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ダブルフェイス ―壊れた世界樹と虚構の天蓋―  作者: あらまき


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29-運命を変えた日


 微睡から、グリムは静かに目を覚ます。

 身体の重さから、驚く程深く眠っていたと実感出来た。


 ゆっくりと身体を持ち上げながら、彼女を探す。


 けれど、どこにも見かけない。

 久しぶりの一人だった。


「……もう、行ったか」


 別に良いと言ったのは自分である。

 それなのに、寂しさを覚えるその傲慢さにグリムは苦笑する。


 とはいえ、それで良い。

 最後まで傍に居たら、巻き込んでしまうかもしれないのだから。


「……んあ?」


 ふと、何やら奇妙な違和感を覚える。


 そこにあるものがないというような、そんな違和感。

 アレインがいなくなった喪失感かと思ったが、それとも何かが違う。


 大切な何かを失ったという感覚ではない。

 むしろ、ネガティブなものが見えなくなって不安の方が感覚としては近いだろう。


 がさごそと自分の身体を探すも、変わりはない。

 そもそも着の身着のままで何かを持ち歩ていさえいなかった。


「じゃあ、一体何が……」


 呟き、顎に手を置ゆっくりと思(・)考(・)して……それで気づいた。


「頭痛が……消えてる?」


 いつも、死が近づくたびに頭痛は強まった。

 突然激しくなる場合と、徐々に強くなるというような多少異なるケースはある。


 けれど、終わりはいつだって何も考えられないくらい激しい痛みに苦しんだ。

 それが綺麗さっぱり消えている。


 死の運命から、逃れた?


 一瞬開放感に満ちるグリムだが――すぐ、絶望に叩き落とされる。


「俺に幸運? そんな物わけがないだろう!」


 偶然程度で生き延びられるなら、これまでの逃れられぬ数百の死はいったい何だったというのだ。


 慌てて周囲を探し、グリムはそれを見つけた。

 テーブルの上に見える、その置手紙を――。


 いなくなったアレイン。

 喪失した頭痛。

 そして、残された手紙。


 それらが無関係だと思えるのなら、本物の馬鹿だ。


 ガラス越しに見える自分の顔は、真っ青だった。


「運命を乗り越えたのは、何も成してないグリム(俺)じゃない。……アレイン(彼女)だ」


 グリムは置手紙を握りしめ、外に駆け出した。




『

 この手紙をグリム様が読んでいる時、私は既に死んでいるかと思います。


 私は、グリム様の言葉を何も信じていません。

 だから想像通り何もなければ、この手紙を私がこっそりと処分しているはずなんです。


 でも、きっとそうじゃない。

 だっていつだって、貴方は正しかったから。

』


 走る。


 走る。


 走る。


 ただ、ひた走る。


 間に合えと念じ、願い、走る。

 自分の経験が、永劫回帰が幻想であったと祈る。


 やめてくれ。

 そんなことしないでくれ。


 頼む。


 今更に、グリムは原点を思い出す。

 アレインに、幸せになって欲しかった。


 ただそれだけだった。


 だというのに、お前は一体何をしている?


 自分の運命に巻き込んだ挙句、死の運命を彼女に変えさせた?

 そんなことに、命を捧げさせた?


