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坂東の風  作者: 青木 航
第一章 幼年編 壱 隠れ郷(下野)

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第11話 初冠(ういこうぶり) ⅲ

 その晩は宮司(みやのつかさ)の舘に泊まることとなった。千方ら、草原(かやはら)一族の為に一間(ひとま)が用意されていた。千方、朝鳥、露女(つゆめ)、久稔(ひさとし)、豊地(とよち)、夜叉丸(やしゃまる)、秋天丸(しゅてんまる)、犬丸、鷹丸(たかまる)、鳶丸(とびまる)、竹丸の十一人が一堂に会している。

と、突然、秀郷(ひでさと)が現れた。一振(ひとふ)りの太刀を手にしている。一同、慌てて下座(しもざ)に席を移して控える。

「千方」

と秀郷(ひでさと)が呼び掛けた。

「はい」

と言って千方が立ったままの秀郷(ひでさと)の前に、膝行(しっこう)で進み出る。

「これはな、陸奥(むつ)の黒川で打たせた太刀のうちの一振りじゃ。我が子のひとりとして与える。大事に致せ」

 そう言って横にして持った太刀を、千方の目の前に突き出す。

「有難く頂戴致します」

 頭上に両手を差し上げ、頭を下げて千方が毛抜形太刀(けぬきがたのたち)を受け取る。

「うん。母や祖父とも一年振りの再会であろう。後はゆるりと致せ」

 そう言い残すと、秀郷(ひでさと)は直ぐに出て行った。一同頭を下げて秀郷(ひでさと)を見送った後、太刀を左手に持ち替えると、千方は上座(かみざ)に戻った。

 その両側に久稔(ひさとし)と露女(つゆめ)が席を取る。朝鳥と豊地(とよち)が下座両脇に控え、その下(しも)に他の者達が居並ぶ。

「感無量じゃな。…… このような日が来るとは…… のう露女(つゆめ)」

と久稔(ひさとし)が感慨深げに呟く。

「いえ、父上、これからで御座います。千方はまだまだ修行の身、父上に、まだまだ老いられては困ります」

 その露女の言葉に我に戻ったのか、

「ふん。まだ老いてなどおらぬわ。じゃがな、草原(かやはら)の家の子・郎党に加え、ここにおる者達。その後ろには千常の殿や将軍様が控えておられるのじゃ。もはや我が一族は弱小氏族などではないぞ」

と己を奮い立たせるように言った。

「いつから父上は、そんな甘いお方になられたのですか? 切れるお方と思うておりましたのに……」

 露女は父に厳しさを求めた。

「買い被(かぶ)りじゃ。麿は切れ者などでは無い。草原(かやはら)をどう生き残らせるか、それのみをいつも考えておっただけじゃ。 …… しかし千方。命(みこと)の母はまるで女院(にょいん)のようじゃのう。…… 今日くらいは気を抜きたかったが、そうはさせてくれぬわ」

と愚痴る。

「ははは。爺(じじ)様のお心、有難く思います。吾の今日(こんにち)が有るのも、一重(ひとえ)に爺(じじ)様、母上、それに、豊地(とよち)の叔父上らのお蔭。お育て頂きましたこと、厚く御礼申し上げます。又、母上の戒(いまし)めも深く心に刻(きざ)み付けたいと思うております」

と千方が言った。

「ふっ。ついこの間『母上と一緒でなければ参りません』などと拗(す)ねていおったと聞いた千寿丸(せんじゅまる)と同じとは、とても思えぬな。いつからそのような上手(うま)いことを申せるように成ったのじゃ」

