第3話 童達
競馬などの催しが終わると、郷人の多くは、家へ、畑へ、山へと散って行った。千方は冷めやらぬ興奮を胸に朝鳥に話し掛けた。
「見事であったのう、朝鳥。ここに三年おったら、麿もあのように乗りこなせるようになるであろうか?」
『勿論で御座います。六郎様ならきっとお出来になるでしょう』
と言う答を期待していた。草原の叔父・豊地ならきっとそう言う。ところが、
「あの者達は幼い頃より、毎日馬に乗っているので御座います。三年では難しゅう御座いましょうな。まずは、あの裸馬同然の鞍に慣れるのに、いく月も掛かりましょう」
などと忖度無しに答える。朝鳥と言う男、お世辞など言う男ではなかった。
「そうか。だが、折角ここに居るのであれば、乗り熟せるように成ってみたい」
朝鳥の答は少し期待外れではあったが、やる気は湧いて来た。
「ほう?」
と言った朝鳥の顔に笑みが浮かんだ。
「こんな山里に置き去りにされて、寂しくは御座いませぬか。武蔵に帰りたいとは思われませんのか?」
と千方の顔を覗き込むようにして尋ねて来た。
「うん。夕べまでは思った。だが、無理ならば仕方ない。今はあのように馬を乗りこなしてみたいと思っている」
これが千方だ。好奇心が強く、気持ちの切り替えが早い。良く言えば前向きと言えるだろうが、祖父・久稔が案じたのは、ある意味調子者ではないのかと言うことだった。
だが、千方は実は気分だけで行動する子ではなかった。考える時は考える。だが、どうにもならないと思ったら、いつまでぐずぐずしてはいない。ただ甘やかして育てられた子と思っていた朝鳥だが、千方の別の面を発見したことに喜びを感じていた。
「では、長に話しておきましょう。ところで、千寿丸様は、太刀打ちの方はお好きですかな」
と聞いた。
「嫌いではない。叔父の豊地と良く稽古しておった」
「では、ひと手、参りますかな?」
と朝鳥。
「良いぞ、参ろう」
と千方はやる気を見せた。意外と早く千寿丸の本質を見極められるかも知れないと朝鳥は思った。
「長、千寿丸様と太刀打ちなど致そうと思うが、何か手頃な棒などないか?」
片付けの差配をしていた祖真紀に朝鳥が声を掛けた。
「分かり申した。お待ちを。これ、誰ぞ持って参れ」
と片付けをしている者達に声を掛ける。
「はい。じきに」
ひとりの女が返事をし、祖真紀の住まいに走り、間もなく二本の棒を持って戻って来た。手頃な長さの比較的真っ直ぐな木の枝の皮を剥ぎ、乾燥させてある。
棒を受け取ったふたりは、一間ほどの間合いを取って向かい合った。
ほんの少し右足を引いて、右手に持った棒をだらりと下げた体勢の朝鳥に対し、千方は十分に腰を落とし、左半身の体勢でやはり右手に持った棒の先を右下に向けて構えた。
「では、参られよ」
朝鳥の言葉と同時に、つかつかと足早に歩み寄った千方は、右足を踏み込みながら棒を持った右手を引き寄せ、己の体の中心線に沿って切っ先を上げ左手を添え、そのまま朝鳥の喉元目掛けて突き込んだ。
朝鳥は、左足を下げ、体を開き、軽く左に払った。
払われて少しよろけた千方が体勢を立て直し、払われた切っ先を返してそのまま切り上げるため踏み込もうとしたところ、朝鳥の持つ棒がすっと伸びて来て、その切っ先が千方の胸元に突き付けられていた。
思わず上体を反らせた千方は、半歩下がり、朝鳥の棒を下から跳ね上げようとした。
しかし、それは空を切って、手首を返した朝鳥の棒が、千方の首の右にぴたりと当てられていた。
「うむ…… 。いまひと太刀」
そう言って千方は二、三歩下がり、間合いを取って構え直した。やはり十分に腰を落とし、今度は体の中心で棒を両手で握った。図らずも、後の世に言う正眼の構えだ。しかし、小指をしっかり握り、薬指、中指、人差し指と徐々に力を抜いて行くということにまでは思い至っていない。全部の指に力を入れて、ただしっかりと握っているのみだ。
千方は、そのままじりじりと間合いを詰めた。朝鳥の方から打ち込んで来る様子は無い。同じように、右手を下げて、少しだけ左足を前に腰高に構えている。
今度も踏み込んで、突いて出た。朝鳥は左足を少し引き、また払いに来たが、千方は素早く肘を畳んで棒を引き、朝鳥の棒が空を切った瞬間二度突きに出た。朝鳥は大きく右足を引きながら右に払った。最初左に払った時は腕だけで払ったが、今度は、大きく右足を引いたことにより生まれた腰の回転による遠心力を利用して、腕の力を抜いて払ったので、その衝撃はもろに千方の棒に伝わった。その力は両手でしっかりと棒を握っていた千方の体にそのまま伝わり、千方は弾き飛ばされた。
