↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
坂東の風  作者: 青木 航
第一章 幼年編 壱 隠れ郷(下野)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/123

第8話 将門の噂 ⅲ

 承平《じょうへい》五年(九百三十五年)二月四日のことであった。使いを受け国香がやって来た。国香は護《ももる》の領地の西隣りを領し、真壁郡石田《まかべごおりいしだ》(現・筑西市東石田)に居を構えていた。

「舅《しゅうと》殿、ここのところ何かと忙しゅうて無沙汰しておりましたが、急のお呼びとのことで急ぎ駆け着けて参りました。何で御座いますかな?」

 国香は、迎えに行った護《まもる》の郎等の案内で、自らの郎等はひとりも連れずにやって来ていた。

「おお、国香殿。忙しいところを呼び立てて済まぬのう。ま、これへ。さ、さ」

と護が席を勧める。国香が対座すると、護は少し言い難そうにしていたが、やがて、

「実は、命《みこと》の甥の将門のことじゃ……」

と切り出した。

「あ奴がどうか致しましたかな? 忌々しい奴で御座るよ」

 特に護の意図を探ろうとするでも無く、国香は、日頃の憤懣を口にした。

「所領のことで揉めているそうな」

と護が念を押す。

「はあ、元々は父が遺《のこ》した所領で御座るが、将門の父・良将《よしもち》が継いだ領地のいくつかに付いて揉めております。良将《よしもち》が、鎮守府将軍として陸奥《むつ》に赴任中他界してしまいましたので、良正《よしまさ》、良兼《よしかね》とも話し合って取り敢えず管理することに致しました。将門は都に行っておりましたし、亡き良将《よしもち》の妻《め》や幼い弟達では手が回るまいと思いましてな。荒れ果ててしまったり、周りの土豪達に奪われてしまったりしては、亡き父に申し訳が立ちませぬゆえ。ところが、都から戻ったあ奴めが、いきなり押しかけて来おって『父の遺領を返せ!』と、まるで我等が横領したかのように捲《ま》くし立てる始末。伯父である我等に対して無礼にもほどが有る。これには麿だけで無く、良兼《よしかね》や良正《よしまさ》も腹を立てましてな。将門がそう言う態度なら、こちらも管理の為、人を増やしたり手を掛けたりして来たのだから、それなりのものは貰おうということになりました。ところが、将門めは一切耳を貸さず、すぐに返せと繰り返すばかり。これでは交渉にも何もなりません。おまけに、良兼《よしかね》の娘まで奪ってしまいおった」

と国香は、自分の方に理の有ることだと言う事を力説する。

『都合良く言っているが、やはり横領したのであろうな』と護《まもる》は思った。

『もし国香の言う通りなら、将門の留守に母にそれなりのものを届けているであろうし、そうしておれば、如何に将門とて怒鳴り込んだりはしないだろう』と思う。

『しかし、将門という男も策が無い。もう少し頭を使って上手く立ち回ることは出来なかったのか。大した男では無いな』とも思った。しかし、口では、

「左様《さよう》か。それは難儀なことで御座るな」とだけ言った。

「頑固な上に、執拗《しつこ》い奴で御座るよ。身内ながら嫌になる。あれでは都で出世出来なかったのも無理は無い。愚息・貞盛も都では随分面倒を見てやったようだが、その礼の言葉すら無い」

と不満たらたらの様子。護《まもる》はそこを突いた。

「ならば、討っても宜しいかな」

と国香の目を見る。

「う?」

 国香は、一瞬言葉に詰まった。

「平真樹と我等が長年揉めているのは承知されているだろうが、その真樹に与力する為に明日やって来る。我等としては不都合なので、討ってしまおうということになった。とは言え、婿《むこ》殿の甥とあればひと言、断って置かねばなるまいと思うて来てもらった」

 そう、招いた意図を明かす。

『腹立たしい奴め』とは思っていたが、正直、討ってしまおうとまでは思っていなかった。国香はちょっと目を泳がせたが、その後、目を瞑《つむ》って考えていた。 

 やがて「分かり申した。すぐに戻って、人数を揃えて参陣仕る」と答える。

「いや、それには及ばぬ。時が無い。それに、身内同士の戦《いくさ》は気が進まぬであろう。我等だけでやる。命《みこと》に異存がなければそれで良い。今宵は我が家に泊まって、明日はここで吉報を待たれよ」

と国香を制した。余り気の進む事ではないので、国香もほっとした。

「お気遣い忝《かたじけ》ない。では、お言葉に甘えてそうさせて頂きましょう」

「国香殿、我等にお任せ下さい」

と扶《たすく》が言った。

「だが、気を着けられよ、扶《たすく》殿。将門は他人に引けぬ強弓《こわゆみ》を引く。狙いも確かだ。それに、付いている郎等の多くは良将《よしもち》と共に陸奥《むつ》に行っていた剛の者達じゃ」

