↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
坂東の風  作者: 青木 航
第一章 幼年編 壱 隠れ郷(下野)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/123

第2話 将門を殺した男 ⅱ

麓《ふもと》に着いてみると、冬の季節にも関わらず、強い南風が吹き付けている。生暖かい風だ。兵の数では完全に将門《まさかど》を圧倒しているものの、山の上に陣取り、しかも強風が吹き降ろしていると言う状況は、将門《まさかど》に有利だった。

「風が変わるのを待たれた方が……」

 そう言ったのは、朝鳥の知らぬ若い郎等《ろうとう》だった。がっしりした体に四角い顔。太い眉と大きな鼻が印象的な若者だ。

「新規お召し抱えの者か?」

 そう思ったが、それ以上気にすることは無かった。

「軍使として、将門《まさかど》の許《もと》へ参ってくれ。『まだ陣立てが整わぬゆえ、整うまで待って欲しい』と伝えよ」と秀郷《ひでさと》が若者に命じた。

「はっ」と返事をし、若者は木の枝を切ってそれに白い布を括り付けると、北山に向かって駆け出して行った。

「将門《まさかど》は待ちましょうか?」

 朝鳥が尋ねた。

「待つ。暫くはな。そう言う男だ。問題は風が変わるのと将門《まさかど》が痺れを切らすのと、どちらが先かだ」


 一方では、私闘や奇襲が頻発し、同時に、名乗り合っての一騎打ちや戦場での作法に従っての戦いも行われていた時代なのである。

 何が違うのかと言えば、私闘か公《おおやけ》の戦《いくさ》なのかと言うことなのだ。追討など公《おおやけ》に認められた戦いで名乗りを上げたり、戦場での作法を重んじたりするのは、名を挙げ、手柄を立てて恩賞を得、出世する為だ。

 一方、私闘ではその本性が剥き出しになる。だが、すべてがそうだとは言い切れない。史上有名な、平良文《たいらのよしぶみ》(村岡五郎)と源宛《みなもとのあつる》(箕田源二《みのだのげんじ》)との一騎打ちは私闘であったが、作法を重んじた一騎打ちをしている。


 秀郷《ひでさと》の読み通り、将門《まさかど》は開戦待ちを受け入れた。追討される側だから、恩賞や出世とは無関係だが、名を挙げたい、或いは『新皇《しんのう》』としての威厳を示したいと言う想いが有ったのだろう。秀郷《ひでさと》が将門《まさかど》を見切った通りの甘さがそこに有った。 

 兵の数で圧倒的に不利であり、山頂に陣取ったことと追い風のみが、己に取っての有利であるとすれば、何としても、それを利用すべきであろう。こちらの陣立てが本当に整っていないとすれば、それこそ千載一遇の機会と観るべきである。

「見栄を張りおって。過信か、新皇《しんのう》と名乗ったことに因る増長か、いずれにしろ愚かじゃな」

 秀郷《ひでさと》がそう呟いた。

 仕掛けた罠に、将門《まさかど》がまんまと嵌ったことに満足すると言うより、将門《まさかど》に加担せず見切った自分の判断が正しかったことに秀郷《ひでさと》が満足しているように、朝鳥には聞こえた。


 将門《まさかど》は仕掛けに嵌《はま》ったかに見えたが、向かい風は一向にやむ気配も方向を変える気配も無い。風が変わらなければ、当然策も無駄になる。

 秀郷《ひでさと》が恐れたのは、総崩れである。これだけ戦力に差が有れば、例え不利な向かい風であっても、犠牲は大きくなるが、しっかり戦い続けることによって、必ず勝利は得られる筈だ。だが、再三触れた通り、当てになるのは家の子・郎等《ろうとう》のみ。もし、将門《まさかど》に囲みの一角でも破られれば、充分な訓練をしているにも拘らず、兵達の殆どが逃げ去ってしまう可能性すら有るのだ。

 秀郷《ひでさと》は、わざと陣立てをもたつかせて時を稼いでいる。

『風よ、変わってくれ!』

 朝鳥も秀郷《ひでさと》同様、そう祈っていた。だが、風は変わらず、将門《まさかど》が遂に痺れを切らし、逆落としに討って出て来た。


 ニ月十四日未申(ひつじさる)の刻(午後三時)、連合軍と将門《まさかど》の合戦が始まった。

 秀郷《ひでさと》は鉦《かね》を叩かせ、急いで陣形を整えさせる。元々わざと遅らせていたのだから、陣形はすぐに整った。横に広がって鶴が翼を広げた形を表す鶴翼《かくよく》の陣である。大軍で少数の敵に対する際に使われる陣形で、突っ込んで来た敵を包み込んで討ち取る戦法だ。

