってはそこに望を託すしかないのだ。今度の総大将はあの田村麻呂という男だ。吾の見るところ、あの男、若いが他の者と比べれば相当ましな方だ。もし我等が死に物狂いで抵抗し、田村麻呂を失脚に追い込んだとしたら、それこそ大和は、我等を皆殺しにするつもりで、次にはそれに相応しい男を選んで送り込んで来るであろう。今しかないのだ。吾はあの男に賭けてみようと思う』
阿弖流為は坂上田村麻呂を認めていた。そして、一族の運命を田村麻呂に託そうと考えていたのだ。
『吾は、それだけは承服出来ませぬ。吾は他の誰よりも頭領を崇めています。もし頭領が死ねと言うなら、今すぐにでも死にます。ですが、大和に下れと言う命だけは、勇者・阿弖流爲の命としては聞けませんのじゃ』
そう言い切る杜木濡に阿弖流爲は、暫く黙っておりましたそうな。そしてこう申しました。
『ならば、落ちよ。一族を連れて山深く潜み、木の根、草の根を食ろうても生き延びよ。そして、日高見の民の誇りを代々語り継げ。囚われた者達、落ちた者達、どちらが生き延び、どちらが誇りを語り伝えて行けるか分からぬが、ひとつよりふたつの道が有った方が良いかも知れぬ』
『頭領、その命に従わせて貰います。皆には済まぬが、吾の我儘を許してくれ』
杜木濡が皆に向かって訴えました。少しして、あちこちで黙って頷く姿が見え始めました。
『杜木濡。砺陽菜を連れて行ってくれ』
それは、阿弖流爲の娘の名でした。杜木濡と砺陽菜は既に深い仲となっておりました。
誰もがそれは知っており、阿弖流爲もそれを喜んでいたそうに御座います。
『しかし、あるいは餓死させることになるかも知れないのです。……やはり、それは……』
杜木濡は阿弖流為の娘を同行させる事を躊躇いました。
『仮に餓死するような事になったとしても、それは仕方有るまい。一緒に行く汝の一族、全ての者に言えることではないか。砺陽菜だけを特別と思うことは許されぬ。砺陽菜を含めてすべての者の定めを背負う覚悟無くして出来ることでは無いぞ。猿となっても生き延びよ』
阿弖流為の言葉に、
『…… 分かり…… 申した』
意を決したように、杜木濡が答える。その時、一人の男が発言しました。
『皆聞いてくれ。明日の朝、すべての武器を荷車に積んで、杜木濡の一族以外の者は大和の陣に罷り出る。縛に着くのは吾と頭領のふたりだけだ』
副頭領格の母礼という男でした。
『皆は縛に着く必要はない。囚われるであろうが、いずれ解放されるであろう。田村麻呂はそう約束している』
ひとりの男が立ち上がって叫んだ。
『大和の言うことなんて信用なんねい。第一、頭領と母礼様を犠牲にして、我等だけ生き延びるなんて……』
母礼はこう続けたそうです。
『北に裏切り者が出た。大和の軍を翻弄することくらいまだ出来る。だが、我等の戦法を知り尽くしている者達に背後から襲われては全滅するしかない。分かってくれ。大和に下る以上、吾と頭領の役目は既に終わっている。たったふたつの首を差し出すことで六百の命が救えるならそれは我等が出来る最後の大きな仕事なのだ。他の者では出来ぬことであろう。田村麻呂は我等の命も助けると言うておるそうじゃ。だが、それを鵜呑みにしている訳ではない。征夷大将軍などと言う名を貰っていても、大和の都には、まだまだ上の者が大勢おると言うことだ。田村麻呂が本気で助けるつもりでいたとしても簡単には行くまい。しかし、それはそれで良いのだ。日高見の者の血を絶やしてはならんのだ。皆聞き分けてはくれぬか。生き残る者の方が遥かに辛い思いをするであろう。それを承知で頼んでおる』
母礼の言葉に、あちこちで大の男が、手の甲で目頭を拭い始めた頃、再び阿弖流爲が言葉を発しましたそうな。
『皆、いつか又どこかで会おうぞ。我等が支配する日高見国でな。そして、皆で狩りをし、田を耕し、祭を楽しもうではないか』
未だかつて誰も見たことの無いものが、阿弖流爲の目に光っておりましたそうです。それがやがて粒となり、一筋、頬を流れ落ちました。頭領はあの世で会おうと言っているのか。皆そう思ったそうで御座います」
話し終えると、祖真紀は目を閉じ、深く息を吐いた。
延暦二十一年(八百二年)、十三年に渡る抵抗に終止符を打ち、阿弖流爲は坂上田村麻呂率いる朝廷軍に降伏した。その後都に送られ、田村麻呂の助命嘆願も空しく、八月十三日に河内国杜山に於いて母礼と共に首討たれた。
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