転げた千方は、朝鳥に視線を向けたまま立ち上がり、また構えを取った。
『足をべたりと土に着けてはなりませぬぞ。体の重みは拇趾球と親指の付け根で受け止めるのです。そして踵は心持ち浮かせるのです。そうすることによって、素早く動くことが出来ます』と言う豊地の言葉を思い出した。
少し間合いを取りながら、横に動き、隙を探ったが、朝鳥は、千方が右に動こうが、左に動こうが、ゆったりと構えたままだ。
振り上げて面を打って出ようとすると、朝鳥の棒が下からすっと上がって、千方の胸元に伸びて来て踏み込めない。
千方は連続突きに出た。しかし、今度はあっさりと躱され小手を打たれた。
「うっ」と千方が呻いて、からんと棒が落ちた。
「本気で打つ者があるか!」
千方はムッとして怒鳴った。
「戯れでは御座いませぬぞ。生き残るための術を鍛錬しておるのです。打たれぬと分かっていての稽古など意味が有りませぬ。それに、本気で打ってなどおりませぬでな。ほんの少し当てただけで御座います。では、そろそろ、こちらから参ります。棒をお拾いなされ」
言われてみれば、朝鳥の言う通りなのだが、豊地との稽古はそうではなかった。豊地は千方を打ったことは一度も無い。必ずぴたりと止める。そして、『なかなか強くなられた』と褒めたうえで、どこが甘かったかを説明し、繰り返し動作を教える。それが稽古だと思っていた。
千方は黙って棒を拾った。一瞬痛かったが、確かにそうひどく打たれた訳ではなかった。
「宜しゅう御座いますか?」
そう言われて構えた途端、近寄って来た朝鳥の棒が下からすっと上がって来て千方の胸元に伸びて来た。それを跳ね上げると、弧を描いて回った棒が左面に打ち下ろされる。受けると、切り替えして右面を打って来る。また受けると左面、また右と、千方は下がりながら右左と受けるより外に何も出来ない。そして、それが延々と続いた。
「待て! もう良い」
千方は遂に音を上げた。息が上がって、はあはあと肩を上下させている。
「では、今日はこの辺と致しましょうか」
朝鳥が言った。
千方はその場に座り込んだ。肩で大きく息をしながら何気無く周りを見回すと、少し離れたところで、いつの間にか童達が見物していた。はっとした千方は素早く立ち上がって、水干に着いた土を払った。童達に無様な姿を見られたという後悔の念が有った。
夜叉丸、秋天丸、犬丸、旋風丸、他に女童を含めて、十人ほどの童が立ったまま、太刀打ちの様子を見物していた。朝鳥は秋天丸を試してみたくなった。
「秋天丸! やって見ぬか?」
と声を掛ける。にこりとして、右手で一度鼻の下を横に擦った秋天丸が走って来た。そして、千方の傍まで来ると、ペコリと頭を下げた。千方は黙って棒を渡す。
受け取った秋天丸は、朝鳥に視線を投げながら下がり、間合いを取った。
「参れ」と朝鳥が声を掛けた途端、秋天丸は体を大きく前に投げた。そして、前転し、片膝立ちの姿勢で朝鳥の足を左から払った。
朝鳥は引き足で躱すが、秋天丸は立ち上がりながら突き上げる。朝鳥が軽く左に払うと、払われた切っ先がくるりと円を描いて朝鳥の喉を目掛けてまた突いて来る。手首を柔らかく使っている。
朝鳥は大きく右足を引き、体を捻り、腰の回転を利用して秋天丸の小手近くを右に払った。小柄な秋天丸は飛ばされた。しかし、土の上で一回転し、立ち上がった時には、そのまま構えを取っている。
つつつつっと摺り足で間合いを詰めた朝鳥が、千方の時と同じように切り替えしで打ちかかる。
しかし、何回か受けた秋天丸は、切り返す隙を見て、左面打ちを潜り、すっと朝鳥の右脇に飛び込んだ。朝鳥は、左足を軸にして右足を大きく後ろに回転させながら、秋天丸の棒を上から強く叩いた。カランと音がして、棒が落ちた。
「恐ろしく素早いのう」
ふっと息を吐いた後、朝鳥が言った。
「勝てると思った」
秋天丸は少し悔しげに言った。
「戦場で命のやり取りをして来た麿に、そう簡単には勝てぬぞ」
朝鳥がそう応じる。千方は衝撃を受けていた。大人の朝鳥に勝てないのは仕方無いとしても、秋天丸でさえも、自分より明らかに強い。まして、夜叉丸はどれほど強いのか?
