6-死して、巡る
彼らとて、決して油断していたわけではない。
ダンジョン内で油断するような愚か者に勇者と同行する名誉は与えられない。
ダンジョンとは、いつだって想像をはるかに超えてくる。
比喩ではなく本当の意味で、何が起きてもおかしくはない。
だから常に最悪のその先を想定し、いつだって最大限警戒しながら進んむ。
それでも……彼らはそれに気づけなかった。
その、悪意の罠に。
矢は、音もなく放たれた。
魔力感知による、一切発動音のない遠隔トラップ。
ご丁寧に暗い色の迷彩が施された、緑色の矢じりを持つ矢。
それはアレイン目掛けて一直線に飛来し――。
ぱしっ。
乾いた音と同時に、彼らは矢を掴むグリムの姿を見る。
矢が飛んできたことすら認識できていなかった三人は、その光景を前に、ただ呆然と立ち尽くした。
彼らは状況を理解するまでに、数秒の時間を要した。
「グ、グリム様!? あ、ありがとうございます」
戸惑いながらも、救われたという事実を理解しアレインは慌ててお礼を口にする。
「いや、構わん」
ぶっきらぼうに言い放ち、グリムは矢を捨て再び先頭に立つ。
その表情はどこか険しいものとなっていた。
本来、グリムの性格はもっと柔らかい。
庶民的過ぎて多少粗野なところはあるものの、気さくで人当たりも良い。
少なくとも、仲間相手にこんな態度を取るような人ではないことはこの場の誰もが理解している。
そう、彼らがグリムに抱く信頼は、記憶喪失程度で消えるような弱い物ではなかった。
きっと久しぶりのダンジョンに緊張しているのだろう。
そう、三人は考える。
だから、その険しさの裏にあるものに、気づけなかった――。
想定していた以上に、サクサクと攻略は進んでいく。
最悪の場合一週間ほどダンジョン何に籠ることになると思ったが、そうはならなさそうだ。
いや、このペースなら当初の予定である守護者撃破と、数階層分の間引きを含めて一日以内にクリア出来るかもしれない。
そんな温い空気がパーティー間に流れている最中、グリムは一人表情を殺し続ける。
さっきからずっと、悲鳴を上げたいほど頭が痛かった。
最初は病み上がりで体調不良なのかとも思ったが、そんな程度の痛みではない。
頭をハンマーで何度も叩かれているかのような痛みだ。
それに……頭痛だけでなく、明らかにおかしなことが起きている。
ズキリと鈍い痛みが走る。
その痛みの中には、別の痛みが混じっていた。
それと同時に、どこか好ましくない感覚……言葉にし辛い不快感に苛まれる。
そして痛みに呼応するよう――グリムは敵の気配を察知した。
視界に映らない程遠くの敵目掛け、グリムは指輪から槍を取り出し投擲する。
「ぐげっ!」
存在が確信に変わったのは、確かな手応えと、短い悲鳴によってだった。
「……お前……なんでわかったんだ? 気配なんてなかっただろ?」
倒れた隠密特化ゴブリンを見ながら、アラドは怪訝な表情で尋ねる。
グリムは静かに首を振った。
「俺にもわからん。ただ、なんとなくな……」
アラドに直接問われてから、グリムは自分を蝕む不快感の正体に気が付いた。
小さな、けれど連続して起きる不快感と、それに伴う敵や罠の感知。
いや、それは直接の感知ではない。
グリムは――"識って"いた。
【既知感】
ダンジョンの構造は半年という間に何度か大規模変動を起こし、完全に別物。
罠の場所どころか敵の種類さえ異なっている。
だというのに、何故かグリムにはそれらがわかっていた。
顔を顰め、気持ち悪さと痛みに耐えながら、グリムは進む。
地上のことを考えたら、相談どころか立ち止まる暇さえなかった。
飛び掛かってくるコウモリにグリムは顔も向けず足さえ止めず一撃で切り伏せる。
その様子がまるで関わるなと言っているようで、アレインは声をかけられない。
そんなこと気にもせず、アラドはグリムの背をバンバン叩き「やるねぇ」とにやけ面で称賛を送った。
一時間程して今までよりも広い大部屋にたどり着き、四人は緊張で顔を強張らせた。
必ずそうと決まったわけではない。
けれど、こういう罠のない大部屋のような、これまでと異なる状況となった時は、その可能性が非常に高くなる。
『守護者』
警戒をこれまでの何倍も強くし、身を寄せ合い武器を構え数秒かけて一歩という牛歩のような速度で進んでいく。
一歩進み、待機。
一歩進み、待機。
それをくり返し……何かの気配を察知して、全員が同時に足を止めた。
部屋の奥から、何かが現れる。
それは、随分と小柄な体躯の小鬼だった。
外見だけなら、ゴブリンに近いだろう。
通常、守護者は巨体でかつタフな敵が多いため、グリムは肩透かしを受けた気分となる。
だがそんな温く呆けた考えを持てたのは、刹那にも満たない一瞬のみ。
体躯と、感じる圧がまるで一致していない。
これから巨人やトロールの方がまだマシだった。
衣服をまとい、大きな双剣を携えたその姿は見るだけで身体がすくみ上る。
小鬼などという呼び方では到底足りず、剣鬼と呼ぶ方がよほど相応しかろうに。
漆黒の身体とそこに浮かぶ赤い双眸。
肌を刺すようなプレッシャーを、剣鬼は放っていた。
