5-武器換装式
降格機から離れ、大体一分ほど進んだあたり。
ダンジョンアタックを初めてすぐ、突然グリムのこめかみに小さな痛みが走る。
耐えられない程じゃない。
けれど、気圧の変化や緊張ではありえない、明確な異常の痛み。
グリムは表情に出ないよう、静かに誤魔化す。
アレインに心配をさせたくなかった。
痛みの所為か、自然と顔が左に向く。
……違和感が、そこにあった。
通路脇に見える壁の壁。
特に何もない空白の闇なのだが……。
どうしておかしいと思うのか、少し考えたらすぐ理解出来た。
ランタンという淡い明かりしかないのに、ありえないほどに影は深い。
そもそも、ランタンの光を受けて影がこちら側伸びているという時点でおかしかった。
「止まれ! 敵だ!」
グリムの叫びにあわせ、皆一斉に同じ方角に目を向ける。
闇が、うにょんと光沢ある球体に変わった。
『ブラックスライム』
三十階層付近に現れる魔物の中でも特に高い凶暴性を持ち、同時にスライム特有の異常な耐性と再生力を持つ、非常に危険な魔物である。
しかも、ブラックスライムだけが持つ特別厄介な特性があった。
こいつは他のスライムと比べ、あまりにも底意地が悪い。
下手に勝てないと悟るやいやな"口を塞いでの窒息"や"内臓に入り込みじわじわ焼き殺す"というような害悪戦法にシフトしてくる。
スライムに意思はないとされているが、本当にそうなのか正直疑問を持たざるを得ない。
「初戦からめんどくせぇな」
うんざりしながらグリムは呟き、武器を取り出そうとして――ディートが、そっと前に出た。
「時間が惜しいので、ここは僕に」
ディートは金属製の棍棒を構え、詠唱を始める。
「座標軸、固定。在りし日の焔をいまここに――ブラストファイア!」
それは力ある言葉。
大気を揺らし、ザザッと、ノイズのようなものが世界に走った。
黒スライムの身体に、巨大な爆炎が生じる。
ジュっと、蒸発するような音が鳴り、黒スライムはぐにゃぐにゃとその場で苦しむよう悶え続ける。
通常、水を主体とするスライム種に炎系の攻撃は通りが悪い。
けれど、外見以上に魔力が籠っているのだろう。
属性相性なんて細かいこと気にしないとばかりに炎はスライムを襲い続けている。
むしろ炎による束縛で行動不能に追い詰め、ジリジリと削っていた。
そしてそのサイズが半分くらいになった瞬間、パンと破裂するような音と共にスライムは弾け、ダンジョンを黒に染めた。
「えげつねぇ。でも、良いなぁ……魔法」
グリムは半分冗談の嘆きをぽつりと呟く。
世界中誰でも、それこそただの子供だって水くらいなら魔法で出せるというのに、グリムだけは一切魔法が使えなかった。
おそらく、勇者として異常なまでに優れていることの代償だろう。
グリムが原因でダンジョンの防衛反応が起きた回数はゼロ。
グリムがパーティーを結成した時、ダンジョンは日常そのものとなる。
今回のようなスタンピート直前でほんのわずかな刺激でも爆発する状況であっても、グリムだけは問題なく攻略を行える。
しかも、他の探索者と異なり時間や行動の制限が一切存在しないため、純粋に体力のみを心配し潜り続けられる。
だから、その代償として魔法が使えないというのは推測として的外れなものではないし、トレードオフで失ったことも含め勇者らしき能力と言っても過言ではない。
「けど、それはそれとして魔法を使ってみたいもんだ」
大分マシではなったが、グリムにとって魔法が使えないことは小さなコンプレックスであった。
同時に、その欠点が自分の戦い方を探る始まりでもあったが。
小さな遠吠えが聞こえる。
ふと見ると、道の奥に狼が居た。
通常の狼よりは遥かにデカイが。
全長で言えば四メートル近くあるのではないだろうか。
「ここは私が……」
病み上がりのグリムを気遣ってだろう。
珍しくアレインが前に出ようとする。
けれど、グリムはそれを止めた。
「悪いけど、リハビリさせてくれ」
その言葉も事実ではあるが、どちらかと言えば状況的心配からの提案だった。
勇者が置物となって戦わずにいると、『勇者とその仲間たち』ではなく『勇者』と『別のパーティー』に判定されるケースも過去にはあったとエイワスから聞かされている。
だから、早いうちに一度は戦闘をしておきたかった。
「ですが……」
不安そうに渋るアレインの肩をぽんと叩き、グリムは強引に前に出るとそのまま狼に駆け寄った。
狼はグリムを迎撃するよう、低く構える。