草原に在った時、千方は童達の中では、群を抜いて強かった。それは、豊地が心血を注いで稽古を付けていたのだから、当然と言えば当然なのだが、二つ、三つ年上の子にさえ負けたことはなかったのだ。しかし、朝鳥との稽古を見ていて、秋天丸とやったら負けると思った。それは、千方に取っては重大な問題だった。
夕餉の席で兎の肉を食って見せたくらいでいい気になっていた自分が、浅はかに思えた。
夜叉丸が射殺した兎の肉を出された時、射殺の瞬間を想起し、僅かな嫌悪感が千方を躊躇わせた。『太政官が獣の肉を食す事を禁じているではないか』と抗弁したが、朝鳥に弱気を見透かされていると感じ、平気な振りをして食って見せていた。それで威厳を保てたと思い込んでいた己が浅はかに思えたのだ。
馳せ馬や短弓では敵わないと思っていたが、太刀打ちまで敵わぬとあれば、一体どうやって威厳を示せば良いのか。侮られてしまうのではないか。そう思うと不安になった。
「なかなか面白く拝見させて頂きました。秋天丸、良い稽古をさせて貰ったのう」
そう言いながら、祖真紀が近付いて来た。
「あと僅かだったのに」
残念そうに秋天丸が言った。
「戯け。朝鳥殿に礼を申さぬか」
郷長に一喝され、秋天丸は朝鳥に向かって、ぺこりと頭を下げた。
「いや、こちらこそ、面白い稽古が出来申した。普段、誰が稽古をつけているのか」
と、朝鳥は祖真紀に尋ねる。
「時々、倅めが見ているようですが、あとは童らで適当にやっております。剥きになり過ぎて、時々怪我も致しますが、幸い死んだ者はおりませぬ」
祖真紀は朝鳥の問をはぐらかすかのように答える。
「なんと、死んだ者はおらぬとは、死人が出ても不思議では無い程の荒稽古をしていると言う意味か?」
と朝鳥が詰める。
「滅相も無い。童は良く怪我をするというほどの意味で御座いますよ」
祖真紀は言い訳がましく言ったが、朝鳥は聞いていない。
「そうか、倅殿が見ておるのか」
そう言いながら考えている。
「千寿丸様は中々のもので御座いましたな」
千方に気を使って祖真紀が話題を千方のことに移した。一瞬、どう反応して良いか分からなかったが、
「いや、散々だった。それより、秋天丸は素早いのう」
気持ちを隠して、千方は余裕の笑みを浮かべて祖真紀に答えた。
「体が小さいので、己が他人に勝れるのはそれだけだと思っております。そして、それを必死に磨いております。小さいからこそ素早く動ける。己の弱みを強みに変えてしまいおりました。負けん気も強う御座います」
「うむ。童ながら天晴れな覚悟じゃな」
朝鳥が感心した様子で言った。それが、耳に入っているのかいないのか、秋天丸は、まだ悔しげな表情のままだ。
千方は、はっとした。褒め言葉を期待している己が居ることに気付いたのだ。素直に恥ずかしいと思った。”弱みを強みに変える” 祖真紀の言葉が心に残った。
「ところで、千寿丸様、お召し物が大分汚れてしまいましたな。お着替えは?」
祖真紀が尋ねた。千常に殴られた時、そして今倒れた時に着いた泥は払ったが、染み付いた汚れは残っている。
「おお、そう言えば、このような仕儀になろうとは、麿も思うておりませんでしたので、お着替えなど全くお持ちしておりませぬ。如何致しましょうか?」
と朝鳥が言ったが、どこかわざとらしさを千方は感じた。
「ここの童らと同じ物を着ろと言うことであろう」
と突っ込む。
「ほう。成程。そう言うことで御座いますかな。では、済まぬが長、用意しては貰えぬか」
「実は、既に用意しております。朝鳥殿の分も」
「ひとが悪いのう。始めから分かっておったのか」
朝鳥は、自分も気付いていながら、そう言った。
「むさい物では御座いますが、後で舘に届けさせましょう」
「そうか、頼む。宜しいな千寿丸様」
