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坂東の風  作者: 青木 航
第一章 幼年編 壱 隠れ郷(下野)

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第11話 初冠(ういこうぶり) ⅱ

 秀郷(ひでさと)一行は、宮司(みやのつかさ)の舘に寄宿し、翌日到着予定の千常、千方らの一行を待った。


 朝方到着した千常一行は、鳥居を潜り、石段を上がると神門を潜って、左手にある御手洗(みたらし)で手と口を清め、拝殿の前に進んで、二拝二拍手一拝の作法に則(のっと)った参拝を行う。

 一旦、別の部屋で休息を取った後、いよいよ秀郷(ひでさと)と千方の対面が行われた。下座(しもざ)正面に千方、その左後方に朝鳥が控えて待っていると、まず、露女(つゆめ)、久稔(ひさとし)、豊地(とよち)が巫女(みこ)に案内(あない)されて現れた。

「母上! それに御爺(おじじ)様、お久しゅう御座います」

 母達に気付いた千方が上気した様子で声を発した。

「おおお~っ。見違えるほど逞(たくま)しくなったのう千寿丸(せんじゅまる)。今日は目出度(めでた)い、目出度いのう……」

 久稔(ひさとし)は歳のせいか、今にも涙をその目に溢れさせんばかりに興奮している。

「ほんに、六郎殿、立派になられました」

 母・露女(つゆめ)が言葉を合わせたが、こちらは冷静な表情を崩さない。

「六郎様、此度(こたび)は本当に御目出とう御座います」

 次に声を掛けて来たのは豊地(とよち)である。

「有り難う御座います。叔父上もお変わり無く。良うお出(い)で下さいました」

 千方の左隣に露女(つゆめ)、右隣に久稔(ひさとし)が席を取り、久稔(ひさとし)の右後ろに豊地(とよち)が控えた。

 千方は、髪を角髪(みずら)に結(ゆ)い、千常より届けられた新しい水干(すいかん)を身に着けている。

「大殿が見えられます」

 郎党の声に、一同頭を下げ待ち受ける。

 間も無く、秀郷(ひでさと)を先頭に、高郷(たかさと)、千国(ちくに)、千常の三人が現れ、秀郷(ひでさと)を中心にして上座(かみざ)に着く。

「千寿丸(せんじゅまる)か? 父じゃ。良う参った」

 席に着き、ひと呼吸置いた後、秀郷(ひでさと)が静かに言葉を発した。

「露女(つゆめ)が子・千寿丸(せんじゅまる)に御座います。お目に掛かれて、これ以上の喜びは御座いません。また、こたびは初冠(ういこうぶり)の儀を執(と)り行って頂けるとのこと、厚く御礼申し上げます」

「我等よりも重ねて御礼申し上げます」

と久稔(ひさとし)が言葉を添え、下座の一同が頭を下げる。

「千寿丸。面(おもて)を上げて、父に良う顔を見せてくれぬか……」

「はい」 

と答えて顔を上げ、千方は真っ直ぐに父の顔を見た。

「兄上、千寿丸(せんじゅまる)は中々に良き男振りで御座いますのう。どちらに似たのやら……」

 高郷(たかさと)が笑いながら言った。

「麿に決まっておろうが…… うん? そうであろう?」

「はあ…… 左様ですか」

 高郷(たかさと)が含み笑いをすると、千常、千国(ちくに)も笑った。

 秀郷(ひでさと)の三男・千国(ちくに)は、秀郷(ひでさと)が鎮守府将軍在任中は、秀郷に代わって胆沢(いさわ)に有る鎮守府に詰めていた。欲が無くあっさりした性格の男だが、筋(すじ)を通そうとする時には、一歩も譲らない一面も持ち合わせている。

 千方は、秀郷(ひでさと)の姿を見詰めていた。父と呼ぶ人は、祖父・久稔(ひさとし)と変わらぬ年頃である。期待とは裏腹に感激は沸いて来ない。初対面であるから懐かしさという感情も無い。

