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ダブルフェイス ―壊れた世界樹と虚構の天蓋―  作者: あらまき


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7-違う世界、同じ流れ


 部屋の明度は暗いのに、おかしなくらい周囲がはっきりと目視出来た。

 まるで暗視の魔法をかけられたように。


 黒い天井と壁には独特な半光沢が宿っている。

 木材でないのは確かだが、レンガや金属にもまた違う素材みたいだ。

 質感で一番近いのは、クワガタの外骨格だろうか。


 ベッド枠の木材さえ、まるで見覚えがない。

 色は深い深いこげ茶色で、不思議とほのかに温かい。

 限りなく黒に近いのだが、周りはもっと黒いため相対的に黒でない風に見える。


 あれも黒、これも黒、それも黒。

 白がどこにもなく、深く淀(よど)んだ色ばかり。

 まるで深い闇のような、モノクロームの世界。


 カーテンも、タンスも、花瓶も。

 何もかもが、黒を基準としている。


 その黒の中で、銀が浮かんでいた。

 美しい、銀の髪が。


 ちらりと、グリムはアレインに目を向ける。

 目に涙を溜めながら、安堵の表情を浮かべる彼女の態度は、グリムの知るアレインに良く似ていた。


 けど――違う。

 銀色の髪とか、角があるとか、そういう外見的な変化ではなく、内面が。


「――飛びついてこなかったしな」

 こちらのアレインは落ち着いているというか、大人しいというような、そんな様子に感じた。


 ぽつりとしたグリムの呟きに、アレインはきょとんとした顔を見せた。


「魔王様、何かおっしゃいましたか?」


「いや、何でもないよ」


 そう答えると、アレインは微笑を浮かべて軽く頭を下げ、カーテンを開ける。


 何も考えずグリムは誘導されるよう窓の先を見て――息を飲み、目を見開いた。


 例えるなら……足場が崩れるような、そんな錯覚だろうか。

 ただでさえ状況が理解出来ないのに、ここに来てグリムの常識は完全に破壊される。


 動悸がして、貧血のように気分が悪くなった。


「魔王様!?」

 青ざめ今にも倒れそうなグリムを見て、慌ててアレインは傍に寄り、グリムを支える。


 その手はとても優しくて、だけど同時に、遠慮が多く見えて。

 だからやっぱり自分の知るアレインじゃないんだと、グリムは気づかされて――。


「何でもない……。大丈夫だから」


 グリムはそっとアレインを身体から引き離す。


 そして一呼吸してから意を決し、再び窓の外に目を向けた。


 あれだけ苦しめられた、銀幕の姿は見えない。

 いや、銀幕以上に大切な物が――『空』そのものが、そこにはなかった。


 茶色い穴倉のように、うす暗い土で埋まり尽くしている。

 世界そのものが、地下に埋まっている。


 それも、まるで"巣穴"のようで――。


 ゾクリとした恐怖が、背を走る。


 昏い、押し込まれた巣穴のような世界。

 地上から離れた、深くに潜った先の先。

 勇者という役職に反する、魔王という称号。


 したくもない嫌な想像を、グリムは止めることが出来なかった。




 死の先にある奇怪な世界。

 違和感と異質さに囲まれ、混乱するグリムは必死に冷静さを取り戻そうとする。


 急ぎ、状況を整理しなければ。


 その思った直後、ギィ……と木の軋む音が聞こえた。

 部屋唯一の入口であるドアが開かれ、ぺた……ぺた……という足音が響く。

 ドアからの来訪者、その姿を見て――グリムは、身体を強張らせた。


 身長は一メートルくらいで、全身緑色。

 身体中の皮はたるみ、顔はぬるぬるしてどこかカエルのよう。


 それは、どこからどう見ても化物だった。


 そんなカエル男は、グリムをじっと見つめた後……ぶわっと滝のような涙を流した。


「良く……よくぞっ! よくぞお戻りになられました! この『緑踏(ロクトウ)』! 一日千秋の想いにてこの時を待ちわびておりましたぞ!」


 老人のようなしゃがれた声で、そのカエルは感涙の涙にむせび泣きだした。


 ちらりと、アレインの方を覗き見る。

 微笑を浮かべ、うんうんと繰り返し頷いていた。


 この外見でも、特に変なことはないらしい。


 もう、何が自然で何が不自然なのかさえ判別がつかなかった。

 一体何を尋ねれば……。


 そう思っていると、緑踏と名乗ったそれが再び口を開いた。


「もう駄目かと何度も思いましたが、流石は『エリクシール』。貴重な秘宝でしたが、惜しくはないですな。魔王様の命とは比べようがありませんので」


 そう言って、異形はほっほっと笑う。


 "エリクシール"という名に、グリムは一瞬眉を顰める。


 そんな名前の秘薬聞いたことすらない。

 "エリクサー"ならば知ってるいるが、それだって単なる回復薬である。


「ですが、負傷を考えれば後遺症が残ってい可能性が高く――。魔王様。単刀直入に尋ねます。どこまで、覚えていらっしゃいますか?」


 ――どうして地上と同じ流れになるんだ?