 矢頃まで降りて来ると、将門《まさかど》は、まず作法通り鏑矢《かぶらや》を放った。追い風に乗って唸りを上げて飛んで来た鏑矢は陣に届き、兵が頭の上に持ち上げた楯に激しく当たって、大きな打撃音を発した。こちらの放った鏑矢《かぶらや》は、風に阻まれて、遥か手前に落ちた。

 続いて、一斉に射られた数百本の矢が、放物線を描いて上から降り注いで来る。陣の前の方に並べた楯は殆ど役に立たない。騎馬武者の大鎧《おおよろい》に矢が突き刺さり、一方、兵達は、胴丸では防御しきれない部分に矢を受けた者が倒れる。そして、二の矢の雨。射返してもこちらの矢は風に吹き戻されて届かない。三の矢が降り注いで、また多くの兵が倒れる。


 暫く矢を射かけていた将門《まさかど》軍が突撃に移った。鋒矢《ほうし》の陣形を組んで一直線に攻め寄せて来る。全体が一本の矢の形となり、鶴翼《かくよく》の陣を突き破る戦法だ。将が最後尾に居て采配を振るう通常の鋒矢の陣とは違って、先頭を切るのは将門《まさかど》自身である。鏃《やじり》の肩に相当する両脇には屈強な郎等《ろうとう》を配し、射掛けながら進んで来る。

 将門《まさかど》の戦い振りはいつも、最初、射ながら疾駆し、近付くと傍の郎等《ろうとう》に持たせた手斧に持ち替えて、それを振り回し相手を薙ぎ倒して行く。後に続く兵達はその光景を目の前に見るだけで、その凄さに酔い痴れ、己も無敵となった心持となり、一体となって突進して来るのだ。

 鋒矢《ほうし》の陣に寄る鶴翼《かくよく》の陣に対する突撃は、いかに素早く突破するかに掛かっている。弱い所を突き破り、反転して後ろからまた襲い掛かる。そうすることに寄って、敵の陣形を崩し混乱を生じさせる。しかし、第一の突破にもたつけば、すぐに包囲されてしまう。

『将門《まさかど》ひとりを倒せば良い。それに寄って兵達の暗示は解け、現実の恐怖に晒《さら》されることになる。そうなれば、多勢に無勢。あっと言う間に勝敗は決まる』 

 秀郷《ひでさと》はそう思っていた。

 将門《まさかど》の弓の勢いは強く、驚くほど正確に射込んで来る。対する秀郷《ひでさと》陣営は、矢が風に吹き戻されて届かないばかりでなく、近付くに連れて、将門《まさかど》軍の馬の蹴上げる砂埃が目潰しのように吹き付けてくる為、まともに目を開けていられない状態になってしまった。

 連合軍の陣に恐怖と動揺が走った。

「恐れるな。射よ! 射よ!」

 秀郷《ひでさと》は懸命に叫んだ。前軍の将達も同じように叫び続けている。このままでは中央を突破されると朝鳥は思った。しかし、逆風とは言え、将門《まさかど》は疾駆してどんどん近付いて来ているのだ。しかも、先頭を切って突っ込んで来る。射続ければ、突っ込まれる前に必ず当たる。大鎧《おおよろい》の上から何本かの矢を受けても致命傷にはならないが、勢いを殺すことは出来る。後は打ち合うのみだ。

「大殿、御免」と言い残し、秀郷の許可も得ずに、朝鳥は弓を掴んで前線に向かって馬を駆った。

「ここは一旦、退くべきでは」

 狼狽《うろた》えた様子で、藤原維幾《ふじわらのこれちか》が秀郷《ひでさと》に言った。

「戯《たわ》けたことを申されるな! 今退けば総崩れじゃ!」 

 相手の身分も構わず、秀郷《ひでさと》は怒鳴った。

「繁盛だけに任せてはおけん。麿《まろ》も前に出る」

 貞盛《さだもり》は怯えてはいなかった。

 将門《まさかど》に負け続け、父の仇も討てぬ都かぶれの臆病者との誹《そし》りを受けながら生き延びて来た。ここで逃げれば、もう永久に汚名を返上し名誉挽回をすることは出来ない。征東将軍の朝廷軍が到着して将門《まさかど》を討ってしまえば、一生臆病者と嘲《あざけ》られて過すことになる。例えここで討死しても、それよりはましだと思っていた。

