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ダブルフェイス ―壊れた世界樹と虚構の天蓋―  作者: あらまき


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2-虚構の天蓋


 ぐだぐだな空気の中……エイメスは一つ、わざとらしい咳払いを披露した。


「…………あー……こほん! そろそろ、話を続けてもよろしいだろうか?」


 エイメスの言葉に、グリムは小さく頷く。


「はい。よろしゅうございます。どうぞ続けて下さい」


「では、記憶の確認を。――あ(・)れ(・)が何か、わかりますか?」


 エイメスは静かに空を指差す。


 そこには、昼間にも関わらず先が見えないほど強い"オーロラ"が映っていた。


 太陽と青空が薄っすらと透けて見える、七色の銀幕。

 それを見るグリムの表情は、嫌悪そのものだった。


「"鳥籠"だな」

 グリムはそう、吐き捨てた。


「おや、我々は鳥ですか?」


「お前は囀るのが仕事だからな、お似合いだろ?」


「ふむ、なるほどなるほど。その割に、貴方はあまり達者でない様子ですが?」


 何の迷いもないノータイムでの切り返しに、グリムは言葉を詰まらせた。


「……はぁ、やっぱり口じゃお前にゃ勝てないか」


 やれやれと溜息を吐いた後、グリムは鳥籠の本当の名を口にする。


「――【魂の牢獄】。ま、そんなけったいな名前誰も使わず、俺たちはいつも"銀幕"って呼んでたがな」


 それがオーロラに似た姿だから、この世界に生きる者は銀幕と呼んだ。


 銀幕は壁のように展開されているように見えるが、実際はこの辺り一帯を半球のドーム状に包みこんでいる。

 さながら料理を覆うクローシュのように。


 そして、何人たりとも銀幕から抜け出すことは叶わない。


 だからだろう。

 世界は外界から隔離され、酷く狭いものと化してしまっていた。


「そんで、この銀幕を引き起こしている原因が――」


 グリムは窓の外を見て、空に見える光の柱を指差した。


 銀幕の中心点から発生している、雲を突き抜ける巨大な光の柱。

 その真下に――それは存在する。


「『ダンジョン』……」

 エイメスの言葉に、グリムは微笑を浮かべ、自分の頭を人差し指でトントンと叩いた。


「案外大丈夫そうだぞ。俺の記憶」


 エイメスは肯定するよう頷いた。


「それでも、覚悟はしておいてください。本当に酷い状態でしたので」


「あいあいっと。んで、話はそれで終わりか」


 エイメスの表情がぴくりと動く。

 そして、沈痛な面持ちで静かに首を横に振った。


「何か……あったのか?」


 エイメスは、敢えて事実だけを口にした。


「――半年です」


「……え?」


「貴方が眠っていた期間は、半年です」


 一瞬、言葉の意味がわからずグリムは硬直する。

 ぼーっとした頭で『本当に?』とか『随分長く寝たなぁ』なんてふわっとしたことを考えていた。


 けれど、時間差で言葉の意味が理解できて――ぶわっと、滝のように汗が溢れた。


「おい! 今ダンジョンはどうなってやがる!?」


「…………」


 エイメスは答えない。

 正しくは、答える必要さえないくらい。


 そのくらい、現状は最悪に等しかった。

 ダンジョンの最終段階。

 つまり――。


「大規模襲撃暴動(スタンピート)の前兆は!?」


「一月前からもう。正直、今日明日がリミットでしたね」


「はぁ!? ちっ! ハードなリハビリだなこれ」


 グリムは慌ててベッドから飛び出し、ふらつきながらも自分の足で立ち上がった。


「すいません。本当はもう少し、貴方に時間を用意したいのですが……」


「緊急事態ならしゃーない。けど、詫びは終わった後、現物で頼むぞ」


 グリムは腕を回し、屈伸し、強張った身体をほぐしてから、エイメスの横を向ける。

 そしてその背にあるドアの前に立ち、ドアノブを握って――。


「……あー……あのさ、俺の部屋、どこだっけ? つーか、ここどこ?」


 その一言で、アレインは目を大きく見開いて嘆き、エイメスは苦渋に満ちた表情に変わった。


「……ここは、貴方のセーフハウスで、着替えのある部屋は右隣です」


 絞り出すように、エイメスはそう告げる。

 グリムは気まずそうに笑った。


「サンキュー。いやはや、マジで記憶混雑してるなこれ。全然覚えてねーや。あははは」


 慣れない手つきでドアを開け、部屋を後にするグリム。

 その様子が妙に痛々しくて、二人は笑うことが出来なかった。




「どうしても、今日でないと駄目なのですか? せめて数日リハビリを……。それに、こんな状態のグリム様ではなく他の方を……」


 アレインはどこか責めるような目で、エイメスを見つめる。

 いや、それは明確に睨みつけていた。


「本当に説明が必要ですか? 貴方だってわかってるでしょうに。……私だって、病み上がりの彼に頼りたくは――」


「だったら――」


「限界なんですよ! もう既に!」


 エイメスが声を荒げると、アレインはびくりと身体を震わせる。

 長い付き合いだが、彼が怒鳴った姿をアレインが見たのは初めてのことだった。


 彼は内政に秀でた政治家である。

 海千山千の怪物を口先で相手にし、どれほど苦しくても飄々と笑顔の仮面を被り続けてきた。


 そんな彼が怒鳴らずにはいられないほど状況は追い詰められており、そして同時に病み上がりであるグリムに頼るのは不本意であった。


「彼の穴埋めと救出のために行われた数度の大規模侵攻で、数万の命が失われました。更に繰り返した大規模侵攻のリスクでダンジョンの活性化は最終段階に到達しています」


「それで、大規模襲撃暴動(スタンピート))が……」


「もし、想定している規模のスタンピートが発生すれば、うまく対処できたと仮定してでさえ、十万人という損害が予測されます。耐えられないんですよ、その被害に社会構造が。確実に、世界は崩壊します。だからもう――彼に頼るしかないんです」


「それでも……私は、彼に無茶をしてほしくない。例えこの世界がどうなろうとも、私は……」


「わかってます。そんな貴方だから、彼の同行者に相応しいんですよ。私のようなこの世界のためなら何でも犠牲にするような冷血漢と違って。さあ、行ってください。彼のサポートをお願いします」


 こくりと頷き、アレインはドアに向かう。

 けれど、仕返しも兼ね、アレインは、すれ違いざまに一言だけ呟いた。


「本物の冷血漢は、そんな顔しないよ」


 ばたんと音を立て、足音がその場から離れていく。

 エイメスは静かに、その場に蹲り肩を震わせた。


ありがとうございました。

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