 扶の方に体を向け、国香が厳しい表情となって告げる。

「ご心配召さるな、国香殿。我等とて、こんな戦いで郎等のひとりたりとも失いたくは無い。途中の森の中に伏せ、通り過ぎる頃合いにて横矢を射掛けて一挙に片を付けるつもりです。将門に弓を引く暇《いとま》など与えません」

 扶《たすく》の自信に満ちた言葉に、国香も護《まもる》も満足げに頷いた。ところが、戦いの結果、扶《たすく》、隆《たかし》、繁《しげる》の三人の息子を一遍に失ってしまった。それに加えて国香も死んだ。また、長年仕えてくれた郎等の多くも今はもう居ない。


『出来ることなら、時を戻して『ならん! あの男を討とうなどと考えてはならん!』と叫びたい』そんな思いが身体の心から突き上げて来るのを、護は感じていた。

 こんな結末を一体誰が予想したろうか? 三倍もの人数で奇襲を掛けたのだ。負ける筈が無い戦いだった。まずい差配をして何人かの郎等を死なせてしまって怒鳴り付けるくらいが、予想出来る最悪の事態だった。

『吾ひとり生き残って、この先何の望が有るのか?』

 将門を憎む気持ちよりも、全《すべ》てを失ってしまった虚脱感が護《まもる》を支配していた。


 扶《たすく》達の出陣を国香と共に見送って舘に戻り、真樹のことなど話している時だった。郎等が一人、慌ただしく駆け込んで来た。聞けば真樹の領地と接する辺りで騒動が起きたと言う。

 放っては置けぬが主な郎等達は皆、扶《たすく》に付けてやった。任せられる者が居ない。そう思っていると、国香が、

「構わぬ。行かれよ、舅《しゅうと》殿。麿は客では無い、身内じゃ。ここで扶殿達の帰りをのんびり待っておることにする。火は小さいうちに消して置かねばなるまい」

と言ってくれた。その言葉に甘えて、護《まもる》は残っている郎等を掻き集めて騒動の鎮圧に向かった。その留守中に、国香は火に巻かれて死んだ。敗走する者達を追って来た将門は、辺り一面に火を放ったのだ。混乱し逃げ惑う者達、迫り来る炎の中で、舘には案内する郎等のひとりとて居なかった。


 騒動を沈めて戻ろうとした護《まもる》は、舘の方向が真っ赤になっているのを見た。

「何だ、あれは? 何が起きたのだ!」

 そう言うと思い切り馬の腹を蹴り駆け出した。途中、顔も体も煤《すす》と土で真っ黒になった奴婢《ぬひ》がひとり、息も絶え絶えになりながら走って来るのに出会った。

「何が有った!」

と馬上から尋ねる。

「殿様~っ。お舘も郷《さと》も蔵もみんな焼けちまった。若様方も皆死になさった!」

と奴婢は答えた。護に衝撃が走る。

「何~い!」

と言った切り、最早、ものを考える事も出来ない。ひたすら走った。


 戻った時には、既に将門は引き上げた後だった。全てが焼き払われ黒々とした焼け跡のあちこちに、まだ赤い炎がめらめらと上がっている。燻《くすぶ》っている屋根の残骸の下に遺骸が埋もれているのか、異臭が鼻を突く。逃げ散っていた郷人《さとびと》達が恐る恐る焼け跡に戻って来る。茫然と立ち尽くす者、身内の遺骸を見付け声を上げて泣きだす者、訳の分からぬことを喚きながら走り廻る者。長年付き従ってくれた郎等達の死体があそこにもここにも…… 地獄絵図だ。扶《たすく》、隆《たかし》、繁《しげる》三人とも死んだと聞かされたが、到底信じられる訳が無い。

「探せ! 探せ~っ!」

 護《まもる》はただそれだけを繰り返し叫んでいた。そして、夕刻、生き残りの郎等の一人から息子達の最後の模様を聞かされ、遺体も運ばれて来た。舘の焼け跡から国香の焼死体も発見された。


 将門が特に非道だった訳では無い。焼き討ちは当時の戦《いくさ》の常道なのだ。焼き払うことに寄って相手の戦力を奪う。戦力とは、武器と人と食料だ。秋の取り入れ前の時期であれば、田に稔っている稲も焼いてしまう。兵は農民である。食べる物が無くなれば生活出来ないから、浮浪民となって他の土豪の領地や他国へ逃亡してしまう。穀倉も焼かれてしまえば、貸し付ける種籾《たねもみ》も無くなってしまうから逃亡を防ぐ手段はない。戦闘よりも遥かに効果的に相手を叩く手段は正に焼き討ちなのだ。待ち伏せを受けた将門の怒りが護《まもる》の全てを奪い尽くした。


