18-モドキ
グリムたちが到着した時には、既にフードの子供は路地奥で十数人に追い詰められていた。
最後の逃げ道を塞ぐよう、アレインがそこに立つ。
「一体こいつが何を……」
グリムが呟きを遮るよう、民衆の手がフードに伸び、引きちぎるよう取り払われる。
直後、人込みの中から、小さな悲鳴が上がった。
グリムはその光景を見て、静かに息を飲む。
そこにいた少年の頭には、人間の身体には存在しないものが露わとなっていた。
――獣の耳。
「やっぱり……モドキだ!」
モドキ、モドキ、モドキ、モドキ!
民衆は熱狂するように叫び、少年は静かに怯える。
「ごめ……ごめんなさい。すぐに帰ります。何もしてません。何も盗ってません。僕は何も……だから……」
震え、半泣きで少年は繰り返し呟いていた。
これまで、嘘をつく人間はごまんと見てきた。
だからこそ、少年の言葉が嘘でないことはわかった。
それ以前に……これほど人に対し怯えているのだ。
何か悪さする余裕なんてあるわけがない。
なのにどうして、彼らはこんなにも、憎しみを向けているのだろうか。
わからない。
わからないのに、気持ち悪くて、嫌な予感がしてしかたがなかった。
グリムは、アレインの肩を叩く。
少年を助けよう。
そのように声をかけようとしたその瞬間だった。
少年の身体に、剣が突き刺さったのは――。
「……えっ」
少年は目を点にして、自分の身体に刺さる剣を見つめる。
その剣に、グリムは見覚えがあった。
――自分が、アレインに贈った剣だった。
「汚らわしい。後で洗わないと」
蔑んだ目で、アレインは剣を引き抜き、共に贈った指輪にしまい直した。
「申し訳ありません。せっかくグリム様から頂いたプレゼントなのに……」
アレインはそう言って、申し訳なさそうに微笑む。
少年への憎しみや怒りでなく、少年を刺したことへの罪悪感でもなく。
ただ、剣を汚したことだけを気にしていた。
なんで……そんな顔で、笑えるのだろうか。
世界が、凍えていく。
まるで頭から冷水をぶっかけられたような、そんな気分だった。
アレインの背後で、少年が袋叩きにされていた。
踏みつけられ、嬲られ、刃物で突き刺され。
こんなのはおかしい。
そのはずなのに……何故、誰も止めない?
何故、誰も彼もが同じように少年を攻撃している?
そこに恐怖も、躊躇いもない。
それどころか、戦場特有の狂気や殺意さえも。
彼らの行動は、まるで虫けらを潰すようで――。
混乱と無力感がグリムの中に渦巻く。
『汚れし魂よ、偽りを受けいれるべからず――メギド・フレア』
誰かが呪文を放ち、少年の身体を焔が包む。
町中で攻撃呪文なんて死罪にされたっておかしくないのに。
それなのに、誰も、そのことを咎めない。
いや、むしろ彼らは追従していた。
「メギド・フレア」
「メギド・フレア」
「メギド・フレア」
まるで当たり前のように、皆が同じ呪文を唱える。
ダンジョン探索なんてしたことなさそうな主婦や、腰が曲がり日常生活さえ困ってそうな老人まで。
「グリム様の代わりにやっておきますね」
「待っ――」
「『汚れし魂よ、偽りを受けいれるべからず――メギド・フレア』」
焔が、重なる。
子供の亡骸が……今にも亡骸となりそうだった少年が、火葬されてゆく。
いや――これは火葬なんて慈悲ではない。
存在そのものの拒絶であり、根絶。
死の一瞬さえも冒涜する、そのための力。
最後の一瞬まで存在することを許さないそれは、悪でさえない。
彼らにとってこの行いは、感情を揺らすことすらない……ただの、【常識】だった。
「……なぁ、アレイン」
顔を撫でる熱気に吐き気を覚えながら、グリムは口を開く。
「はい。なんでしょうか?」
「前の俺はさ……モドキについて、何か言ってたか?」
「ん? そうですね。あまり、見たくないって悲しい顔で言ってました。汚らわしくて見るのも嫌だったんでしょうね。気持ちはわかります」
そう、ニコニコとしながらアレインは言い放った。
――違う、見たくないのは、そんなことを平然とするお前だよ。
そう、口が裂けても言えなかった。
受け入れたくなかった。
勘違いだと思いたかった。
けど、もう駄目だ。
気づいてしまったなら、そんな言い訳は出来ない。
記憶のあるなしなんて関係がない。
この世界は――いや、自分以外のすべては、どうしようもないほどに、歪んでいる。
ずっとこの世界で感じていた孤独感。
それは……気のせいなんかじゃなかった。
静かに、空を見上げる。
遠いはずの銀幕が、自分を押し潰そうとしているようだった
ありがとうございました。




