25-我を張る
地中から戻って来た時、いつも光に驚かされる。
これほどまでに温かく、優しいものだったのかと。
そこにあるのが当たり前すぎて……地上に居た時は、何の感動もなかったのに。
彼らとの時間は楽しかった。
食事は、正直惜しい。
子供というのはどういうことなのか、気にならないわけがない。
それでも……グリムはこの世界を選択した。
この寂しくも温かい、光の世界を――。
そして――。
彼女と、目が合う。
陽光のような、美しい金色の髪を持つ彼女と。
涙ながらに、彼女が飛び掛かって来る。
今度は待ち構えていたから、ちゃんと受け止められた。
忘れない。
忘れてなるものか。
今度こそ、アレインを幸せにしよう。
そう、グリムは自分に誓う。
この世界を、選択したのだから。
体感、五回目。
ダンジョン探索とアレインと共にあることを優先して一月。
ダンジョン内で罠にかかり、アレインと共に圧死。
体感、六回目。
ダンジョン攻略を最低限にして日常をアレインと共にして一月。
地上にて反勇者テロに巻き込まれ、アレインを庇い爆死。
体感、十回目。
挙動不審なくらいに警戒して半年。
エイワスにより精神病院に送り込まれ、薬を投与されてから意識を喪失。
体感、二十回目。
スタンピート発生し、逃げ遅れアレインと共に潰される。
幾たびも死を、ループを重ねた。
その大半が、二月と持たずに死亡した。
絶望にも等しい苦痛をくり返し味わわされ、助けようと願った命に殺され。
それでもと、必死に生き抜こうとして、ただあざ笑われ続けるだけの日々。
無力感が、身体を蝕む。
最後に心から笑ったのがいつだったのか、それさえグリムは思い出せなくなっていた。
夜――。
銀幕の帳より奥に浮かぶ、淡い幻想の月。
その美しさから、グリムはあちらの世界に居るアレインのことを思い出した。
「……我ながら現金なものだ」
こちらが良いと選んだのは自分のはず。
なのに、今となってあちらの世界に焦がれている。
けど同時に、この気持ちが偽りであることもグリムは正しく理解もしていた。
グリムが惜しんでいるのは、かつての日々に過ぎない。
もしもあの選択の瞬間左を選んでいたら、今度はきっと陽光に焦がれていた。
そう――変わらない。
どちらを選んだとしても、どうせ死に続ける。
何も、変わらない。
「……俺は、どうしたら良いんだろうか」
繰り返しによる後遺症だろうか。
もうどう動いても無意味に死ぬとしか思えなくなっていた。
辛い。
苦しい。
助けてくれ。
だけど誰にも言えない。
誰に助けを求めろというのか。
出来ることは、足掻くだけ。
それさえ、もうどう足掻けば良いかもわからなくなった。
だからだろう。
気づけば、グリムはアレインの寝室前に立っていた。
ノックをして、グリムはそのドアを開く。
そしてベッドに座りきょとんとした表情のアレインを見て――ようやく、自分のうっかりに気づいた。
「……すまん。返事まだなのに、開けてしまった」
「いえ、構いませんが……何か急用でしょうか?」
読みかけていた本にしおりを挟みながら、アレインは尋ねる。
「いや、何でもない。ちょっと顔を見たくなって……」
その言葉に、アレインは目を丸くする。
言った後で、グリムも失言に気づいた。
「いや、口説きとかじゃないんだ! 本当に!」
必死に言い訳するグリムが面白かったのだろう。
アレインは、くすくすと笑いを見せる。
バツの悪そうに頭を掻いてから、グリムはようやく、アレインの手元に本があることに気づいた。
「アレインって、本とか読むんだな」
「意外でしたか?」
アレインは、ちょっとだけ意地悪な笑みだった。
「そう、だな。ちょっとだけ。昔は読んでなかったし」
「昔から本は好きでしたよ?」
「そうなのか?」
「はい。一人で居る時しか開かないだけで」
「俺といる時は気にしなくても良いのに」
「グリム様とのおしゃべりしたかっただけです」
「そ、そうか。んで、本好きになったのって何か理由があるのか? この話が好きとか、この物語を追いたいとか……」
そうグリムが尋ねると、アレインはくすくすと楽しそうに笑う。
そして、愛おしそうな瞳を向け、答えた。
「グリム様が私に文字を教えて下さったからですよ」
そう――それだけ。
だからアレインは、本が好きだった。
もう一つ、グリムは気づいた。
寝る前だからだろう。
アレインは髪を結ばず、長い髪を静かに下ろしていた。
こうしてみると、かなり知的に見える。
普段のツインテールは少し活発さがあり、それが尚本を読まないだろうという印象を生んでいた。
「髪型も……」
「髪が、どうかしましたか?」
「いや、髪型も何か理由があるのか?」
言われ、アレインはきょとんとした顔の後、そっと目を反らした。
「えっと……内緒です。でも、グリム様にご希望があればいつでも変えますよ?」
「いや、いつもの恰好も十分似合ってると思うし別に。ただ、結んでない姿は少し新鮮だなと思って」
「恥ずかしいのであまり見ないで下さい」
そう言って少し拗ねた表情をするアレインは、確かに頬が朱に染まっていて、グリムもなんだか気恥ずかしくなって目線を反らした。
「……良かった」
ぽつりと、アレインが呟く。
「ん? 何がだ?」
「グリム様が楽しそうなので。最近、ずっと辛そうでしたので……」
隠していたつもりだった。
実際、他の人は誤魔化せていただろう。
けれど、アレインを騙せるわけがなかった。
「あー……いや。すまん。記憶喪失とか、色々あって」
「はい。わかってます。なので、何か私に出来ることがあれば、何でもおっしゃってくださいね。私、頑張りますから」
そう言って、アレインはにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。……また、こうして夜に来て良いか?」
「はい。グリム様なら、えっと……いつでも歓迎です」
「ありがとう。とはいえ、あまり邪魔するのも悪いから、今日は帰るよ」
「あ、お見送りしますね」
アレインはベッドから立ち上がり、ドアの前まで移動しドアを開いた。
「ありがとう。……おやすみ」
「はい。おやすみなさいませ、グリム様」
静かに見つめ合って。そのまま、二人の間をドアが挟む。
帰路に付きながら、グリムは考えた。
久しぶりに、透き通ったように深く思考することが出来ていた。
アレインのことは何でも知っていると思っていた。
けれど、実際はそうじゃない。
知っていると、思い込んでいただけ。
記憶喪失以前の話。すべての記憶が残っていても関係がない。
他人を理解したなんてのは、傲慢の一言に尽きるのだから。
そう――ただの思い込み。
良く知るアレインでこうなのだから、世界には未知が、知らないことがまだまだたくさんある。
だから――。
「まだ、学べる。知ることが出来る。生きるために、そして――」
背を向け、アレインの部屋を見る。
今頃きっと再び物語の中に入り込んでいるだろう。
彼女が幸せに生きて居る。
それが、グリムの生きる理由となっていた。
ありがとうございました。




