9-気まぐれめるしー
困った表情で、グリムは笑う。
アレインが、両手を合わせ、うっとりとした顔で見つめていた。
ちょっと……いや、大分、気恥ずかしい。
グリムが今身に纏っているのは、軍服に良く似た黒い服装に、内地赤の黒いマント。
これが、公的な場での魔王の正装らしい。
「ちょっと気障ったらしくないか?」
グリムの質問に対し、アレインは微笑を浮かべ首を横に振る。
「そんなまさか。とても良くお似合いですよ。どうぞご確認下さいませ」
そう言って、アレインはグリムに手鏡を渡そうとする。
すぐ、グリムは顔を反らし拒否した。
「いや、必要ない。……ちょっとな、今自分の顔を見たくないんだ」
「見たくない……ですか?」
「ああ。勇気がなくてな」
その言葉の意味がアレインにはわからなかったが、素直に鏡を隠した。
そうして正装に着替え、向かった先は病室からほんの数十メートル先。
単なる、隣の部屋だった。
病院内であるはずなのに、何故かそこだけ城の内装みたいになっており、中央に堂々と玉座が置かれている。
謁見専用応接室なのだろうか。
ちょっとというか、大分シュールな絵面となっていた。
病院の一部屋が玉座の間。
これ……間抜けに見えないだろうかという意味のわからない心配をしながら、グリムはその玉座に腰を下ろす。
黒い石で作られているが、不思議と冷たくない。
けれど所詮石は石。
座り心地はお世辞にも良いとは言えなかった。
「……三名程順に、お見舞いに来て下さります。……一つだけ、アドバイスを申しますと、貴方様に逆らえるような権力の方はいません。なので――どうぞご用心を」
真剣な緑踏の言葉にグリムは頷く。
右手にアレイン、左手に緑踏を侍らせ、グリムは少しでも偉そうに玉座でふんぞり返った。
出入口の扉の前に、護衛らしき兵士姿の男二人が立った。
人に近いが、どこか爬虫類が混ざったような顔立ちの二人。
またその防具も黒い木製の鎧というかなり特徴的なもの。
その二人が槍を持ち待機状態の中、扉が開かれる。
入って来たのは、十代後半くらいの少女だった。
灰色に近い白の短い髪を靡かせ、活発そうな表情で彼女は深々と頭を垂れる。
そこには、人にあるはずのない獣の耳がぴこぴこと動いていた。
猫っぽい耳と黒い縞の入った長い尻尾を持った彼女。
そんな彼女の四肢はしなやかで長く、同時に白い毛で覆われていた。
「お久しぶりです、魔王様。ごそーけんあられますかぁ?」
態度が魔王に対してのそれではない。
けれど、不思議と不快には感じない。
彼女自身の愛嬌というよりも、顔見知りの態度だからだろうとグリムは思った。
「……悪いが、今の俺に記憶はない。改めて、自己紹介を頼めるか?」
「はぁーい。ミミはぁ、『ミミューリア・トロット』って言ってぇ……魔王様の、お妾さん?」
人差し指を加えながら、見上げるよう小首を傾げる。
あまりにも露骨で、あざとい仕草である。
それが故意とわからない馬鹿はいないだろう。
まあ、故意だとわかったところで意味はなく、グリムにはそれなりに通用していた。
「……まじで?」
満更でもなさそうなグリムにきょとんとした顔を見せた後、ミミはニコニコと微笑んだ。
「……まじで?」
答えてくれそうになかったから、今度は緑踏に尋ねた。
「いえ、まあ……そう、なんでしょうかねぇ」
緑踏は、何故か曖昧な返事だった。
「……まじで?」
三度目は、アレインに尋ねる。
アレインは、静かに首を横に振った。
「というわけで、違うみたいだぞ」
「あら酷い。ミミのこと信じてくれないんですかぁ?」
「信じてないというか、信じるほどの記憶がない。更に言うなら、妾どころか嫁もおらん」
ミミは「ちぇー」と言って、軽く笑う。
それには、駄目元程度の冗談のようなニュアンスが感じられた。
「本当に記憶がないんですねぇ。ミミのことも忘れるなんて……」
「知り合いなのはマジなのか?」
「はい。と言っても、友達未満ですけどね」
「そうか。どっちにしても、すまんな。忘れて」
「いえいえ。けどぉ……どうも本当に大切なことを忘れてるみたいだからぁ……」
くねくねと猫のような仕草をしながら徐々に近づき、ミミはグリムの頬を淫靡に撫でた。
アレインが排除しようとしたのを、グリムは止める。
命の危険を感じない以上、止める必要性を感じなかった。
それが面白かったのか、ミミはくすくすと妖艶な笑みをグリムに向ける。
グリムは全く反応せず、露骨になっていく顔を撫でる手を掴み、下ろした。
「あらぁ。残念」
「それで、忘れている大切なことってなんだ?」
「では、ミミにお耳をお貸しください」
甘ったるい声でそう言って、ミミはグリムに近づく。