「ふざけるなよ……」


 そう、ふざけている。

 そんなこと、許して良いはずがない。


 頭痛は完全に消えた。

 死の運命は、過去となっている。


 これまでグリムが逃れられないと絶望していた終わりの時。

 それは所詮、乗り越えられる程度の壁に過ぎなかった。


 だというのに勝手に絶望して、諦めて、挙句アレインに押し付けた。


 また、彼女に死を選ばせた。

 たった一つしかない、その命を。


 だから、グリムは必死に走る。


 間にあえと。


 死んだら駄目だ。

 今度こそ、彼女だけでも生きないと。


 そうでないと、つり合いが取れないじゃないか。


 全力疾走で心臓が張り裂けそうに苦しむ中、これまでの旅がフラッシュバックを起こす。


 ずっと傍にいてくれた彼女。

 ずっと笑ってくれた彼女。

 ずっと支えてくれた彼女。


 アレイン・クローバーハートにただ救われるだけだった旅路。


 もらい過ぎだ。

 これだけで、どんな人生よりも幸福だった。

 だから返さないといけないのに……。


 手紙には、まだ続きがあった。


 彼女は、命だけでなく、文字通りすべてをグリムに捧げようとしていた。


 それを止めたくて、必死に必死に走って――。


 そうして、グリムは気づく。


 無数の怒声の中に混じる鈍い金属の音。

 そして、焦げ臭い香り。


 立ち込める煙が見える方角に、グリムは迷わず走った。




 道端で倒れ、絶命する男たちにグリムは見覚えがあった。

 正しくは、彼らの制服や鎧に。


「こいつら……エイメスの直属部隊……」


 それも一人や二人じゃない。

 十人以上の重装歩兵が、無残な躯と変わっていた。


 身体が砕け、裂け、時に破裂して。

 刃さえ不要とする、圧倒的暴力。


 誰がやったのか、すぐに理解出来た。


 亡骸と、目があう。

 それはまるで、お前の所為だと責めせているようであった。


 グリムはひゅっと息を飲み、呼吸を荒くさせながら、逃げるようその場を後にする。


 早く、早く探さないと……。


 まだ音の残る方に、戦いの気配がする方に走る。


 そうして――その瞬間を、目撃した。


 全身傷だらけで、ボロボロとなったアレイン。

 真っ赤な鮮血で染まった彼女の手には、エイメスの首が掴まれて――。


 ごきりと、鈍い音が響く。


 アレインの手から、エイメスの身体が崩れ落ちた。


「ふー……ふー……」


 アレインは血走った目を、グリムに向ける。

 忠犬のよう、主の敵を最後まで殲滅するように。


 けれどそこに居たのが敵ではなく、主であるとわかった瞬間、アレインの表情は柔らかい物に変わった。


「はは……グリム様。信じてなくて、ごめんなさい。本当でしたね。貴方の言葉……」


 アレインは諦めるような笑みを見せる。

 どこか寂しくて、憐れみが混じって、それでいて、嬉しそうな、不思議な笑みに感じた。


 グリムを殺すためだけの五十人を超える殲滅部隊。

 しかも友であり上司であるエイワス直々に。


 これこそがグリムの死因――死点(デッドポイント)の一つ。

 この惨状こそが、グリムの永劫回帰が正しかったとする証明となっていた。


「そんなのはどうでも良い。すぐに治療を……」


「いえ、もう無駄です……。どっちにしても、使い潰すつもりでしたので」


 アレインがくるりと身体の向きを変えると、グリムは目を見開き息を止める。


 アレインの腹部には、何もなかった。

 衣服だけでなく、そこにあるはずの肉や骨さえ。

 そこにあるのは、穴だけだった。


「でも、良かった。……無駄にならずに済んで」


 旅の最中、アレインはずっと考えていた。

 信じられないほどの不思議な話をかみ砕き、飲み込み、悩んだ。

 ただ一人の孤独な旅人である彼に、自分は何をしてあげられるかを。


 たった一度しかない自分が、無限の命を持つ彼に何をすれば救いになるかを。


 だから、たった一つしかない物を、彼に捧げることにした。


 即ち、【魂】。


「ここにいる私は私だけ。けれど、貴方にとってはそうじゃない。数多くいる、アレインの一人に過ぎません。なら――」


 そう、ここにいる自分が消えても、彼は別の魂を持つ自分と巡り合える。 

 アレイン・クローバーハートと何度でも会える。

 

