4-防衛反応
ダンジョンには、『大原則』と呼ばれる法則が存在する。
ダンジョンに潜る人数が片手を超えるとダンジョンの危険度が跳ね上がること。
ダンジョンの構造は定期的に変動するためマップは役に立ちづらいこと。
一定階層ごとに倒さない限りその先に進めないボス――『防衛者』が現れるということ。
そういった幾つかの大原則の中でも、特に『防衛反応』には気を付けなければならない。
例えるならば、人間の免疫機構。
ダンジョンを一つの生命体とするならば、侵入者は病原菌そのもの。
それを排除しようと働く機構こそが、防衛反応である。
侵入者が激しく暴れるほど、侵入する個体数が多いほど反応は強まる。
最悪の場合は万単位の魔物がどこからともなく出現し、同士討ちも恐れず滅茶苦茶に暴れ回る。
それが複数階層で同時に出現し、魔物の個体数が飽和すると……いずれ階層の壁を破壊し地上にまで溢れ出す。
その現象を『大規模襲撃暴動』と呼ぶ。
対策は、防衛反応を意識してダンジョンに潜ることだけ。
だから、ダンジョンに挑むのは片手の指で数えられる数と定められた。
大原則とはつまるところ、かつての悲劇により生み出された、人の血で描かれたルールであった。
ダンジョンに長期間潜れるのは基本、『探索者』と呼ばれる防衛反応を引き起こし辛い特性を持った者だけとなる。
探索者の特性は一律ではなく強弱があり、中には防衛反応をほとんど起こさないほどの異常固体も存在する。
仲間を引き連れ長時間どれだけ深くを潜ってもダンジョンに変化は起きず、防衛者を討伐してさえダンジョンが一切活性化しない。
それゆえに、そのような特性を持つ探索者は、ダンジョンの完全制覇を目指す責務を負わされる。
その役職は、古き絵物語の名に倣い【勇者】と呼ばれた。
現状――この銀幕内の世界には、勇者は一人しか存在しない。
勇者グリムヴァルドただ一人しか。
暗闇の中、浮遊感を生みながら降格機は急速に落下していく。
がたがたと震える中、四人は舌を咬まないよう無言で己が身体を支える。
アレインだけは、自分だけではなく何故かグリムを支えていた。
ガタンと、全身をシェイクするような激しい衝撃と共に落下は停止する。
しばらくすると微弱な光が暗闇を切り、グリムたちは地下三十階の世界へと足を踏み入れた。
地下三十階層。
そこは他の探索者には踏み入れることすら許されぬ領域。
けれど、彼ら四人にとっては始まりに過ぎなかった。
四人の最高到達地点は、地下四十二階。
地下三十階程度なら、普段の彼らにとっては散歩道も同然だった。
そのはずなのに――。
「……ここ、攻略したのいつだ?」
うんざりした口調でグリムは呟いた。
「私達の代ではないので、十年以上前かと」
アレインの返答にグリムは小さく溜息を吐く。
「俺たちの苦労どころか先代までもが水の泡か。きついね本当」
グリムが潜った最高深度は、地層四十二階。
四十階で防衛者を倒してるので、そこまでは開放され比較的安全に進めた。
なのに、三十階程度でも空気が重く、息苦しい。
魔物の気配が肌を刺していると誤認するほどに伝わって来るほどに。
完全に、乗っ取られていた。
「そりゃスタンピート発生もギリギリだわな。十階層以上一気に奪い返されたんだから……」
続いて、グリムは別の心配をする。
ダンジョンの攻略階層と、外の銀幕は連動している。
ダンジョンを開放すればするほど銀幕は広がり、生活圏が増加する。
けれど、逆に言えばそれはダンジョンの進行が進めば進む程生活圏が減少することで――。
「……考えるのは止めよう。あいつの気持ちを無碍にすることになる」
銀幕の縮小による生存圏の減少。
そんな当然のこと、エイメスだってわかってるはずだ。
けれどエイメスはグリムに何も伝えていない。
何キロ範囲が狭まり、それで何人が亡くなり、何人の住む場所が奪われたか。
そんな半年での被害を、政治家であるあいつが知らないはずがないのに。
だからグリムには、伝えなかったその意味を受け止める責務があった。
「アレイン」
「はい、なんでしょうか?」
「とりあえずこのスタンピート発生直前なんて導火線に火が付いた状態を解除したい。その場合、どのくらい潜れば良い?」
そう――別にグリムは世界最強でもなければ一個師団に匹敵する力を持っているというわけでもない。
だから、ギリギリの状態から解除さえすれば後の作業は誰かに託せる。
正規軍なり、大都市の部隊なり、グリム以上に優秀な探索者様なりに。
むしろその誰かに託せる状態にまで今回のアタックでもっていくことが、勇者の責務であるとグリムは考えていた。
「グリム様。あまり無茶は……」
「だから聞いてるんだよ。このまま四十階層まで一気になんて言われても、そっちだって困るだろ?」
アラドとディートは狼狽えながらブンブンと首を横に振る。
開放後ならともかく、開放されていないダンジョンなんて一階層だけでも数週間、数か月同じ階層に足踏みということだってざらにある。
それを十階層分一気になんてのは、バトルジャンキーであるアラドだって躊躇するほどの無茶だった。
「……この階層を開放すれば、時間的猶予が生まれるかと」
アレインらしからぬ、曖昧な物言い。
嘘ではないが、何か隠しているとグリムにはわかった。
「なるほどね。んで、本音は?」
アレインは、言いづらそうに静かにささやいた。
「……プラス三階層ほど、潜りながら魔物を間引きすれば確実に……」
「オーケー。というわけで、三十階層の攻略とボス、そしてそこから三階層分潜りながら雑魚の間引きだ。悪いがリハビリに付き合ってもらうぞ」
ニヤリと笑いながらそう言うグリムに、アレインは困った顔で小さく頷く。
アラドとディートの二人から零れる溜息は、聞こえなかったことにした。
ありがとうございました。