『これが父か』と思うばかりである。ただ、遠くに在(あ)った人が目の前に居る。雲の上の人と思っていた人が、普通の人間として、今そこに在る。

「千寿丸(せんじゅまる)」 

 秀郷(ひでさと)が声を掛けて来た。

「はい」

と答える。

「そなたが生まれて十四年。一度も会ったことの無いこの父をどう思うておる?」

と千方に尋ねた。千方は直ぐに答える事が出来なかった。間を置いて口を開く。

「お会いしとうは御座いました。ですが、祖父や母、それに叔父達のお蔭で、少しも寂しくは御座いませんでした」

 そう言って秀郷を見た。

「そうか…… それは良かった。これからは、我が家の一員として、又、草原(かやはら)の為にも力を尽して貰うことになろう。ついては、この下野藤原家(しもつけふじわらけ)に付いて少し話して置こう」

 秀郷が話し始める。

「我が家は、藤原北家の祖・房前(ふささき)候の五男・魚名(うおな)候を祖とする。魚名(うおな)候の五男・藤成(ふじなり)という人が若き日に下野掾(しもつけのじょう)として国府に赴任して来た。その後藤成(ふじなり)は、一旦都に戻った後、播磨介(はりまのすけ)、播磨守(はりまのかみ)、伊勢守(いせのかみ)などを歴任し、従四位下(じゅしいのげ)にまで上ったが、五十を待たずして没した。

 藤成(ふじなり)は下野掾(しもつけのじょう)在任中に下野(しもつけの)史生(ししょう)・鳥取業俊(ととりのなりとし)の娘との間に子を設けていた。それが麿の祖父・豊澤(とよさわ)だ。祖父も鳥取豊俊(ととりのとよとし)の娘との間に子を設けた。それが、我が父・村雄(むらお)じゃ。そして、我が母は当時、下野掾(しもつけのじょう)を務めていた鹿島一族の娘だ。……  千寿丸(せんじゅまる)。麿の祖父・豊澤(とよさわ)も父を知らずに育ったのだ。祖父を育てたのは鳥取(ととり)の家だ。丁度、草原(かやはら)の者達が千寿丸(せんじゅまる)、そなたを育てたようにな。だから、麿は鳥取(ととり)の一族と思うておる。

 だがな、遂に下野(しもつけ)に戻ることの無かった父親でも、その藤原という姓(かばね)によって、子である我が祖父にも鳥取(ととり)一族にも計り知れぬ程大きなものを残して行ったと言えるのだ。『藤原』の姓(かばね)には、やはり、力が有る。残念ながら鳥取(ととり)を名乗っていては、今の吾の地位は得られなかったであろう。草原(かやはら)も、もはや藤原の一族、精々利用することだ。

 魚名(うおな)候と言うより、藤成(ふじなり)候こそが、我が一族の基(もとい)となったお方じゃ」

 秀郷は千方から一旦目を離し、何かを思うように視線を空(くう)に移した。


 藤原藤成(ふじわらのふじなり)には、奇しくも秀郷(ひでさと)に繋がる別の一面が有った。それは、蝦夷(えみし)との関わりである。

 弘仁(こうにん)二年(八百十一年)播磨介(はりまのすけ)に任ぜられた藤成(ふじなり)は、弘仁(こうにん)四年(八百十三年)、移配させた夷俘(いふ)に対する教化(きょうか)や、夷俘(いふ)からの要請に対応する為の専当官(せんとうかん)を兼ねることになった。蝦夷(えみし)を管理しながら相談にも乗り、不満を解消して、反乱を起こさせないようにする役目だ。つまり、藤成(ふじなり)は蝦夷(えみし)を大和(やまと)の風習に馴染(なじ)ませる為の教育訓練や身の上相談に当たる職に在(あ)ったのだ。彼は、先入観を持たず蝦夷(えみし)に接したと言う。もちろん、代(だい)の離れた秀郷(ひでさと)が藤成(ふじなり)から何かを学んだと言うことは無い。しかし、彼の血の中に有る何かが、秀郷(ひでさと)に蝦夷(えみし)との関わりを選ばせたのかも知れない。