「それでこそ、坂東平氏の嫡流。行かれるが良い」

 本陣は鶴翼の後方に置かれていた。兵は三百。鶴翼の陣の中央には、秀郷《ひでさと》の長男・千晴に千人の兵を預けて配し、突撃の際、将門《まさかど》の矢面《やおもて》となり易《やす》い右翼には、三男・千国と四男・千種、それに五男の千常《ちつね》にそれぞれ五百ずつの兵を与えて計千五百を配した。そして、左翼には、貞盛《さだもり》の弟・繁盛率いる八百に二百の与力を着けて配し、その外側に藤原為憲《ふじわらのためのり》率いる五百の兵を配している。

 本陣の三百はただ後方に構えているだけではなく、五十名ほどを残し、後は、破られそうな所に駆け付ける遊撃隊的な役割を負わせてある。

 朝鳥は単騎中央へ、続いて、貞盛《さだもり》は十名ほどの郎等《ろうとう》を率いて左翼へと、それぞれ前線に向かって駆け着けて行く。

 維幾《これちか》は秀郷《ひでさと》の態度にむっとしながらも、言葉を返すことが出来ず、ただ苛々おろおろするばかりだ。


 その時、一直線に中央に向かって突進していた将門《まさかど》が突然右に方向を転じた。龍が大きくその首を右に振った。

 連合軍を左手に見ながら、中央の千晴《ちはる》隊に、続いて貞盛《さだもり》隊に矢を射かけながら平行に進み、左翼端の為憲《ためのり》隊の守る辺り目掛けて突き進んで行く。

 まさか、自分たち目掛けて襲い掛って来るとは思っていなかった為憲《ためのり》隊に動揺が走り、負け癖の付いている彼等は脆くも崩れた。

 秀郷《ひでさと》は本陣に居る遊撃隊二百五十をすぐに左翼に放ったが遅かった。為憲《ためのり》の兵達は、迎え入れるように将門《まさかど》軍が突き進む道を開け、突き抜けた将門《まさかど》軍が反転して襲い掛かって来ることを恐れて、将門《まさかど》を追おうとする味方の軍の方に向かって逃げ始めたのだ。

 まず、貞盛《さだもり》隊と逃亡兵達の流れがぶつかり混乱する。遊撃隊、千晴隊は、それを避けて将門《まさかど》を追おうとするが、貞盛《さだもり》隊の中からも逃亡しようとする者が出始め、混乱が広がって千晴隊の行く手を阻む。

 そうしている間に、手斧《ておの》を振り回しながら将門《まさかど》が、混乱の中心を目掛けて突進して来る。

 迎え撃とうとした騎馬武者が二人、三人と将門《まさかど》の手斧の餌食《えじき》となって落馬する。将門《まさかど》に続く郎等《ろうとう》達も屈強で、次々と味方が倒されて行く。貞盛《さだもり》は兵を励ましながら、混乱を潜って将門《まさかど》に近付こうとするが、近付けない。

 その中で、将門《まさかど》の郎等《ろうとう》の何人かを倒し、将門《まさかど》に近付き一撃を与えたのは、遊撃隊を率いる、信濃国《しなののくに》佐久の郷《さと》司・望月三郎《もちづきさぶろう》兼家《かねいえ》だった。秀郷《ひでさと》とは以前から親交が有り、挙兵に際し、遥々駆け着けていた。

 兼家は太刀で将門《まさかど》の兜《かぶと》を打ったが、落馬させる程の衝撃を与えるには至らなかった。しかし、将門《まさかど》の兜《かぶと》の向きがずれた。


 逃亡兵達が、今度は空いた北の方に向かって一目散に逃げ始めたのだが、その数は見る見る増えて、恐怖心が伝染したのか、千晴の隊や千国、千種、千常《ちつね》の隊からも逃亡兵が出始める。もはや、陣を組み直すことは不可能な状態となった。陣形を整える為の太鼓や鉦《かね》の音が空しく響き、声を枯らして叱咤する将達の叫び声も乱声に掻き消される。

 又も突き抜け、上りに掛かった辺りで、少し距離を取って陣を組み直した将門《まさかど》軍が、再び矢を放ち始めた時、連合軍は遂に崩壊した。殆どの兵が勝手に退却を始めたのだ。いや、将門《まさかど》軍の矢頃を逃れる為、一目散に逃げ始めたと言った方が正確だろう。

