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ダブルフェイス ―壊れた世界樹と虚構の天蓋―  作者: あらまき


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10-自然の導き


 ミミが帰ってからもしばらくは、温く緩い空気が流れていた。

 例えるなら、猫。


 どこか信用出来なくて、それなのに可愛くて。

 そして何かやらかしてもつい許してしまうような。


 そんな『しょうがないなぁ』と苦笑交じりの笑みで言いたくなるような、優しい空気。


 それからしばらくして、二人目の見舞客が現れる。


 瞬間、部屋の空気が一変した。


 それはグリムにとって馴染みのあるもの。

 ひりつくような殺伐とした空気……それはダンジョンを探索していた時と同じものだった。


 アレインと緑踏、揃って今にも殺しそうな程の敵意をむき出しとしている。

 遠巻きのグリムでさえわかるほど露骨なほどに。


 それなのに、来訪者は気にもせずニコニコと少年のように無邪気な笑みを浮かべていた。


 来訪者は人間がベースではあるが、肌の色は茶色で爪や髪は緑、そして全身から蔦や小枝が生えている。

 植物人間と呼ぶのが適切だろうか。


 男の頭に、ぽんと花が咲く。

 その花をニコニコ顔でグリムに渡そうとしてきて、横からアレインが遮った。


「申し訳ありませんが、この場での贈り物はご遠慮下さい」


「親愛の証なのに……。まあ、しょうがないですね」


 植物の異形がその場で花をぽとりと落とすと、みるみるうちに花はしおれ、枯れて粉になる。

 その後一歩下がり、ぺこりと挨拶に軽く頭を下げた。


 フレンドリーと言えば聞こえは良いだろう。

 だが、それは王に対する態度では決してない。

 ミミの時と異なり、明らかな侮蔑が感じられた。


「お初にお目にかかります親愛なるグリム閣下。私はグロウ家本株より芽吹きし第一の枝『ネガ・グロウ』にてございます。以後、お見知りおきを」


 少々独特な言い回りで飲み込みまで時間がかかったが、おそらくグロウ家という貴族の長男ということ……なのだろう。


 それが正しいか尋ねたいが、緑踏とアレイン揃って殺気だっているこの状況ではとても聞けそうになかった。


「うむ。それで、要件は?」


「閣下は【自然教】をお覚えでしょうか?」


 質問に質問だけで返すだけでなく、態度や仕草、すべてがグリムを軽視している。 

 あまりに露骨過ぎてグリムはつい笑ってしまいそうになった。


「……いや、何も」


 グリムが答えると、緑踏が憤慨した様子で何かを口にしようとする。


 それを遮り、ネガは高らかに謳うよう、言葉を紡ぎだした。


「それはそれは! このまま閣下が無知なだけでは人前でお恥をかくこととなってしまいます。ですので、僭越ながら、この私がご説明申し上げさせていただきましょう! 自然教とは、美しき大自然と共にあることを望む優しき教えにてございます!」


 一息に、吟遊詩人が謳うように。

 そう感じるくらい、ネガは語る自分に酔っていた。


「ふむ……。それは、君たち植物こそが正統であるという教義かね?」


 その言葉に、ネガは微笑む。

 限りなく、嘲笑に近い笑みだった。


「いいえまさか――。そんな浅はかではございませんよ。植物だって動物だって、変わらず自然の一部です。そこに上下の差などあろうはずがないじゃないですか!」


 自然教の自然とは『自然界(ネイチャー)』ではなく『あるがまま(ナチュラル)』の方を示す。


 植物だから、動物だからなんて薄っぺらい観点ではない。

 この世界はすべて自然的なものであり、それを貴ぶこと。

 それだけが唯一の正しき在り方、自然の秩序。


 肉食獣に狩りをするなと言っているわけではない。

 むしろ狩りをすることこそが彼らの自然であり、第三者が意味もなくそれを妨げることの方が許されざる悪徳である。


 あるがままを摂理とし、自然と共に自然に生きようというもの。

 それが自然教の摂理――。


 そう、ネガは謳いあげた。

 どこまで見下すように。


「今日のところは、そのような宗教があるとだけ認知して下されば十分です。また今度、閣下が私の言葉をきちんと呑み込めた時、もう少し深いお話をしましょうか。その時が来れば……の話ですがね」