 秀郷(ひでさと)の言葉に、

「一族の為、また草原(かやはら)の為に力を尽す所存に御座います」

と千方が答える。

「うん、捨て置いたにも関わらず立派に育ってくれた。嬉しく思うぞ。命名に付いてだがのう、遠方に在(あ)った藤成(ふじなり)候とは違い、下野(しもつけ)と武蔵(むさし)。目と鼻の先に在(あ)りながら彼方(かなた)に置いてしもうた子ゆえ、我が想いを込め『千方(ちかた)』と名付ける。元服の後(のち)は、藤原(ふじわらの)・六郎・千方(ちかた)と名乗るが良い」

 命名の理由を秀郷はそう述べた。 

「藤原六郎千方《ふじわらのろくろうちかた》。良き名を頂き、真(まこと)に有難う御座います」

 手を付いて、千方が頭を下げる。

「ほんに、深きお心を名に頂き、千寿丸(せんじゅまる)、いえ千方も果報者に御座います」

と露女(つゆめ)が続けた。

「そう思うてくれるか? 露女(つゆめ)」

 何処かほっとした様子が、秀郷の表情から伺える。

「はい」

 露女は満足そうに微笑んでいる。

「良き日である。目出度(めでた)い」

 秀郷が言った。


 一行は神殿に向かう。拝殿に向かって参拝し、宮司(みやのつかさ)の先導で拝殿に上ると、正面には山海の幸(さち)が供えられており、秀郷(ひでさと)が嘗(かつ)て奉納した鎧(よろい)、太刀、弓等が飾られている。烏帽子親(えぼしおや)を務める千常が右手奥の席に着き、秀郷(ひでさと)、高郷(たかさと)、千常、千国(ちくに)らが連なる。

 千方が正面下座の円座(わろうだ)に席を取り、左方には、久稔(ひさとし)、露女(つゆめ)、豊地(とよち)、後方には朝鳥ら郎党達が居並ぶが、その末席には、祖真紀(そまき)、古能代(このしろ)親子も列席を許されて連なっている。


 まず、宮司(みやのつかさ)が、大幣(おおぬさ)を振ってお祓(はら)いを行い、修祓(しゅうばつ)の儀が執(と)り行われる。

 続いて祝詞(のりと)が上げられ、それが済むと二人の巫女(みこ)の介添を得て、千方が、童形水干(どうぎょうすいかん)から大人の衣装である直垂(ひたたれ)に着替える。正式には、この着替えは五角形の柳の箱の上に立って行われるようになるが、この時、その風習は取り入れられていない。

 着替えが済むと、烏月帽子親(えぼしおや)である千常が歩み寄り、朝鳥と巫女の介添えで、千方の角髪(みずら)に結(ゆ)った髪の髻(もとどり)を切り、大人の髪である冠下(かんむりした)の髻(もとどり)に結(ゆ)い上げる。

 続いて加冠の儀へと移るが、『加冠』とは、本来宮中の元服の儀式で冠(かんむり)を被(かぶ)らせることを意味する言葉だが、兵(つわもの)の家では折烏帽子(おりえぼし)を用いる。この折烏帽子(おりえぼし)は、兜下(かぶとした)に被れるように先が折れ曲がった烏帽子(えぼし)であり、後に侍烏帽子(さむらいえぼし)と呼ばれるようになる。

 千常が千方の正面に回り、小結(こゆい)の紐(ひも)を結び、顎紐(あごひも)を結ぶ。そして、秀郷(ひでさと)に向かって礼をして席に戻る。

 ここで、神酒(おみき)拝戴(はいたい)へと式次第は進むところだ。

「千方」

と千常が、付けられたばかりの元服名(諱(いみな))で呼んだ。

 一瞬間を置いて千方が、

「はい」

と答える。己の名を認識するのに一瞬の間を要したのだ。

「これに参れ」

と千常が千方を招いた。戸惑いながら千方が進み出ると、千常は座っていた席を空け、千方にその席に着くよう促す。

「ここに座るので御座いますか?」

と不審そうに千方が尋ねる。

「そうだ」

と答えると、千常は振り返って、

「良いぞ!」 

と入口に向かって声を上げた。

 入口から六人の直垂(ひたたれ)姿の若者達が入って来た。頭に烏帽子(えぼし)は頂いていない。何も聞かされていなかった千方は、はっとして六人を見た。夜叉丸達だ。千方の座っていた後ろに、六人は横に並んで席を取り、千方の方に向かって礼をする。