 混乱する連合軍を見下ろしながら、将門《まさかど》は兼家の一撃に因りずれた兜《かぶと》を荒々しく脱ぎ捨てた。その所作が荒々し過ぎたのか、兜《かぶと》だけでなく、その下に被っている折れ烏帽子《えぼし》まで脱げそうになった為、将門《まさかど》はそれも脱ぎ捨てた。

 戦場ならではのことで、平安の男に取って、人前で被り物を脱ぐなど、日常では有り得ない行為だ。はずみで髻《もとどり》が切れ、髷《まげ》が崩れて髪が乱れ、大童《おおわらわ》となって垂れ下がる。郎等《ろうとう》が代わりの兜《かぶと》を差し出そうとするのを「要らぬ」と遮り「者共、敵は混乱している。勝ち戦じゃ。命を惜しむな。掛かれ~!」と声を張り上げた。


 再び将門《まさかど》軍の突撃が始まった。解けた髪を振り乱して、やはり将門《まさかど》が先頭を切って迫って来る。

「うぬ。くそっ! 退け~!」

 このままでは、兵の殆どが逃亡して、二度と戻って来ない。もはや立て直すことは不可能と観念した秀郷《ひでさと》は、遂に退却の号令を発した。兵達は四散し、将と郎等《ろうとう》達は秀郷《ひでさと》と合流する為に本陣を目指す。

 各隊の将達は悔しがりながらも撤収に掛かる。それを見た将門《まさかど》は、嵩に懸かって猛追撃を開始した。

「だから、言わぬことでは無い」

 そう漏らした維幾を、秀郷《ひでさと》は一瞬キッと睨んだが、すぐに騎乗し逃走に掛かった。

「くそっ。くそっ!」と叫びながら駆けた。

 耳元を矢が掠《かす》める。追い風を受けての逃走だから、疾駆していても顔に当たる風圧は感じない。ところが、暫く駆けているうちに、急に顔に風圧を感じるようになった。しかも、冷たい。


 その時、背中に軽い衝撃を感じた。カチッという音がして後ろから飛んで来た矢が鎧《よろい》の背で弾ける。風圧に寄り矢の勢いが殺されているのだ。

「風が変わった!」

 秀郷《ひでさと》は歓喜した。

「止まれ! 踏みとどまれ~! 風が変わったぞ。者共、踏み止まって射返せ~!」

 周りを見回すと、千晴を始めとした息子達。貞盛《さだもり》、繁盛、兼家、それに朝鳥などの郎等《ろうとう》達が集まって来ていた。それでも、百騎に満たない。

 敗走していた連合軍の残軍は踏み止まり、馬を返した。そして、一斉に射始める。

 将門《まさかど》軍は皆強く手綱を引き、馬を止める。横に広がってこちらも一斉に射始めるが、それまでとは違い、秀郷《ひでさと》側の弓勢《ゆんぜい》は強く、将門《まさかど》側は弱い。連合軍の矢は風に乗り、将門《まさかど》軍の矢は風に戻される。

「聞け~! 藤太秀郷《ひでさと》!」 

 将門《まさかど》が大音声《だいおんじょう》で呼ばわった。秀郷《ひでさと》は右手を挙げた。

「やめよ! 射ることを止めよ!」

 双方の矢の雨が止む。

「何用か! 朝敵・小次郎将門《まさかど》! 命乞《いのちご》いなら聞かぬぞ」

「何を抜かすか、卑怯者め。命乞いをするのはその方であろう! 一旦はこの将門《まさかど》に名簿《みょうぶ》を捧げながら、虚を衝いて謀叛を企むなど許《もと》し難い。成敗《せいばい》してくれるわ!」 

「謀叛人はうぬじゃ! この『日本《ひのもと》』に帝《みかど》は只ご一人《いちにん》しか居坐《おわ》さぬ。勝手に新皇《しんのう》など僭称しおって。謀叛人は己だ。この秀郷《ひでさと》が、朝敵を討つ為に欺いたことに気付かなんだ己を愚かと思うが良い」

「何~い。盗人にも三分の理とは良く言うたものじゃ。藤太、許《もと》さぬ!」

 将門《まさかど》は風に乱れたザンバラ髪を振り払い、弓を郎等《ろうとう》に渡して、太刀を抜き放った。

「小次郎! 己はこの平太・貞盛《さだもり》が討つ! 覚悟せよ!」

 秀郷《ひでさと》の脇に轡《くつわ》を並べて貞盛《さだもり》が叫んだ。

「はっはっはっは。誰かと思えば、臆病者の常平太《じょうへいた》か? 信濃で、陸奥で、良くも逃げ延びたと褒めてやろうぞ。今度も逃げ足は速かったのう。のこのこと出て来居《きお》って。従兄弟の誼、見逃してやるから、さっさと消え失せろ! 都にでも落ちて、遊女《あそびめ》とでも戯れておれ。それとも、やっと兵《つわもの》の気概を取り戻したか?」