「嫌と言ったらどうする」
朝鳥を困らせてみたくなっって、千方はそう言った。
「ふ、これは…… 。どう致しましょうかな。ふっはっはっは」
そんな事くらいで困り果てる朝鳥では無い。
「中々千寿丸様を掌で転がすのは難しくなって来たようですな。朝鳥殿」
祖真紀が愉快そうに言った。
「掌で転がすなどと、そんな恐れ多いことは考えておらぬわ。何を申すか。麿は、ただ、ひたすら千寿丸様を、殿のご期待に添える男にお育て申そうと思っているだけじゃ」
朝鳥は白々しく、そう嘯く
「それで、蛇の話で麿を脅したのか」
そう言った千方は、にやりとした。『このような場所では、蛇が梁に絡んでいて、夜中に落ちて来ることも御座います』
などと言って、朝鳥は千方をからかっていたのだ。
「さて、何のことやら、最近、物忘れがひどう御座いましてな。とんと覚えておりませぬ」
やはり食えぬ男だなと千方は改めて思った。
「分かった。今度お会いしたら、兄上にそう申し上げておこう。朝鳥は、三年どころか二日で呆けたとな」
と言って、『どうだ』とばかり朝鳥を見る。
「お、お待ちを、千寿丸様もおひとが悪い」
朝鳥はバツが悪そうに口をもごもごさせる。
「その方ほどではないわ。第一、この先、いつ兄上にお会い出来るかも分からぬではないか」
千方は勝ち誇ったように薄笑いを浮かべている。
「恐れ入ります。この朝鳥、いささか千寿丸様を見損のうておりました」
と朝鳥が観念する。
「童と思うてか?」
「は? まあ、そのようなことで……」
「これ、童ども! こちらへ参るが良い」
祖真紀が声を掛け、童達が寄って来た。
「改めて、千寿丸様にご挨拶致せ」
「チェンジュマルチャマ、こんにちは」
まず、千方に声を掛けたのは、三歳ほどの女童だった。女童は、そう言ってペコリと頭を下げた。その回わらぬ舌と、可愛らしい仕草に、千方は元より、そこに居た全員が、温かい笑みを投げた。
「はっはっは。千寿丸じゃ、宜しくな。しかし、言い難そうじゃな。六郎で良いぞ。武蔵の草原の者達も大方そう呼ぶ。皆もそう呼ぶが良い」
「ろくろう? ……なんか …… ふくろうみたい」
と言ってきゃっきゃと笑う。
他の童達も一斉に笑った。
「これっ」
祖真紀も笑いながら、形だけ嗜める。
「そうか、梟か? 夜目が利くようになれば良いのう。そちの名は何と申す」
「雛、雛じゃ」
「そうか。雛か。朝鳥の雛か? 梟の雛か?」
「? ? ?」
雛は、意味が分からず、キョトンとしている。
「そのようなこと、こんな小さな童に言うても、通じる訳が御座いますまい」
朝鳥が呆れたように言った。
「雛に先を越されたぞ。皆もご挨拶致せ、早う」
「六郎様、宜しくお願げえします。竹丸と言います」
長身の、しかしもっさりとした童だ。
「吾は芹菜。犬丸の姉じゃ」
十五、六だろうか。気が強そうで、当時としては、もう大人だ。
「芹菜は男のような女子ですわ」
そう犬丸が言った途端、芹菜の手がぱ~んと犬丸の頭を払った。
「いってえ! 何する。やっぱり男じゃ」
「汝は男のくせに、へらへらし過ぎじゃ」
「これ、これ、兄弟喧嘩はよせ。芹菜、こなたはもう子を産んでも良い歳ではないか。犬丸と喧嘩ばかりしておると、男に相手にされんぞ」
祖真紀の言葉に、ここぞとばかり犬丸が悪乗りをして、
「そら、言われた。相手にされん。相手にされん」
と抑揚を付けて囃す。
「男など嫌いじゃ」
そう言うと、芹菜は、ぷいと横を向いて、そのまま立ち去ってしまった。
「犬丸、汝もいい加減にせい」
祖真紀に言われ、犬丸はぺろりと舌を出した。祖真紀に促され、他の童達もそれぞれに挨拶した。
鷹丸、鳶丸の兄弟。旋風丸らが居た。