 展開に、状況に、気持ち悪さを感じる。

 けれど……その質問は、グリムにとって大分都合が良いものなのも確かだ。


「悪いが、何もかもさっぱりだ。記憶喪失ってやつか? ここがどこで、あんたが誰なのかさえ俺にはわからん」


 当然のように、嘘を付いた。

 グリムは、彼らに"別の記憶"について伝えるつもりはない。

 それ以前に……もしもグリムの最悪の予想が当たっていれば……この記憶は、持っていると知られるだけでも相当不味い。


「な、なんと……。他ならともかく、この元お世話係である爺のことさえ忘れるなんて……おいたわしや、おいたわしや……」


 さめざめと泣く異形だが、アレインはその様子を苦笑いしている。

 妙に自己顕示欲が妙に強い気がしたが、気にしない方が良いだろう。


 それより……。


「これも正しいのかわからないんだが、そっちの彼女は、アレインで良いか? そんで、俺は彼女を庇って怪我したと思うんだけど、これも合ってる?」


 グリムがアレインに尋ねると、アレインは俯きながら小さく頷いた。


「あっております。その通りです。だからこそ、どうかあのようなことはもう二度とおやめくださいませ。"奴隷"を庇うなどと、本末転倒でございます!」


 そう、強くアレインは主張する。

 絶対に受け入れられないという態度で。

 けれど、グリムには別の部分が気になってしょうがなかった。


「……えっ。ど、奴隷!?」


 当然だが、あっちの世界でアレインとの関係はそんなものじゃない。


 最初の友達で、無二の戦友。

 あいつが誰かと結婚したら親友席で泣きながらスピーチする程度には深い関係だと思っている。


 だからこそ、奴隷というのはグリムの価値観から到底納得できるものではなかった。


「はい。奴隷ですが……どうかしましたか?」


「いや……奴隷なんて、俺がそんな酷いことをしてたなんて……」


 その言葉を聞いてアレインは目を丸くして驚き、瞳に涙を滲ませた。


「わ、私に何か至らない部分がございました!?」


「ふあっ!? いや、そんなのはない。だが、アレインを奴隷にするなんて……」


「ど、どうしてそんな酷いことをおっしゃるのですか!? 私に落ち度があるなら言ってくださいませ! 死んでも直して見せます。だから、だからそんなことを……」


 ぽたりと、耐え切れず涙が零れる。

 そのまま涙が止まることはなく、さめざめと泣きだした。


 ズキリと、胸が痛む。

 自分の知る彼女ではないとしても、やはり同じ顔だからか。


 彼女を自分が悲しませたという事実は、死にたくなるほどに辛かった。


「ふむ……」


 緑踏はおろおろするグリムと悲しむアレインを見比べ、口を開いた。


「奴隷。契約に基づき主に従う存在。敬愛すべき主にすべてを捧げた者。社会的地位を返納し、主の保護下に入る。養子制度のようなものですな」


「……ん?」


 アレインを宥めながら緑踏の言葉を聞き流していると、ふと気になってグリムは首を傾げた。


「緑踏……で良かったか?」


「ええ。そうですじゃが?」


「悪いが、奴隷のその契約についてもう少し詳しく教えてくれないか?」


 我が意を得たりと緑踏はにっこりと笑った。


「ええ、ええ、無論、構いませぬよ。奴隷契約とは、隷属側がすべてを捧げたいと申し出、受けいれられることで成立する制度でございます」


「金銭のやり取りなんかは? 奴隷商人とか」


「そんなものはありませんとも。他人に強制された契約に価値など……ははっ」


 緑踏は鼻で笑ってみせた。


「じゃあ、奴隷が主人に酷い目に遭わされるとかは?」


「その辺りはケースバイケースとしか。とはいえ、誰が好き好んで自分の大切な道具を痛めつけますか?」


「……ふむ」


「そもそもですが、我々からすればむしろ逆なのですよ」


「逆っていうと?」


「何故魔王様が奴隷にネガティブな感情を覚えたのか、それがわかりません」


 一瞬、グリムは返答に困る。

 元の世界では禁止されていたから、というのは答えじゃない。

 なら、その嫌悪感は……。


「単純に、奴隷って使い潰される存在じゃね?」


 二人は、揃って首を横に振った。


「そもそも、魔王様に使いつぶされるなら本望なのですが?」


 アレインは真顔でそう断言する。

 純粋に、曇りなく、さも当然かのように。


 対し緑踏はアレインに怪訝な表情を見せている。


 ありがたいことに、流石にアレインの意見はこの世界でも一般的なものではないようだ。


「……もしかして、王に対する騎士とか、そういう感じ? いや、執事?」


「同じくらい深い敬愛を示す関係性の代物ではありますな」


 そう、緑踏は説明を付け足した。


「そうか。なら、アレインが嫌じゃなければ……まあ、うん。これからもよろしく」


 アレインはちょっと拗ねた表情で、けれど自慢げに胸を張る。

 そこでようやく、彼女が自慢しているのが自分の首輪であると理解出来た。

 灰色の光沢ある革の首輪は、奴隷の証明というより豪華なチョーカーのようでどこかお洒落だった。


ありがとうございました。

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