唇が触れそうと錯覚するような動きのまま耳元に近づき、そして一言――。
「魔王様一番のお仕事は、お世継ぎを残すことですわよ?」
「……何の話だそれ?」
せっかく耳元で囁いたのに反応を示さない。
それにミミはちょっと不満そうだった。
「以前の貴方様はお世継ぎ残しに全く積極的でなかったんですの。それに多くの方をやきもきしておりましたわ。なのでぇ――これからそういうハニトラ系の方々が大勢いらっしゃいますよ。私以上に露骨なのが」
「……ふむ」
「それに、この件に関してそこの頼もしいお味方のカエル爺は役に立たないですよぉ」
「どうしてだい?」
「その、一番お世継ぎを待望してるのが、彼だもの。私の妾という嘘も否定しなかったでしょう?」
「ああ……確かにな」
グリムの同意を見て、ミミはくすくすと笑った。
魔王は世継ぎを残すのが使命。
けれど、過去の自分はそれを拒絶していた。
もしも、かつての魔王が自分と似た存在だったのなら、拒絶の理由はなんとなく理解できる。
同じ立場なら、自分もきっと同じことをした。
友人は、グリムのことを"潔癖に近いロマンチスト"と称した。
ワンナイトラブなんて、絶対に嫌だ。
別れた後、寂しくなるじゃないか。
それならば、性行為などなくても良いから愛し続けたい。
それはグリムにとって当然の考え方なのだが、世の多くの男性にとっては、そうでもないらしい。
勇者ならば、それでよかっただろう。
潔癖だ高潔だと無駄な修飾語が増えるだけの話だからだ。
だが、為政者である魔王となれば、話は変わって来る。
潔癖なままでは、都合が悪かった。
だから、本来なら味方である緑踏までもが嘘をつき、自分に女をあてがおうとしてくる。
それをミミは今の短期間で、身をもってわかりやすくグリムに伝えた。
「つまり、俺が女に手を出さないのは大勢にとって都合が悪いと」
グリムの言葉にミミは微笑み、頷いた。
「せーかい!」
「……だったらさ、ミミ……と呼んでも良いか?」
「お好きに呼んで下さいませ」
「ありがとう。何故、ミミはそれを俺に教えてくれたんだ?」
「端的に言えばぇ――復讐」
「穏やかじゃないねぇ。それは俺に対してかい?」
「もちろんっ!」
「内容を聞いても?」
「私が妾というのは、あながち嘘ということでもないんですの。ただ――フラれてしまっただけで。だから復讐なんです」
そう言って、ミミは再び魔王を見つめる。
淫靡で、妖艶で、非道徳的な瞳を向けて。
獣特有のしなやさかが混じった少女の足をこすりつけながら。
「別に本気ではなかったんですよ。でも、そんな屈辱的なこと許して良いわけないじゃないですか。ミミがフルのは良いけど、フラれるなんてこと。だからミミは、魔王様を、本当に私の虜にしてやろうって決めたんですの」
「なるほど。謝るのは……止めた方が良いな。余計傷つける」
「賢明ですわ。そういうわけで、他の人に取られないようにと、出し抜くため賄賂代わりに情報を伝えさせて頂きました」
「――なるほど。君はわざと馬鹿っぽい話し方をしているが、相当に頭が良いようだ。君とは駆け引きをしたくない」
記憶喪失の自分に信頼させるため、必要そうな情報を事前にピックアップ。
最初に妾と言ったのは、緑踏のスタンスを自分に見せるため。
最終的に好感度を稼ぎ、目的を示し、どう接すれば良いかまで伝え今後の関係性を強化。
たった数分で、彼女は目論見をすべて達成してみせた。
グリムが想像出来る以上に高い知性と相互理解力を持っている。
それこそ、元の世界で比較できるのはエイメスくらいだろうか。
「お褒めに預かりありがとうございますわ、愛しの魔王様。……ところで、私からも一つ尋ねてもよろしいでしょうか?」
「ああ、何だ?」
「これ……一体なに?」
とうとう我慢しきれなくなったミミは、困惑した様子で目線を下に向ける。
そこでは、グリムがミミの肉球をぷにぷにしていた。
そう――グリムはぷにり続けていた。
最初腕を掴まれてから、シリアスやら妖艶やらな会話をしている時も、ずっと、一切休むことなく。
「……駄目だったか?」
「あははははお願いだから本当にハニトラに負けないでね。なんだかミミ、すっごい不安」
怪訝な表情のまま、ミミはすーっとグリムから離れる。
グリムは寂しそうに手を伸ばすも、諦め手を引いた。
「ぷにぷに……」
ミミはちょっと落ち込むグリムを見てから溜息を吐いた後、深くお辞儀をし部屋の外に出て言った。
以前より格段にハニトラに弱そうなグリムの様子から、緑踏は孫を見るおじいちゃんのようにニッコニコになっていた。
ありがとうございました。




