11-未知なるサバトに夢を求めて
これは嫌がらせか、それとも極めて高度な処刑なのか。
もしくは、きっと邪悪なサバトの犠牲者か。
グリムは今、この地中世界にて最大最悪の危機に陥っていた。
頭痛はない。
けれど、身の危険はビンビンである。
アレイン、緑踏と共に大きなテーブルに着席する自分の前に用意された、木製の器。
その器に――名状しがたき物体がが激しく自己主張していた。
どうやっても、グリムの生きて来た知識ではこれを表現する言葉が見当たらない。
それでも無理やり言語化するならば……『黒いヘドロゼリー』となるだろうか。
とは言え、本当にヘドロゼリー程度ならグリムはこんなに怯えない。
野蛮な冒険者上がりで、カビたパンさえ主食にした時代のあるグリムが、今更ヘドロ程度で怯むはずがなかった。
その悍ましくも暗い物体は、蠢いていた。
見る者の正気を削るような異質な気配を発しながら、マーブル模様の闇ゼリーはこぽりと音を立てる。
震えるたびに粘液のような重たい気泡が弾け、ふわりと磯臭い香りをばらまいた。
それが妙に香ばしくて、逆に怖い。
「えっと……その……これは……何?」
目の前に置かれた木製の粗雑なスプーンを、脳が拒絶している。
これが食べ物だということを受け入れてなく、これから食べるという現実も見えない。
完全に、逃避行動をおこしていた。
「ああ……記憶が……おいたわしや……おいたわしや……」
涙ながらに緑踏は同情するが、正直記憶云々の話ではない。
純粋に、悍ましい。
「この……これ? は、なんで俺の前だけにあるんだ?」
「『ばじゆらきゅわい』がどうかなさいましたか?」
きょとんとアレインは首を傾げた。
「ばじ……何?」
「ばじゆらきゅわい。ツァオンディシスを原料とした最高級の病院食です。正直ちょっと羨ましいですねぇ。私もあまり食べた記憶がなくて……」
照れ笑いを浮かべながら告げるアレインは、本当に羨ましいのかその黒い物体をあまり目に入れないようにしている。
羨ましいなら変わってほしい。
けれど、とてもではないがそう言える雰囲気ではなかった。
しばらく現実逃避するも二人の視線に根負けし、グリムはようやくスプーンの存在を受け入れる。
木製の、まるで子供が作ったような雑なスプーンを手に取り、そっと黒い物体に突き刺した。
――これ、突っ込んだら止めるんじゃね?
そう心配するも残念ながらスプーンは無事に問題なく掬え、小さな煮凝りのような塊がスプーンの上にぷるぷると踊る。
というか本当に震えている。
グリムの手ではなく、その物体そのものが。
ブラックスライムの恐怖がさっきから脳裏に過り続けていた。
小さく深呼吸をして、意を決する。
どうせ一度死んだ命だ。
そう自分を奮い立たせ、捨て身の覚悟でスプーンを口に――。
しゅわっとした微炭酸と、ミントにも似た爽快感が突き抜けるように広がった。
「ふぁっ?」
驚きの後に、柔らかくも優しい甘さがじわりと口に残る。
気づけば、口の中にない。
完全なる無意識で、飲み込んでいた。
「うっそだろ……」
漏れた言葉は、これだけ。
外見とは裏腹に繊細過ぎる味わいに自然と手が進む。
ボウルいっぱいとそこそこの量があったにも関わらず、気づけば一瞬で消えていた。
正直、最後までこれが何かは理解出来なかった。
味から何となくミントゼリー類だろうとは思う。
だが、その程度の理解がグリムの限界。
何か強い味があるわけではなく、香りも海産物っぽいというだけ。
頭の理解では、決して美味しいわけではない。
なのに、何故こんな身体が求めるのか。
皿の中身が消えたことで悲しい気持ちになったのは、本当に久しぶりだった。
アレインはくすくすと微笑ましい目を向けていることに気づき、グリムは軽い羞恥を覚え、誤魔化すよう頭を掻いた。
「さて、夕食はどうなさいますか? 病み上がりですので無理に食す必要はございませんが……」
緑踏の言葉に「ぐー」と、グリムの胃が間抜けな返事を披露した。
さっきのアレを食べたからだろうか。
妙に身体が空腹を求めていた。
「あー……酒は出るかい?」
誤魔化し半分、本音半分のグリムの言葉にアレインはジト目を向ける。
緑踏は「軽い物を一杯だけ……なら、許可を出しましょうか」とだけ告げ、好々爺のような妙に良い笑みを浮かべた。
しばらくして、出て来た食事は相変わらずの酷い外見だった。
ぬめりとした粘液塗れの黒い肉、ドギツイ警戒色な紫の野菜、泥マーブルのスープ。
けれど、もう拒絶反応はない。
外見だけなら先の名前が覚えられないアレが最悪だったのだから。
とはいえ、期待し過ぎないようにしよう。
アレは高級かつ限定のメニューだったからそうだっただけで、他のは案外普通だろう。
そう思って口に含むグリムは……見事に期待を裏切られる。
肉はしっかりとした塩みがありジューシー。
野菜はしゃっきりとして瑞々しく、スープはほのかに甘く、旨味は強く。
外見は普通の赤ワインさえも、地上で飲んだ高級ワインが泥のように思えてくるほど。
自分の稼ぎで初めて食べたステーキなんて思い出補正のかかった料理でさえ、スープの一口に劣る。
自分がこれまで食べて来た物が食事ではなかったと、グリムは思い知らされた。
手が止められない。
当たり前のようにおかわりをし、二人前、三人前を食べている。
吸い込むように食事をしながら、グリムは恐怖した。
もし……もし仮にだが、再び生死をくり返しあちらに戻ることがあったとしよう。
その時この味を覚えていたら、きっととんでもなく苦しむことになる。
それがわかっているのに、グリムはその手を止めることが出来なかった。
ありがとうございました。