「いや、麿の方こそ、宜しく頼む。世話を掛ける。犬丸、姉に、もそっと優しく致せ」
「向うが優しく無いだけです。吾は何も……」
「ところで、長。命や古能代殿は蝦夷風の名だが、童らには、大和風の名を付けておるのか?」
朝鳥が祖真紀に尋ねた。
「はい。十数年前に皆でそのように決めました。この郷がどう成って行くか、我等はどう生きて行くのが良いか。童らの行く末など、皆で話し合った結果で御座います」
「十数年前と言えば、将門の乱の頃か?」
「はい。そうでした。…… 思うていたよりもちと早う御座いますが、この郷のこと、我等のこと、お話致しましょう。
千寿丸様、いや、六郎様とお呼びした方が宜しゅう御座いますかな。宜しければ六郎様もお出で下され」
千方が、すぐに着替えたいと言い出した為、女を祖真紀の住まいに走らせ、舘に衣類を届けさせることになり、千方は一旦、舘に戻った。
千方が離れている間に、祖真紀と朝鳥の間では、こんな会話が交わされていた。
「汗を掻かれたのでは?」
「ふっ。命の目は誤魔化せんな。見ての通りじゃ。最初の二度突きには冷や汗を掻いたわい。秋天丸は元より、千寿丸様いや六郎様もなかなかのものじゃ。始めは、小手先で遇うつもりでおったのよ。たかが十四の童じゃ、何ほどのこともあろうかとな。まして、大事にされ我儘放題に育って来たお子じゃ、芯は脆いと思うておった」
「でも御座いませぬようで」
祖真紀がそう応じた。
「会うたことは無いが、豊地と言う御仁、中々にやりおる。倅殿もな」
「ふふ、倅のことはさて置いて、豊地様とやら、余程、辛抱強いお方のようですな」
「会うて見たいものじゃ。長、ひょっとしたら、我ら長生きをすることになるかも知れぬぞ」
「末が楽しみになって参りましたかな」
と問う祖真紀に、朝鳥はニヤリと笑ってみせる。
「ふふ。六郎様には言うでないぞ」
「畏まって候。鬼の朝鳥になるおつもりかな?」
「いや、嫌味な爺で良いわ」
朝鳥は、何か満足げである。
「そう言えば、お互い、髪に白いものが混じる歳。自分で何をしようと言うよりも、いつの間にか若い者に期待を掛けるようになり申したな」
「いや、麿は、ここに来るまでは、まるで、そうは思うていなかった」
「そのようで。無茶をして、殿をはらはらさせていたようで御座いますな」
そう指摘されて、朝鳥は少し不機嫌そうな表情を見せる。
「申すでない。麿は年寄になどなりたくは無かったのじゃ。考えても見よ。段々体が利かなくなり、目も耳も衰え、歯も抜けて物も食えなくなって、床の上で、あと何日生きられるのかなど考えながら生きているなど、考えるだけでも空恐ろしいわ。気が小さいでな」
自ら気が小さいと言う朝鳥を、珍しいものでも見るような表情となって、祖真紀が
「ほう?」
と応じた。
「ならば、斬り死にする方が良いであろう。相手が腰抜けで無ければ、痛いと思う間もなくあの世に行けるわ。そう思うておった…… だが、六郎様をお預かりして、ちと変わって来た。先が見たいと思うようになったのよ。今日また、更にな」
朝鳥の言いたい事を、祖真紀は理解した。
「ひとは望を持たなければ、命を粗末に致します。望があれば、例えどんなことをしても生きたいと思うもので御座いますな」
「ふん。言葉だけ聞けば綺麗事のように聞こえるが、今の麿には、素直に頷ける言葉じゃ。
…… ところで長。隠し事は良くないぞ。殿も、この朝鳥に隠し事は要らぬと仰せられていたと申したではないか」
「せっかちなお方じゃ。夫婦でさえそう簡単には行かぬことで御座いますぞ」
「いい歳をして、建前と本音くらい弁えよと言いたいのか?」
そう言って朝鳥は祖真紀の顔を覗き込んだ。
「どう致しまして。我等、一蓮托生で御座いますからな」
朝鳥と祖真紀は目を見て頷き合った。