そしてグリムが己の間合いに入ったその瞬間――鋭い牙をむき出しに飛びついてきた。
「ほいよっと!」
狼の強襲に対し、グリムは妙な掛け声とともに、スライディングで狼の下へ潜り込む。
そのまま狼の腹下に張り付き、下から上へ、腕をまっすぐ振り抜く――。
それだけで、狼は後ろ足の付け根から頭まで、綺麗に真っ二つとなっていた。
いつの間にか、グリムの手には剣が握られていた。
ズキリとした頭痛と同時に、奥に人影が見える。
そこに居たのは、身長百五十センチくらいの無骨な鎧姿。
当然、これも人ではなく魔物。
人型の厄介な点は、種族が特定出来ないことになる。
鎧を着た魔物なのか、鎧とセットの魔物なのか、はたまた鎧そのものが魔物なのか。
巨大な重鎧をまとい、斧を手にする魔物へ向き直り、一足跳びに近づきそのまま連続して斬撃を浴びせる。
ギィンと、鈍い音が響きグリムの斬撃は鎧に防がれる。
鎧は想像以上に堅かった。
それに、斧によるガードも相まって攻撃が通らない。
連撃も浴びせるも、そのすべてを鎧は堂々と受け止め続けた。
グリムの剣は両手剣ではあるものの、細身で軽く、取り回しを重視したタイプとなっている。
重装甲の相手とは、あまり相性が良くなかった。
剣戟が響き、一進一退の攻防を繰り広げる。
けれど力は相手が上だからかグリムは徐々に押し込まれ、じりじりと後退させられた。
追い詰められ、仲間が支援に向かうおうかというその直前――グリムの指輪がきらりと輝く。
振り下ろされる剣が、瞬く間に斧へと変わった。
相手の片手斧より何倍も巨大な、両刃の大斧。
グリムは大斧を振り抜き、魔物の斧を根元からへし折った。
再び指輪が煌めくと今度は斧が槍へと。
流れるような動作で一歩踏み込み、槍に体重を乗せ、鎧の隙間へと差し込む。
鋭い刺突は装甲の内側を貫き、魔物はその場に崩れ落ちた。
どうやら、鎧に寄生するタイプの魔物だったらしい。
「相変わらず見事なものだ。ありゃ真似できん」
アラドは苦笑しながら、今にも飛び掛かりそうなアレインを静止しつつ、勇者様の戦いっぷりを見守っていた。
グリムの戦い方、『武器換装式』の元となるのは、『収納の指輪』というダンジョンの遺物である。
この指輪自体は別段珍しいものではない。
遺物ではあるものの、レアリティで言えば最下級。
ダンジョンなら一階からだって出土するし、何なら地上で作ることさえ叶う。
だから、厳密に言えば既に遺物かどうかさえ疑わしい。
能力は単純な作りの武装を指輪に収納し、取り出せるというもの。
装備の重量分軽くなるから運搬としては便利ではあるものの……正直需要はそう多くない。
取り出しに少々手こずるからだ。
多すぎず、少なすぎず。そんな適量の魔力を込めなければ指輪は機能せず、また発動にもタイムラグも存在する。
戦闘外ならまだ運用は出来るだろうが、実戦を想定するとその二つのリスクはあまりにも大きい。
だからこの指輪を重宝するユーザーは非常に少なく、活用している主な職業だって、ピッケルを扱う炭鉱夫や、探索者専門の引っ越し業者くらいのものだった。
その扱い辛い指輪による微調整を極限まで極めたのが、勇者グリムの戦法である"武器換装式"である。
阿呆みたいに細かい魔力調整を行い、換装速度を高める訓練を行い、適したタイミングに適した武装を先読み気味に取り出すというそれだけの物。
これは魔法が使えないグリムが編み出した弱者の牙である。
けれど同時に、強者さえも食いつくせる、本物の牙でもあった。
事実、純粋な技量なら負けるつもりのない重戦士であるアラドさえ、タイマンでグリムには勝てない。
それが戦闘法として……いや、技術として正しく確立されているからだ。
そのためだろう。
最近セントラルでは、グリムの真似をして、武器換装式の道場だって生まれつつあった。
「俺としちゃ、魔法が使える方が全然便利だし羨ましいんだけどな」
そう言いながら、グリムは弓矢を取り出し遠方にいるサソリみたいな魔物を撃ち抜く。
気軽に雑談をしながら、数十メートル先の十センチ程度の魔物を。
その様子にアラドは若干ドン引く。
リハビリが必要にはとても見えない。
むしろ完璧に、仕上がっている。
半年前と比べてなおキレがあるくらいに。
こと戦闘に限ってなら、魔法が使えないハンデなんて存在しないということは、この場にいる誰もが理解できていた。
ありがとうございました。




