21-バタフライエフェクト
本音を言えば、"もどき"について色々と尋ねたい。
その生態、その状況。
何故あそこまで憎まれているのか。
どうして、地下世界の住民と姿が似通っているのか。
けれどその話題は赤の他人がずけずけと踏み入って良いことではない。
デリカシー以前に常識の話だ。
『どうしてあんたらはこんなに恨まれて殺されてるんだ?』
もしも自分が同じ立場でそんなこと言われてもしたら、恨まずにはいられない。
だから、グリムは別の質問を投げた。
「あー、答えられないなら答えなくても別に良いんだけど、俺が来ることわかってたって感じだったよね? というか俺背後取られたし。あれが神託の力で良いのか?」
少し不思議そうに、モカは頷いた。
「その通りだとも。と言っても、君が来るとは思っていなかったがね、勇者グリムヴァルド」
「グリムで良い。呼び辛いだろ?」
「あ、ああ、感謝する。グリ、君が来ると知っていたわけではない。我々に下った神託は、『我々を追う者を攫い、話を聞けば生存出来る可能性が上がる』というものだった」
「ふむ……なるほど。俺がどうこうという感じじゃなくて、君たちが生きるパーツとして俺が選ばれた感じか」
「かもしれないし、違うかもしれない。神託がどういう働きをしてどんな結果をもたらすかは未知数なんだ」
「わからないで動いているのか?」
「ああ。わからないから、"最適解"が導き出せるんだ。人の道理ではたどり着けない答え。神のみぞ知る、という奴だな」
「ふむ……。神託って、一日に何度でも出来るのか?」
「調子次第だ。平均一日三回という辺りで、えと、調子が悪い時は一週間くらい使えない時もある」
「なるほど。今日は後何回使えそうかい?」
「残り一回は確実に」
「じゃあ、使ってみてくれないか? 興味がある。もちろん、俺に見られたくないとか何か事情があるなら、素直に言ってくれ」
「いや、全然かまわないが……正直見て楽しいものではないぞ? 外見に変化があるわけでもないし……」
「構わないよ」
「わかった。なら、そこで見ていてくれたまえ」
モカは静かに椅子に座り、ゆっくりと目を閉じる。
まるで世界から己を遮断し、内側を見つめている姿はまるで瞑想のようだった。
そうしてモカは静かに目を開き、透き通った瞳でグリムを見つめ――ぼふんと顔を真っ赤にして、両手で頭を覆いだした。
「ああ、ああああああぁ……」
「ど、どうした? 何かトラブルか?」
「トラブルというか……トラブルじゃないというか……これからトラブルというか……ええい! 勇気を出せ私! これまでどんな神託だってこなしてきたじゃないか!」
頬をぴしゃりと叩いた後、モカはずかずかと歩き、グリムの傍に。
そしてグリムの服の袖を掴んで、静かに見上げる。
顔は真っ赤で、目は潤んで、少し、可哀そうになるくらい慌てていた。
「えと、グリム。申し訳ないのだが、色々と協力してくれないだろうか?」
「あ、ああ。俺に出来ることなら……」
「うむ。なら、隣の寝室に来てくれ。私と、その……二人だけで……」
「……はい?」
「べ、別に初めて手を握った男の人にちょっと良いなとか、その程度で貞操を捧げるほど安い女ではないんだ! けど、予言に出たんだからしょうがないだろう! 君も協力してくれると言った! 男に二言はないだろ!」
「いやいやいやいや! 待て待て待て待て! そうじゃないだろ! ちょ、ちょっと落ち着け!」
「落ち着いていられないに決まっているだろう! わかっている。こんなちんちくりんで化外を抱きたくはないだろう! けれど、しょうがないじゃないか!」
「嫌とかじゃなくて、子供に手を出すほど俺は外道じゃねぇ!」
その一言にモカは怒りの形相を見せた。
「わ、私は二十八だ!」
「年上!?」
「煩い! 貧相なのはわかっている! ほら、年齢は問題ない! 早く来てくれ!」
「い、いや問題だらけだ! 子供たちも見てるし、それに……」
「それに何だ!?」
「お、俺は童貞だ!」
「だったら私で卒業したら良いだけじゃないか! はい問題なし!」
モカはぐいぐいと両手でグリムを寝室に押し込み、そして子供たちの方を見て……。
「いつも通りだから気にしないでくれ!」
それだけ言って、扉を乱暴に閉めた。
「待て。冷静になろう。というかなるべきだ。な? 我々は会話をする知性ある生き物だ!」
グリムは絶対に自分が言わないであろう知的な言い訳を披露しながら両手を前に出し、近づくモカに抵抗する。
あまりにも、あまりにも必死過ぎる説得だった。
正直に言えば、ギリギリだった?
嫌なんて思うわけがない。
人と違うと言われたって、耳程度。
気になるどころかむしろ逆にちょっと惹かれるまである。
だから、グリムはモカに対し、嫌悪感を覚えていない。
彼女を人であると、身体が自然と受け入れている。
だからこそ必死だった。
グリムは知っていた。
自分が、案外流されやすい性質であると。
グリムは馬鹿で、素直で、そしてどうしようもない。
つまり、ただの『男』だった。
「だって……だって、予言が……。それにこんな機会ないと私は経験も出来ないだろうし。ほら、死ぬ前には的な?」
見上げながら、そのままモカは接近する。
グリムは、両手で必死にモカを牽制した。
「断りにくい方法から攻めるのも止めてくれ……」
「だが、事実だ。それにな、今回の神託は、聞かないと大分不味い感じなんだ」
「……予言の内容について、教えて貰うことは出来るかい?」
「ああ。『男と二人だけで寝室に向かえ。そうでないと子供たちの命はない』と。なので――」
不安な表情で、慌てるような早口でモカは告げる。
いつだって、神託は曖昧なものだった。
なのに、今回に限って『子供たちの命はない』と断定している。
だから、モカは勇気を振り絞っていた。
「その予言だと、そういう行為をしろとは言われてないだろ。部屋に入れば良いだけじゃ……」
「男女二人で寝室で何もないと考えるには無垢過ぎると思うが?」
「いやいや。流石にこれが子供たちを救うとは思えない。きっと他に理由が――」
そこまで言ってから、グリムははっとして、あることに気づく。
背中に、ぞわりとした恐怖が走った。
違う、そんなわけない。
そう思いたいのだが、それは『彼女と愛し合えば子供が助かる』ほど突拍子もないことではなかった。
予言に従わないと、子供の命はない。
つまりそれは、あのままだと子供がみんな死んでいたということで――。
「モカ!」
「ひゃ、ひゃい!?」
両肩を掴まれ、モカの心臓は大きく高鳴る。
けど、それはグリムの顔を見るまで。
グリムの顔からは、強い怯えと焦りしか感じられなかった。
「すぐにガキ共を逃がせ!」
「……へっ?」
「違うそうじゃない。予言の意味は……俺があいつらの傍にいることが不味いんだ!」
「そ、それはいったいどういうことだい!?」
「すまん。たぶんだが、俺は後をつけられて――」
直後――爆弾が爆発したような衝撃が襲い掛かった。
衝撃からモカを庇いながら、グリムは衝撃の方向に目を向ける。
家の壁が完全に破壊され、砂煙の向こうに黒い影か浮かぶ。
影はゆっくりと近づいてきて――。
そこに、エイメスが立っていた。
ありがとうございました。




