3-ユグドラ
強固な外壁を持つ小さな街『セントラル』はグリムの記憶と違わず、活気に溢れていた。
賑やかな露店街に鍛冶屋の煙。
田畑の香りに馬車の足音。
田舎と都会を織り交ぜたような、そんな街。
セントラルの規模は他の大都市と比べると一割にも満たない。
それでも、発展度合いだけは勝っている。
それはこのセントラルが中央という言葉通りの意味合いを持っているからだ。
中継ハブという意味もあるが、もっと単純な言葉通り。
このセントラルは、世界の中央であることを示している。
中央であるセントラルの中心地点に在する、一際大きな建造物。
それは城さえも凌駕する巨大な作りとなっており、外壁の何倍も分厚く厳重な防壁を持つ。
外ではなく、中からの侵入を拒むために。
どれほど厳重にしようとも、気休め程度の意味しかないが。
八角形の太い柱みたいな形状で、巨大な正門が見えるそこからは……天を貫く光の柱が放たれていた。
【第三等級ダンジョン ユグドラ】
はるかなる昔、銀幕に世界を隔たれるより前。
王国歴という暦が使われていた時代には、ここはそう呼ばれていたらしい。
今ではもう、その"等級"がどういう意味なのかさえ失伝している。
ここに住まう者は、ただ単に"ダンジョン"と呼ぶ。
もしくは――憎しみを込め、"ホール"という蔑称か。
『愚か者共の巣穴』
ダンジョンに関わるなんてのは、愚か者のすることだ。
それでも、この世界に生まれた以上ダンジョンに関わらず生きていくことは難しい。
どこよりもダンジョンの恩恵を強く受けて来たからこそ、このセントラルは大都市に匹敵するか、それ以上に強い経済を維持出来ているのだから。
ダンジョンから産出する資源と、ダンジョンを攻略するという名目でもらう大都市からの補助金。
それが、このセントラルの生命線。
だから、ダンジョン攻略の過程にどれだけの犠牲が出ていたとしても、見て見ぬふりをするしかない。
そんな、誰もが愚かな世界。
だから、愚か者共の巣穴という名は自嘲の言葉だった。
ダンジョンに縛られながらもダンジョンに依存して生きるその在り方は酷く、醜い。
巣穴に暮らすゴブリンと、何が違うというのだろうか。
アレインを引き連れ、関係者用の裏門から建物に入る。
裏門の通路に待機する数人の兵士からの会釈を受けながら、早足で進んで。
やがて、ダンジョンの攻略前線へと直通するグリム専用の降格機に辿り着くと、グリムに親しげな笑みを浮かべる二人の男が立っていた。
一人は金属製のメイスを片手で握る小柄で細身な美形の男。
もう一人は背中に身の丈ほどもある大剣を背負った、ゴリゴリのマッチョ野郎。
その笑みと態度から、二人がグリムと親しい間柄であることは想像出来る。
だが――グリムには、彼らが誰なのか分からなかった。
知っているはず。
知っていないとおかしい。
なのに、わからない。
忘れているということさえ信じられず、彼らが騙しているとさえ疑ってしまうくらいに。
彼らについて、記憶が完全に空白であった。
グリムは、足場が崩れるような不安に襲われる。
ようやく、エイメスの言っていた言葉の、本当の意味が理解出来た。
だからこれもきっと、記憶がない所為なのだろう。
目が覚めてから、ずっと、グリムはそこはかとない孤独感に苛まれ続けているのも。
「ようやく起きたか。寝坊し過ぎなんだよ」
大柄の男はそうグリムに声をかけた。
「……すまん。エイメス曰く記憶障害らしくてな、俺はお前らのことがわからん」
そうグリムが言うと、二人は一瞬黙り込む。
けれどすぐ微笑を浮かべ、軽口をたたき出した。
「おいおい。俺みたいなナイスガイを忘れるなんて人生の半分を損しちまってるじゃないか」
大柄の男はそう言って自分を指差しドヤ顔を見せる。
同情でも憐憫でもない。
それが、グリムには何よりの救いだった。
「すまんな、ミスターナイスガイ。人生の半分を取り戻すためにあんたの名前を教えてくれよ」
「しょうがねぇなぁ。"アラド"だ。もう忘れるなよ」
「そう願いたいもんだ」
そう言って、二人は拳を数度ぶつけ合った後、固く握手をした。
「というかさ、まあ俺は忘れたとしてもこいつは忘れてやるなよ。だってこいつ――」
そう言ってアラドが優男を紹介しようとしたら、優男は慌てた様子で話に割り込んだ。
「待った! その情報は今の彼にいらないから! ね?」
おたおたと、まるで何かを誤魔化すように優男は告げる。
その様子があまりにも挙動不審だったから、グリムは眉をひそめた。
「え? 何? もしかして……俺、こいつと恋人だったの?」
その一言で、空気がぴしりと凍り付く。
後ろで静かにしていたアレインの形相は、鬼のそれ。
優男は慌ててブンブンと首を何度も横に振り、必死に否定する。
アラドはその様子を見て、げらげらと腹を抱えながら笑い泣きしていた。
「そ、そういうのじゃないよ! 僕は"ディート"。君とは戦友で、ライトな感じの友達だったはずだよ。少なくとも、僕はそう信じてる。だから、またよろしく」
ディートは握手を求めるも、グリムは受けず。
ただ、怪訝な表情で彼を見つめた。
「いや、そんな隠し事あります感出されて気にしないわけがないんだが……」
「あはは、大したことじゃないよ。ただ、僕と君の間にある無駄な壁の話なんて」
「……その言い方だと、やっぱりお前が俺のこと好きみたいな感じになるんだけど……」
「違うよ!? というか僕、婚約者いるからね!?」
それは初耳らしく、アラドとアレインも目を丸くし驚いていた。
「そうか。なら身の危険はないな。よろしく」
「最初からないよ……」
ディートの溜息の後、ようやくグリムはディートと握手を交わす。
覚えていないし、ここまで話しても二人のことを欠片も思い出せない。
それでも、距離感にストレスがないから、友達であったことは本当なのだろう。
そう、グリムは判断することにした。
グリムとアレインがダンジョンアタックの準備最終確認をしている中、遠くでアラドはディートににやついたジト目を送り続ける。
それを、ディートは静かにスルー。
確かに、それはずっと隠し通せるものではない。
けれど、自分から言うつもりはなかった。
記憶を失ったグリムには悪いと思うのだが、友と立場の壁なく話せるこの状況は彼にとって非常に好ましいものであった。
王子である自分の身分を常日頃から嫌悪している『ディートリット・ローゼス』にとっては。
ありがとうございました。




