24-転換機
広大なユグドラシルの中に入り、制御装置に両腕を入れ、魔力を流し同調を試みる。
前回と同様、ここまではスムーズに事が運んだ。
「同調率はどうなっている?」
グリムの問いにアレインはコンソールを鳴らす。
「『250%』……凄いです。これなら……」
「ふむ。……もう少し上げてみるか」
意識を深く落とし、魔力を込め調整を試みる。
前回の感覚はまだ体に残っている。
自分の肉体は偽物で、大樹こそが己と思う感覚。
その手前くらいまで……。
「に……『280%』!? グリム様、あまり無茶は……」
「…………思ったよりも伸びなかったな」
残念そうにグリムは呟く。
あの同調率はネガの妨害工作によるもので、自力ではこの辺りが限界らしい。
「それで、俺は何をすれば良い? 記憶喪失だから丁寧に、子供にもわかるよう説明してくれよ」
少し茶化した様子で頼むグリムに、アレインと緑踏はどこか怪しむような目を向ける。
あまりにも慣れ過ぎて、とても記憶がないようには見えなかった。
製造――ダンジョンの罠や人工生命体を配置・再配置すること。
修繕――ダンジョンの既存の罠・人工生命体の修繕・改修を行うこと。
拡張――ダンジョンの階層を意図的に増設、並びに階層そのものを迷路化させること。
改変――罠・人工生命体・階層そのものに対し改良・チューンナップを行うこと。
緑踏より教わった世界樹運用の柱は、この四つ。
そしてその四つすべてを聞き、グリムは悟る。
――あ、これ、大分難しい話だ。
ぶっちゃけ、内容のほとんどを理解出来なかった。
言っている言葉そのものがもはやもはや呪文に等しく覚えるたびに耳から抜けていく。
悲しいことに、少年の方がグリムよりもはるかに理解出来ていた。
そうして前回同様製造を任され、一階層にグリムは罠を配置する。
前回のような怪しげな行動を避けるため罠のリストを頭に呼び出し、その中でも安価でかつ危険度の少ない虎ばさみを選択。
その後、グリムはユグドラシルが何階層存在するのか、その確認を始めた。
何階層かわかれば、地上に戻った時攻略の目安になるはず。
頭の中をスクロールし、上層に上がっていく。
頭にちくりとした痛みが響くも止めず、違和感や嫌悪が走るも気にもせず。
ユグドラシルは自分の身体なんだ。
そう言い聞かせるようにして、前回の状態に近づけどんどん遠くの上を見つめ――。
「……あれ?」
「グリム様。どうかしましたか?」
「いや……今『124階層』なんだけど……」
「随分高くに行きましたね」
「けどさ、ここより上に行けないんだ。ないわけじゃあないはずなのに……」
「そういうものですからねぇ」
「記憶喪失前の俺はどうしてたんだ?」
アレインはびくっと身体を震わせた後、おずおずと、申し訳なさそうに呟いた。
「いえ……その……そういうことは、何も……」
「――そっか。同調率引き上げたらもう少し上を見れるだろうけど……」
「絶対やめて下さいね。病み上がりなんですから」
「わかってるって。それに、ちょっと上げた程度でどうにかなるとは正直あまり思えないし」
百階層超えて尚、上限が見えない。
最低でも倍……いや、それ以上。
五百か、千か。
「当然です。世界樹なんですから」
アレインは自慢げに胸を張りそう答えた。
「だったらさ、いっか――最上階の階層てどうやって調整してるんだ? 間違いなく激戦区だろ?」
「そちらの担当は――」
アレインはちらりと緑踏を見た。
緑踏むは小さな身体を大きく広げ、両腕で×の字を作って見せた。
「今日はここまでです! 高い同調率の維持に高階層直接監視。高負荷な行動ばかりして!」
怒る緑踏に苦笑するアレインだが、同じように『もうやめてくれ』と言いたげな視線を向けていた。
「……そう、だな。ここまでにしようか。緑踏」
「なんでしょうか?」
「頑張った報酬にさ、美味しいおやつをたのむよ」
「――ええ、もちろん」
緑踏は微笑み、頷く。
彼ら三人の視線は、懸命にメモを取る少年に注がれていた。
暗転から、世界が変わる。
光でも、闇でもない。
そこが見知らぬ場所だったから、グリムはまた記憶喪失になったのかと怯えた。
けれど、そうじゃない。
記憶とか以前の話。
ここは……現実の場所じゃなかった。
何もない空間の中、自分が浮かんでいた。
感覚で言えば、世界樹と同調している時に近いだろう。
自分の輪郭が曖昧になる、そんな感覚があった。
「……何が、起きてる?」
眉を顰め頭を掻く。
前回の記憶が、随分と曖昧になっていた。
世界樹を操作して、外に出た。
そこまでは覚えている。
けれど、そこからは記憶に靄がかかっている。
おやつを食べたような気がする。
夕飯も食べたような気がする。
そちらにも少年を招いた気がする。
けど、もしかしたらそうじゃないかもしれない。
願望なのか、実際にあったことなのか、それさえわからない。
部屋で就寝した気がする。
けれど、ベッドの感覚を何も覚えていない。
わからない。
思い出せない。
一体どうして……。
必死に思い返そうとすると、ふと脳裏に記憶がちらつく。
それは、あの少年の顔。
「そうだ。俺はあの後、確かに……」
少年の顔を見た。
鋭い獣の牙を見た。
溢れる血を感じた。
そして――。
記憶にはない。
けれど……自分が死んだという実感だけが、今さら湧いてきた。
「……だったら、ここは何だ? 第三の世界か? もう勘弁してくれよ……」
地上と地中の二つだけでもう両手に抱えきれない。
これ以上立場を増やされたらたまったものじゃない。
そう思っていると、グリムの前に二つの道が見えた。
右側は、冷たい光の世界。
グリム本来の世界、グリムの生きてきた場所。
左側は、温かい闇の世界。
魔王と呼ばれる影の世界、侵略者としての場所。
「……もしかして……選べる……ということか?」
なんとなくだけど、理解出来た。
お前は二つの世界、どちらの世界を選ぶのかと尋ねられていると。
グリムにとって正しいのは、地上の世界。
けれど、そこは同時に孤独の世界でもある。
地中の世界は、決して自分の世界ではない。
どれだけ食事が美味しく、孤独が少なくとも、正しい道足りえない。
そもそも、地中の世界を選ぶというのは同時に地上を裏切るということにもなって――。
「……選ぶ必要さえない……か。俺は……俺の生きる世界は……」
勇者と魔王という二つの重責。
地上世界の歪さに、地下世界の血を分けた少年。
そしてくり返しの死。
グリムの口から、吐息が零れた。
「――考えるのも、もう疲れた。俺の背は、そんなに大きくないんだよ……」
道を選び、先に進む。
グリムの後ろで、がこんと大きな音が鳴り、レバーが右側に傾いた。
ありがとうございました。