こちらは四人であるというのに、隠れて奇襲を仕掛けることもなく、正面から現れ、威風堂々と相対する。
それを見て、油断など出来るはずもなかった。
「グリム、どう動く?」
顔を強張らせながら、アラドはグリムに尋ねる。
だが、グリムは何の言葉も発せずにいた。
「おい。どうした? 体調が悪いのか?」
心配そうな表情でアラドはグリムの肩を軽く叩く。
実際、最悪だった。
今まで続いていた頭痛が、ここに来て更に増した。
もう口を開くことさえ出来ない。
それに、頭痛だけじゃない。
目覚めてからずっと感じていた、世界には自分しかいないと思うような孤独感が急速に強くなっていく。
痛みではなく、寂しさで身体が、震えあがりそうだった。
直後、これまでの比ではない頭痛がグリムを襲う。
頭に矢で貫かれたような鋭い痛みは、眩暈と吐き気を呼び寄せる。
それをトリガーに、グリムは剣を構えた。
その、既知感に従って。
何故かわからない。
けれど、相変わらずデジャヴによって、剣鬼の動きがグリムには見えていた。
激しく、鋭い刃が襲い掛かる。
その斬撃は、グリムが知る誰よりも鋭く、早く、巧い。
事前に識らなかったら、きっと構えることさえ出来ずに切り伏せられていただろう。
見えている軌跡に剣を添わせ、グリムは攻撃を受け流す。
受け流した――はずだった。
動きは見えている。
剣鬼は既知感通りの動きしかしていない。
すべて既知感通り。
それなのに……剣戟が響き、グリムの手から剣が弾かれる。
――不味い。
急ぎ指輪で盾を出そうとしたその時には……既に剣鬼の返し刃がグリムの身体を貫いていた。
ぐらりと身体が崩れ、地面に倒れ込む。
痛みさえ感じない。
それは無傷だからではなく、痛みを感じる余裕すらこの身体には残されていなかった。
身体から、急速に熱が消えていくのを感じる。
ここに来てようやく、ずっと感じていた痛みの正体にグリムは気づいた。
――死だ。
死の恐怖が、痛みという形となっていた。
自分はあと数秒で死ぬ。
そう確信した瞬間、グリムの脳裏に、奇妙な言葉が浮かぶ。
――次こそは……。
その願いは自分の物。
けれど、その言葉に自分自身で違和感を覚える。
次?
次って、いったいなんだ?
そもそも、何故か自分は今、足掻こうともせず死ぬことを確信している?
チンピラ崩れのなんちゃって勇者の癖に、高潔な殉職者のつもりか?
グリムという男ならば、"死にたくない"とか、"生きてやる"とでも願い醜く足掻くだろう。
なのに、これはもう死ぬと勝手に諦めて、その上で次があると確信してしまっている。
なんだこれは。
それではまるで……自分が死というものを経験しているようではないか。
――なんで、俺は死を“識って”いるんだ……? それに、"次"って……いったい……。
何か、とても大切なことにグリムは気づきかける。
けれどそれ以上考えることはできず、 グリムの意識はそこで途切れ、深い闇の中へと堕ちていった。
目覚めた時、グリムが最初に見たのは、見覚えのない天井だった。
ただ知らないというだけではない。
明らかに、内装が異常だった。
部屋内の明度が、異常な程に暗い。
まるで夜のようであるが、それだけではない。
壁や天井から調度品まで、部屋のありとあらゆる物が黒に染まっていた。
黒、黒、黒。
まるで深いモノクロームの世界のよう。
木材でさえない不思議な材質の、黒の天井。
ベッドのシーツは黒に限りなく近いグレー。
色だけでなく、素材もどこかおかしい。
毛布の肌触りが、妙に柔らかく心地よいのに若干チクチクとした不快さが混じっている。
こんな素材、本当に見たことがない。
わけがわからないとふらつきながらも身体を起こすと、前の時と同じように、そこに彼女――アレインが立っていた。
彼女は前の時と同じよう、花瓶の水を変えている。
その花さえ、見たこともない毒々しい外見をしていた。
そう――そこに居るのは、間違いなくアレインだ。
不思議と、そう確信していた。
彼女の髪の色が優しい金ではなく、燻った銀なのに――。
うす暗い中に煌めく、まっすぐ伸ばした銀色のストレート。
それと、左おでこ辺りに見える、小さな"角"。
まるで、魔物のような特徴。
それでも、彼女の顔立ちや仕草は、紛れもなくアレイン・クローバーハートそのものだった。
彼女は起き上がったグリムを見てから目を丸くし、しばらくの沈黙の末に涙を零した。
「良かった……。"魔王様"が無事に目覚めて下さって、本当に良かった……」
彼女は確かに……グリムに対しそう言った。
ありがとうございました。
ここで区切りで言えば一章となるでしょうか。
ここまで楽しんでいただけましたなら、ブクマ評価の程、なにとぞお願いします。
ではお手に取って下さり本当にありがとうございました。
そしてこれからも続きを、退屈を感じず読んで下さること、心より願っております。
では、あとがきまで読んで下さりありがとうございました。
あなたの時間に僅かでも楽しさを提供できたでしょうか?
そうであれば、これほど喜ばしいことはございません。