 久稔が愉快そうに笑う。

「草原(かやはら)のお舘様。六郎様はこの一年足らずの間に、歳にすれば三つも四つも大人になられました」

 そう朝鳥が口を挟んだ。

「朝鳥と申したのう。そうか、そなたの力か? 礼を申す。これからも、千方を支えてくれ」

と久稔が朝鳥に向かって少し頭を下げる。

「いえ、飛んでも御座いません。六郎様はご自身で成長されたのです。麿の力などでは御座いません」

「いや、千方は、これ以上無い、良き"一の郎党"を得たと思うておる。或いは、将軍様は御承知の上で、そなたを守役にしたのかも知れぬな」

 久稔が一人納得したように頷く。

「何をで御座いますか?」

 その意味が分からず、朝鳥が尋ねた。

「うん? そなたの姓(かばね)は『日下部(くさかべ)』であろうが」

と久稔が確認する。

「はい。左様(さよう)で…… それが何か?」

「いや、実はな。我が家の祖(そ)も『日下部(くさかべ)』じゃ」

「左様で御座いますか。存知ませなんだ」

 朝鳥がやっと得心する。

「同族という訳だ。奇遇じゃな」

 久稔は悦に入っている。

「はい。奇遇で御座いますな」

「宜しゅう頼むぞ。千方のこと」

「はい。この命に替えまして」

と久稔の目を見て頷く。

「それはそうと、あの者達に名を付けてやらねばならなかったのであろう」

 久稔が千方に言った。

「左様で御座います……。しかし、急には良き名など思い付きませぬ。御爺(おじじ)様のお力をお借りしとう御座います」

 千方がそう答える。

「うん。そうじゃな」

「あの~」

と秋天丸(しゅてんまる)が声を上げた。

「我等、今まで通り呼んで頂ければ宜しいのですが…。なあ、みんな」

と他の者達の同意を求める。

「うん。うん」

と他の者達も頷いた。

「そうは参らん。主人が郎党を幼名で呼ぶのは、なんら差し支え無いが、他人に名を聞かれて幼名を名乗る訳には行かん」

 久稔がそう強調した。

「さりながら、今回のことは予想もしていなかったこと。旋風丸(つむじまる)の件で我等からの使いが来た時、初冠(ういこうぶり)の段取りが成ったとのことで、殿も郷に使いを出されようとしていた処だったという訳ですから、六郎様にご準備が無かったのも当然。六人もの名、すぐには無理で御座いましょう」

と朝鳥が千方を庇(かば)った。

「うん。明日の朝には真直ぐに郷(さと)に戻るのであろう。それならば、他人に名を名乗ることも有るまい。名はやはり、主人である千方が付けてやるべきじゃ。郷に戻ってゆるりと考えるが良い」

「麿もそう思います」

と露女(つゆめ)が言った。


 宮司(みやのつかさ)の舘。家人(けにん)達の長屋の空き部屋の一室で、古能代(このしろ)は考えていた。

『吾には無理だ。郷長(さとおさ)など務まらん』と断り続けていた古能代(このしろ)であったが、自信が無かったからでは無い。例え一度でも、郷(さと)が滅びるようなことをしようとした自分が、郷長(さとおさ)などになって良い訳が無い。そんなことは許されぬとの思いが有ったからだ。

 しかし、断り続けていながら、郷長(さとおさ)というものを意識するに連れ、もし郷長(さとおさ)に成ったとしたら、こうもしたい、ああもしたい、と言う考えが勝手に浮かんで来る。その矛盾に気付き、ひとり苦笑いをして、そんな考えを振り払おうとするが、気付かぬ間にまた考えている。

 考えのひとつは、若者達を何人かづつ陸奥(むつ)に送ることだった。もちろん、簡単なことでは無い。ただ、気のせいか、自分の幼い頃に比べ、生まれつき体が不自由な者や、気の病(やまい)を患う者が多くなっているような気がする。もちろん、当時遺伝学が有る訳も無いが、代(だい)を重ね、狭い郷(さと)の中で婚姻を繰り返すことに因(よ)って、血が濃くなっている為ではないかと感覚的に感じるのだ。若者達を陸奥(むつ)に送ることで、嫁取りを通して新しい血を郷に取り込む。陸奥(むつ)に残り、向うで暮らすことを選ぶ者も出るだろうが、それはそれで良いと思う。


 承平(じょうへい)・天慶(てんぎょう)の乱の後、秀郷(ひでさと)の許しを得て、古能代(このしろ)は陸奥(むつ)を訪ねた。そしてそのまま七年の間、陸奥(むつ)に留まっていたのだ。