 それなら、何の憂いもない。

 今ここに居る自分が存在ごと喪失しても、他のアレインがきっと彼を助ける。


 彼女はそれを知っていた。

 それこそが、アレインなのだから。


 だから、それを行うのに躊躇いはなかった。


 それは許されざる禁忌。


 たとえどのような事情があれど魂を加工することは認められない。

 最悪の冒涜だからだ。


 それを汚すということは、死後の苦しみを永劫受けるということに等しい。

 "もどき"と呼ばれた物にさえ行われない。


 それでも――アレインに迷いはなかった。


 アレインの足から、結晶が生える。

 パキリ、パキリと音を立て、何本も。


 それが足から生えたのではなく、足が結晶になっていると気づいたのは、膝より下が完全に消えてから。


「お手紙に書いてますが、私の魂を加工し、貴方の魂に術式として刻みます。私もグリム様も、あまり魔法が得意ではないのでそう難しいことは出来ませんでしたが……はは、これでも沢山勉強したんですよ?」


 言われてから、グリムは思い出した。

 何度も色々な街に通い、夜も遅くまで起きて本を読んで。


 必死に、懸命に、禁忌の術式に取りくんでいたのに……。

 それにさえ気づけなかった自分に、殺意が湧いてくる。


「申し訳ありませんが、ここの私は、それしか出来ません。なので、次の私に頼って下さい」


「頼むから、次とか言わないでくれ……」


 彼女の言葉は、どこまでも正しい。

 グリムはこれまで何度も"次のアレイン"と出会っており、その誰もがグリムのことを大切にしてくれた。


 ここに居るアレインだって、グリムにとっては"次のアレイン"の一人に過ぎない。


 けれど、それはグリムの視点だけの話。

 最悪の傲慢に過ぎない。


「たった一人の自分を犠牲にして……なんで……」


「犠牲じゃありません。だって私、幸せでしたもの。貴方と出会ってから、ずっと」


 それが嘘じゃないからだろう。

 その笑顔は、掛け値なしの物だった。

 グリムが同情することさえ忘れる程に。


「何か……してほしいことはあるか? 何をすれば、お前に少しでも返せる?」


 気づけば、下半身より下は結晶化し、空洞の腹部から血が零れなくなっていた。

 もう、残った時間さえ少ない。


 だからせめて何か、彼女のために遺せる物が……。


「なら、申し訳ありませんがお傍に来ていただけませんか?」


 グリムは頷き、アレインの傍に駆け寄る。

 その瞬間だった。


 アレインの手が伸び、グリムを寄せ付ける。


 彼女は、強引に唇を重ねた。


 驚くもグリムは抵抗しない。

 出来ないし、する気も起きなかった。


 そっと唇を離してから、アレインは微笑んだ。


「たぶん、私とキスしたの初めてですよね? 私、ヘタレで奥手だから」


「あ、ああ……。誰とも初めてです」


 その言葉を聞いて、アレインは「やたっ」と小さくガッツポーズを取った。


「えへへ。最後に素敵な物を貰えました。……これからきっと、グリム様は、無数の私と出会って、何度も恋をすると思います。それでも……最初のキスは、ここに今いる私だけ。私以外には誰にも奪えませんし、あげちゃいませんから」


 そう、彼女は幸せそうに笑い、両手を胸の前で重ねる。

 まるで、大切なものを抱きしめるように。


「は……はは。すげぇな本当」


「はい。凄いんですよ。恋する乙女って。……どうせなら、欲張りましょうか」


 アレインは、最後の力を込めて、一言だけ残した。


「愛してます。誰よりも、貴方を――」


 ずっと言えなかった、秘めていた気持ち。

 それをアレインは、グリムに遺す。


 自分の想いが、きっと未来の彼を救うと信じて。


 そうしてアレインの身体はすべて結晶に包まれた。


 直後、激しい音と共に結晶は砕け散る。

 中には、誰もいなかった。


 呆然とするグリムの手のひらに小さな結晶が浮かび、身体の中に入り込む。

 

 アレインが残した禁術。

 己が魂を加工し、グリムの魂に遺した。


 例え何度グリムが転生を繰り返そうと、決して消えぬよう……一人ぼっちにしないよう。


 優しく、甘く、愛しい願い。

 だからこそ、アレインはグリムに一生消えない傷を残す。


 グリムの慟哭が、空を啼かせた。


ありがとうございました。

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