 都での不本意な生活と帰ってからの伯父達との揉め事。長い間、溜りに溜っていたものを将門は一挙に爆発させたのだ。


『我等は飛んでもない化け物を目覚めさせてしまったのかも知れない』そんな想いが護の心を支配し始めていた。しかし、考えてみればこれが戦《いくさ》だ。一時の戦闘に勝ったとしても相手を徹底的に叩いてしまわなければ後で反撃される。まして、戦力的に護《まもる》には遥かに及ばない将門にしてみれば、どうしてもここまでやっておかなければならなかった訳だ。


 一方の護《まもる》側はと言えば、お互い広大な領地を持ちながら、境界付近の帰属に付いて、真樹と長年争っていたが、僅かな所領の為に、元も子も無くすような大規模な戦闘をする気など双方共に無い。要は局地的な小競《こぜ》り合いを繰り返していたに過ぎないのだ。その意識が護《まもる》にもその子らにも染《し》み着いてしまっていたのだ。将門と護《まもる》陣営との戦《いくさ》に対する意識の差がこの結果を生んだ。そしてそれは、戦闘開始前に既に始まっていた。

 扶《たすく》は、兵を伏せて待ち伏せをすれば楽に勝てると単純に考えていたろう。ところが、将門の郎等達は、陸奥《むつ》に在《あ》った時、反乱を起こした蝦夷《えみし》の討伐を何度も経験している。蝦夷《えみし》との戦闘に於いて、始めから向かい合って戦闘を開始するなどということは殆ど無い。いわゆるゲリラ戦が蝦夷《えみし》の戦法であるから、常に待ち伏せを警戒しながら進軍しなければならないのだ。その為には、地形に寄ってどんな罠が仕掛けられている可能性が有るかを常に考え、それに対する警戒と探索を根気良く行う必要がある。鳥や獣の動静にも気を配らなければならない。


 遠くに森が見えて来た時「お待ち下さい!」と郎等のひとりが将門を制した。

「あの森の周りを多くの鳥が旋回しております」

と告げる。

「うん、確かに……」

と将門が応じる。

「恐らくあの森に巣が有るのに戻れぬ理由が有るのです」

 言われて直ぐ分かった。

「伏せ兵か?」

と確認する。

「御意《ぎょい》」

と告げた郎党が頷く。

「さては、我等の動きを前大掾《さきのだいじょう》に察知されたとみえるな。良う気付いてくれた」

 将門は、迂回して森の裏に回り込むよう早速一部の郎等に命じ、時間稼ぎの為、本隊には休息を命じた。


 休憩の後、頃合いを見計らって再出発したが、その時には、いつでも戦闘に移れるように郎等達に準備をさせていた。森の中の様子に気を配りながら速度を調整しつつ進む。


 矢頃にはまだ少し距離が有ると思われる辺りに至った時、森の中から突如悲鳴が上がり騒然となって、一部の将兵が道に飛び出して来た。裏に回り込ませた郎等達が一斉に矢を射掛け始めたのだ。一瞬満面の笑みを見せた将門だったが、次の瞬間には鬼のような形相《ぎょうそう》になり、自慢の弓を引き絞って、立派な兜《かぶと》を被《かぶ》った一人の武者に向かって放った。まさか届くまいと思われた距離から放たれた矢は武者の右太腿《ふともも》の外側に刺さった。武者は倒れ、兵達が慌てて周りを囲む。

「突っ込め~っ!」

 将門の号令と共に突撃が始まり、太腿に矢を受けた武者はあっさりと討ち取られてしまった。源太郎《みなもとのたろう》・扶《たすく》であった。

 逆に奇襲を受け混乱し、おまけに大将を討ち取られてしまった護《まもる》の兵達は、もはや、持ち堪えることが出来ない。我先に逃走を始めたが、思わぬことに、どれほど逃げても将門は執拗に追って来るのだ。逃走の途上、隆《たかし》と繁《しげる》、扶《たすく》のふたりの弟も、矢を受け落馬したところを将門の郎等に討ち取られてしまった。


 そんな細かな経緯までは、秀郷もまだ知らない。だが露女《つゆめ》は、秀郷も知りたがっていることをずばりと聞いて来たのだ。思わず秀郷は体を捻って上を向いた。間近に露女の顔があった。大きな目でじっと秀郷を見詰めている。燭台の炎に照らされた顔は意外に白く、肌の肌理《きめ》は細かい。およそ美人とされる女の顔の特徴とは縁遠いが、なぜかその時の秀郷には、露女の顔が限りなく美しく見えた。露女の髪の先が肩から滑り落ちて秀郷の頬に掛かったのを機に、秀郷は露女を抱き寄せていた。


 承平《じょうへい》五年(九百三十五年)二月は、未《いま》だ内輪の争いではあるものの、将門の乱が始まった年であり、千方の母・露女が秀郷と政略的にたった一度だけ結ばれ、千方を宿した月である。


 そして、その五年後、天慶三年(九百四十年)の同じ二月に秀郷らが北山の戦いで将門を討つことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。