 ネガはそう言い残し、軽やかな足取りで部屋を後にした。


 別に王様気取りをしたいわけじゃないから、態度そのものはまあ良い。

 けど、どこか妙に気に障る不快さだけが後に残り続ける。


 露骨過ぎて、グリムはちょっとネガのことが好きになりかけていた。

 あまりにも、裏表がなさすぎる。


 たぶん、こいつと一緒に酒を飲んだらとても楽しい。

 そう思わずにはいられなかった。


「さてと……どっちでも良いから説明してくれ。何かあるんだろ? あいつ……というか、自然教には」


「お分かりですか……」


 緑踏のいかにもな態度にグリムは苦笑した。


「お分かりもなにも、バリバリ殺気出してただろ」


「殺気というよりも、警戒ですな。そこの兵士は役に立ちませんので」


「流石にそれは彼らに失礼じゃないか?」


「いえ、彼らは兵士ではなく、兵士の恰好をしているだけの看護師ですので」


「……はい?」


 グリムは入口を守護する二人に目を向ける。

 二人は申し訳なさそうな笑みで、ぺこりと頭を下げた。


「つまり……案山子?」


 その言葉には緑踏だけでなく、当人たちさえ頷いた。


「それで、魔王様は自然教についてどう思われました?」


「別にどうも」


 グリムは適当に言葉を濁した。


 正しくその真意を口にするなら、『気に食わない』となる。

 けれどこれは自然教に対してではない。

 なんならネガのことはお気に入りに近いくらいだ。


 単純に、グリムは宗教そのものを嫌悪していた。


「そう、ですか。感化されなかったのなら良しとしましょう」


 安堵の息を吐き、緑踏はそう口にした。


「んで、結局自然教ってのは何さ?」


「端的に言えば、過激派テロリストですな。あるがままを受け入れ、今を愛せないなら死ねと」


「うわめんどくせ」


「そして彼らの教義には我々とは絶対相容れない部分が一つございまして……」


「それは?」


「世界樹の運用です。彼らにとっては世界樹とはご神体に等しく、そしてそれに手を加えることは禁忌なようで」


「――ふむ。だから俺に接触してきたのか」


 緑踏は頷いた。

 で、あるならば、二人の殺気も理解出来る。


 自然教にとって世界樹を操る魔王という存在は巨悪そのもの

 彼らの警戒は、暗殺に対してであった。


「んじゃ、どうして滅ぼさないんだ?」


「端的に言えば……法の問題ですな。テロの実行犯は処刑しておりますが、所詮はトカゲの尻尾。奴らを潰すために我々が法を犯したら、奴らに正統性という隙を与えてしまいます」


「良くわからんが、面倒な話なんだな」


「はい、とても面倒な話です」


「……本当にどうしようもないと思ったら、私にお頼み下さいませ」


 アレインは、静かな声でそう口にした。


「頼むってのは?」


「もしも魔王様の悩みの種えだるのなら、私の独断専行という形で自然教を滅ぼし、その返し刀で己が命を絶ちましょう」


 グリムはノータイムで、アレインのおでこにぺしっとチョップを叩き込んだ。




「次が、最後でございます」


 緑踏の言葉の後、扉が開かれる。

 そこから入って来たのは、小さな子供だった。


 八歳から十歳というくらいの年齢で、どこか利発そうな顔立ちをしている。

 魔物らしい特徴はほとんど見えず、外見だけなら人にしか見えない。


 そんな子供はとことこと歩き、ぺこりと頭を下げてから、メモを取り出す。

 そして、元気いっぱいに読み上げた。


「僕は、魔王様のちゃくしです!」


 場が、一気に凍り付いた。


 静まり返る中、少年は気を付けの姿勢でぴしっと直立不動を維持していた。


「……まじ?」


 グリムは冷や汗を流しながら、静かに呟く。


 記憶がないからこそ、否定できない。

 それが、とても恐ろしかった。


 それに、言われてみれば何となく自分に似ているような気もしてきて――。


「少なくとも、そういう相手がおられるようには見えませんでしたよ?」


 苦笑しながら、アレインはそう呟いた。


「本当?」


「は、はい。私の知る限りは。そして、私は奴隷として常に主の傍に居ましたので、女性関係はおおむね把握しているかと」


「……仲の良い子とかいた?」


「どのくらい親しいでしょうか?」


「友達以上恋人未満とか。もしくはそれ以上」


「一人もおられません。社交界の友人はいらっしゃいましたが」


「……なんで?」


「さ、さて、どうしてでしょうかね」


 目を反らし、アレインは言葉を濁す。


 大分遠回しに、お前モテないぞと言われたような気がした。


「ああ、面倒なことをしおって……どうせ魔王様が記憶喪失だと思って好き放題……」


 よほど辛いのか、ただでさえしわくちゃなカエル顔の皺が、より酷いこととなっていた。


「そんなに面倒なのか?」


「ええ、ええ、とても。どうせいつもの詐欺だとわかっているのに、言われた以上確認を取らねばなりません。それに、法律通りに動くわけにもいきませんので特別措置も必要に。書類が百や二百では済まなくて……はぁ……」


「どうして法律通りじゃ駄目なのですか?」


 緑踏はグリムの耳元で近づき、彼にだけ聞こえるよう囁いた。


「魔王様の身内を騙る者は死罪となりますが、その方が好ましいですか?」


 グリムは少年の顔を見て、即座に首を横に振る。

 どう考えても、この子はただ誰かに利用されただけ。

 それを処刑するなんて後味が悪すぎる。


 緑踏もそれを見て、静かに頷いた。


「……とりあえず少年よ。君が本当にそうか確認を取るから、しばらくはこの病棟に暮らしなさい。ご家族の元に戻ることも禁止だ。わかるね?」


「はいわかります!」


 びしっと背筋を伸ばし、少年は答えた。


「うむ。では、魔王様。今日の見舞い客はこれで終わりとなります。病室の方にお戻り下さい」


 そう言ってから、緑踏は少年を連れ先に部屋を出て言った。


「さあ魔王様。戻りましょうか」


 玉座に座ったままのグリムにアレインは声をかける。

 グリムは、遠くを見つめながら小さく呟いた。


「事前にわかっていたことだが……本当に、誰一人見舞い目的じゃなかったな……」


「通常のお見舞いは断っておりますので」


「だよなぁ。……本当に面倒な話ばかりだったよ」


「言いづらいことですが、正式にお見舞いが解禁されたらこの比では……」


「……魔王って、面倒だな」


「以前の貴方も良くおっしゃっておりましたよ」


 その一言に、グリムはなんとなくうっすらとこの身体に親近感を持った。


ありがとうございました。

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