 侮辱されて、貞盛《さだもり》の顔面が紅潮する。怒りの言葉が発せられた。

「我が父・国香《くにか》を討ったこと、忘れたか! 己を討つこの日の為に、命、永らえて来た。父の無念も我が恥辱も今こそ晴らしてくれるわ!」

 言うなり、貞盛《さだもり》が弓を引き絞った。それを見た敵も味方も弓を構える。双方一斉に放った。貞盛《さだもり》の矢が一瞬早く放たれ、続いて、互いの矢が飛ぶ。だが、風に逆らった将門《まさかど》方の矢の勢いは弱く、貞盛《さだもり》らの矢は疾風の如く走った。

 将門《まさかど》が太刀で矢を払った。…… と思えた瞬間、馬上からその姿が消えた。


 どっと雪崩落ちた将門《まさかど》の姿を、敵も味方も、一瞬信じられないと言う想いで見詰めた為、矢の雨が止んだ。将門《まさかど》の郎等《ろうとう》達が馬から飛び降り、落ちた将門《まさかど》を取り囲んだ。将門《まさかど》は横たわったまま動かない。

「射よ! 射続けよ!」

 秀郷《ひでさと》の叱咤の声に我に返った連合軍の矢の雨に、将門《まさかど》を守るべく太刀を抜き放って構えたその郎等《ろうとう》達が矢を受けて次々と倒れて行く。そして、僅かに残った者達は遂に逃走を始めた。

「追え! 一人残らず討ち取って手柄とせよ!」

 そう叫ぶと、秀郷《ひでさと》は自ら先頭を切って将門《まさかど》の許《もと》に駆け寄った。

 兵達は将門《まさかど》の残党を追い、下馬した秀郷《ひでさと》は、いきなり倒れている将門《まさかど》の頭を踏ん付け、刺さった短めの矢を抜き、辺りに散らばっている矢の中に、抜いた矢を放り込んだ。それから、毛抜形太刀《けぬきがたのたち》を振り上げて、薪《まき》でも割るように、将門《まさかど》の首を打ち落した。

「皆、聞け~っ! 謀叛人・平将門《まさかど》は、左馬允《さまのじょう》・平朝臣《たいらのあそん》・太郎貞盛《さだもり》殿が射落とし、押領使《おうりょうし》、この藤原朝臣《ふじわらのあそん》・太郎秀郷《ひでさと》が首討った。大勝利である。謀叛人・将門《まさかど》は潰えたのじゃ、鬨《とき》の声を挙げよ!」

「うお~!」と言う歓声が上がり、続いて

「エイエイ、オー!」と言う鬨《とき》の声が繰り返された。その鬨の声を聞き付けて、逃げ散っていた味方の兵達が、褒美のおこぼれに与ろうと徐々に集まって来る。


 しかし、その流れとは逆に、その場から立ち去って行く五人の郎等《ろうとう》姿の男達が居た。先頭を行く眉が太く鼻の大きな若者は、その手に短弓を携えている。将門《まさかど》の首は、敵と正対していたにも拘らず、なぜか左の米噛みに穴が開き、そこから血が流れ出ていた。つまりは、秀郷《ひでさと》や貞盛《さだもり》が居た方向とは別の方向から飛んで来た矢に因って命を落とした可能性が有るのだ。

 何故か秀郷《ひでさと》は将門《まさかど》の米噛みに刺さった矢を抜いて、散らばっている矢の中に紛らせるように捨てた。そしてその矢は、長弓の矢では無く、短弓の矢だった。


『そうか。蝦夷の風体では無く、他の郎等《ろうとう》達と同じ格好をしていたので気付かなかったのだ。確かに、あの戦《いくさ》の折、古能代《このしろ》に会っている』と朝鳥は思った。

『しかし、何故《なにゆえ》?』

 そう思いながら、祖真紀《そまき》に声を掛ける。

「将門《まさかど》の乱の折、北山の戦《いくさ》で、麿《まろ》は古能代《このしろ》殿と良く似た男を見掛ておる。あの戦に加わっておったのか?」

 祖真紀《そまき》にそう問うたが、朝鳥の言葉に祖真紀《そまき》は反応しなかった。何か他のことに気を取られているような素振りで、聞こえなかったかのように、朝鳥の言葉を無視した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。