 そこで作り上げた人間関係が有る。受け入れて貰えるはずだ。もうひとつは、郷(さと)をもっと本格的な戦闘集団に変えることである。

 まず、体や心が弱く戦(いくさ)には向かない者を、農民として千常に受け入れて貰う。当時、戦(いくさ)で土地を捨て、そのまま流浪の民(たみ)となっていた者は多い。そう言う者達を使って、土豪達は新田開発を行っているのだ。

 千常は承知していても、周りの者達に蝦夷(えみし)と見破られぬ程度の、訓練は施しておかなければならないだろう。上手く行けば、彼等は大和人(やまとびと)となって行くことが出来る。残った者達には、より本格的な訓練を施し、強力な戦闘集落を作り上げる。それには、古能代(このしろ)が十年に渡って経験して来た盗賊との戦いの経験が生かせるはずだ。それに、将門(まさかど)との戦いに加わった経験も、古能代は持っているのだ。


 

「戻った」

 そう言って控えの間に入って来たのは、祖真紀(そまき)だ。

「どこへ?」

と古能代が聞く。

「周りの様子を確かめて来た」

 祖真紀が答える。

「郷(さと)へ帰したと見せて、やはり連れて来ていたのか?」

 郷の男達の事だ。

「敵を欺(あざむ)くには、まず味方からじゃ。国時(くにとき)様には申し訳なかったが、常に用心は怠れぬ」

 祖真紀はあっさりと認めた。

「この寒さの中、皆には苦労を掛けますな」

 古能代が郷人達の苦労を想って呟いた。

「それが、我等の務め。やむを得ぬ。…… もっと酷な命(めい)を下さねばならぬことも有る。気が進まぬか?」

 長(おさ)となる為は非情な事を命じる事を避けてはならないと言いたかったのかも知れない。その時、古能代(このしろ)の頭に或る考えが浮かんだ。

『祖真紀は、郷長(さとおさ)交代の道筋を付ける為、旋風丸(つむじまる)が恨みを持っていることを承知しながら、敢(あ)えて無視していたのではあるまいか……』

 そう思った。しかし、それでは、千方の身に危険が及ぶ可能性をも無視していたことになる。或いは、千方の方が、明らかに腕が上と成っていることまでも計算に入れていたのか? それとも、我が子を崖から落とすようなことさえした男だ。千方の命さえ、実は何とも思っていないのかも知れない。そう思った。

「親父…… まさか策ではあるまいな。旋風丸(つむじまる)の怨念に気付かなんだということ……」

と問う。

「何を申すか。…… 吾も人、抜かりは有るわ。年を取れば尚更にな。だから、隠居すると申しておるのじゃ」

 古能代(このしほ)は改めて祖真紀(そまき)の顔を見た。我が父ながら、この男の本心は分からぬと思った。

「古能代(このしろ)、つまらぬことに拘り続けるのは無益じゃ。今、汝(なれ)が祖真紀(そまき)を継ぐことが、郷(さと)に取っても、殿や大殿に取っても一番良いことなのだ」

 古能代(このしろ)は、はっとして父の顔を見た。

『つまらぬことに拘(こだわ)り続ける』

とは何を指して言っているのか? 『まさか!』と思った。そして、暫く黙していた。

 しかし、やがて、

「分かった」 

と言った。そして少しの間(ま)を置いて、

「だが、少し時を貰えないか? 一度、陸奥(むつ)に行って来たい」

と言った。

「そうだな。陸奥(むつ)に居る妻子を連れ戻って来るが良い。郷長(さとおさ)が独り身では具合が悪いでの。お許しを得て、春になったら行って来い」

と祖真紀が言った。


 実は古能代(このしろ)は、陸奥(むつ)に居た七年の間に、蝦夷(えみし)の豪族・安倍(あべ)氏の娘との間に二人の子を設けていた。そして、子らは安倍(あべ)氏の許(もと)で育っている。


参考:

https://7496.mitemin.net/i73653/

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