「郎党達だ。そなたの手で烏帽子(えぼし)を与えるが良い」

と千常が指示する。


 若い郎党達が元服する時は、主(あるじ)が烏帽子親(えぼしおや)を務めることが多い。一瞬先に元服した千方が、烏帽子親として郎等達の元服を執り行うと言う構図を作ったのだ。


「はい。父上、兄上。有難う御座います。こうまでして頂き、六郎は仕合わせ者です」

 既に髪も結い上げている夜叉丸(やしゃまる)達は、見違えるように大人びて見え、引き締まった表情は、昨日までの蝦夷(えみし)の童(わらべ)とは全く別人のように思えた。

 緊張のせいか、犬丸や竹丸の顔にさえ笑みの欠片(かけら)も浮かんでいない。己(おのれ)自身も緊張していたが、千方は、敢(あ)えて笑顔を作って、巫女の差し出す烏帽子(えぼし)を次々に彼等の頭に載せ、小結(こゆい)、顎紐(あごひも)を結んで行った。

 その光景を、千方以上の感慨を持って見詰めている者が居た。古能代(このしろ)である。弟・支由威手(しゆいて)達は『郎党』の身分を得るまでに十年の歳月を要している。しかし、この者達は、このような晴れがましい席で、元服と共に千方の郎党となることが出来た。己の手柄とは思わないが、父・祖真紀(そまき)や祖父の判断が間違ってはいなかったということだろうと思った。

 厳しい躾の下(もと)、国時(くにとき)に反発しながら、郎党としての所作(しょさ)や言葉使いを身に付けて行った支由威手(しゆいて)達の葛藤も夜叉丸(やしゃまる)達六人には無縁であった。

 実は、朝鳥が、暇を見付けては童(わらべ)達を集め、郎党の心得や所作を面白可笑しく演じながら教えていたのだ。千方に対しては少々口煩(くちうるさ)く反発を買ったことのある朝鳥だったが、蝦夷(えみし)の童(わらべ)達に取っては、面白く親しみ易い存在だった。


 加冠の儀が済むと、千方は元の席に戻り神酒(おみき)拝戴(はいたい)となる。

 正式に千方の郎党と成った者達の何人かは、初めて口にする酒(ささ)に、思わず眉根を寄せたり目をきょろきょろさせたりして童(わらべ)の表情に戻っている。楽師(がくし)が入り、白拍子(しらびょうし)による今様歌舞楽(いまようかぶがく)が始まると、竹丸などは口を半開きにし、犬丸、秋天丸(しゅてんまる)、それに、鷹丸(たかまる)、鳶丸(とびまる)の兄弟も、見たことも無い光景に殆ど放心状態となり、すっかり山童(やまわらべ)のお登りさん状態となっている。唯一人、夜叉丸(やしゃまる)のみが、無理矢理、表情を抑えているのか、睨(にら)み付けるようにして舞を見ていた。

 今様歌舞楽(いまようかぶがく)が終わると共に拝殿での儀を終え、一行は宮司(みやのつかさ)の先導で秀郷(ひでさと)を先頭にして宮司の舘へと渡る。


 舘には馳走が用意されており、一同席に着いたが、そこには、寛(くつろい)いで宴(うたげ)を楽しむ秀郷(ひでさと)や一族の者、それに郎党達。緊張しながらも礼を尽くし心配りをする、千方ら草原(かやはら)の者達。居心地悪そうに隅の方に控えながら、夜叉丸(やしゃまる)ら六人の様子をはらはらしながら見守っている祖真紀(そまき)と古能代(このしろ)、三者三様の姿が有った。

「順は逆になったが、あの者達にも名を付けて やらねばのう。…… 千方、そなたの初仕事じゃ」

 秀郷(ひでさと)の酒盃に酒(ささ)を注いでいた千方に、秀郷(ひでさと)が言った。

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