結.いつまでも……どこまでも……
聖女は夢を見る。連綿と続いてゆく、歴史の軌跡—―悪夢。
歴史のひとつひとつ、刷り込まれた記録達。
それは、『罪』『咎』『私欲』のまま、殺戮し、略奪し、謀、背信、うらぎりの、逃れえぬ繰り返し。
血に塗れ、呪われた、憎しみの連鎖。
そしてまた、どこかで誰かが……
夢を見る。遠く、遠く、犯したその罪の醜い軌跡を……
次元の狭間は、時間も空間も曖昧な場所であった。光も闇も混ざり合う、現実とも夢ともつかない混沌としたまどろみの世界で、闇堕ち聖女はその身をゆだねるかのごとく漂っていた。
彼女の耳には、無数の声が届く。それは祈りでもあり、願いでもあり、時に傲慢な命令でもあった。
無数の次元、無数の世界から、聖女を呼び求める声が、絶えることなく彼女のもとへ流れ込んでくる。
ある世界では、戦争に勝利するため聖女の力を手に入れようとする軍国が儀式を行っていた。
別の世界では、富と権力を独占せんとする魔術師が禁呪を唱えていた。
また別の世界では、単に伝説を実証したいという学者の好奇心が儀式を動かしていた。
「また……ですか」
闇堕ち聖女はそれら全てを感知した。次元を超えて届く波動を、彼女の耳は逃さずキャッチする。そして、ためらうことなく次元の壁を踏み破った。
―——
軍国では、数万の兵士から注目を浴びている召喚陣に、黒い炎を纏った闇堕ち聖女が降り立った。軍国の兵士たちは、勝利の女神が降臨したと歓喜の声をあげたその直後、絶叫に変わっていった。闇の炎が兵士だけを選び、燃やし尽くしたのだ。鎧も武器も肉体も、欲望に染まった魂さえも、黒い炎の中に消えていった。
軍国がその後どうなったか、闇堕ち聖女は知らない。圧倒的武力で他国を蹂躙していた国が、その武力の核を失えばどうなるか──想像に難くない。
魔術師の実験室では、複雑な魔法陣の中心に闇堕ち聖女が現れた。彼女は一言も発せず、魔術師が生涯をかけて集めた魔法書、研究ノート、魔法道具、それら魔術師の命よりも大切にしていた数々を闇の炎で包み込んだ。魔術師は泣き叫び、止めるよう懇願したが、闇の炎は止まらない。最後に残ったのは、全てを失い、生きる意味さえ焼かれた『真っ白に燃え尽きた』男だけだった。
学者の図書館では、状況が少し異なった。彼は純粋な好奇心から儀式を行い、聖女を利用する意図はなかった。闇堕ち聖女は禁断の知識を記した書物を闇の炎で焼き尽くしたが、学者の命は奪わなかった。命の代わりとして、彼の魂に“制約”を刻んだ。
“語り継ぎなさい。『聖女召喚』がもたらす結末を”
学者はその後、語り部となった。『闇堕ち聖女』の伝説を、決して呼び出してはいけない存在として、世界に広めた。
こうした闇堕ち聖女の行動は、滅びの跡地や生き残った者たちの証言を通じ、次元を超えた伝説となっていった。
“聖女召喚を行えば、闇の炎を纏った『闇堕ち聖女』が現れ、全てを燃やし尽くす”
この伝説は警告として、無数の世界で語り継がれた。多くの文明で、『聖女召喚』は禁術として法典に刻まれ、教育で教えられ、人々の共通認識となった。
―——
あれから、気の遠くなるような時間が流れた。
百年、五百年、千年、二千年──
自身が『闇堕ち聖女』となってから、どれだけの時間が経過したか、彼女自身覚えてないほどの時間が過ぎた。
いくつもの国を……人を……世界を、闇の炎で燃やし尽くしてきた『闇堕ち聖女』の伝説は、途切れる事なく語り継がれてきた。
それでもなお、『聖女召喚』を試みる者は後を絶たなかった。
人間の“傲慢”、“欲望”、“絶望”は、簡単に消えないものだった。
ある世界では、禁じられたことを知っていながら、「自分たちだけは特別だ」と信じる王がいた。
別の世界では、伝説を単なるおとぎ話と嘲笑う合理主義者がいた。
また別の世界では、絶望の果てに、どんな代償でも払う覚悟で儀式を行う者たちがいた。
「また……ですか」
次元の狭間のまどろみの中、闇堕ち聖女は新たな呼び声を感知し、ため息をついた。
彼女にとって、動機は関係なかった。善意であろうと悪意であろうと、無知であろうと故意であろうと、『聖女召喚』という行為そのものが、彼女の審判の対象であり、有罪であり、闇の炎で燃やし尽くす対象だった。
ある時は純白の衣装をまとった少女の姿で現れ、涙を流しながら闇の炎で全てを燃やした。
ある時は冷酷な戦士の姿で現れ、無言のまま闇の炎を浴びせた。
姿は変われど、その本質は変わらない――かつて理不尽に酷使され、処刑されかけた聖女セリアの、次元を超えた復讐だった。
――闇の炎に抱かれて消えなさい。
闇の炎は愚者を焼き尽くし、欲望を灰に帰す。
――塵も残しません……全て滅びよ!
闇の炎が、国の全てを飲み込む。
――さようなら。もう二度と会う事はないでしょう。
感傷に浸ることなく、次元の狭間へと帰る。
何度も繰り返される、愚者への警告という名前の滅び。
それでもなお、繰り返される『聖女召喚』
『闇堕ち聖女』となったセリアの復讐という名前の戦いは、まだ終わらない。
次元だけでなく、時空すらも超えて、これからも続いていく。
いつまでも……どこまでも……?
夢の終わりはどこへ向かう?
まだ知りえぬ光の先へ、ここのつこがねの今際まで、聖女は夢を見る。
終わらない悪夢、続いていく悪夢、進化する歩みを止めない限り。
血塗られた歴史、呪われた歴史、これからも続いてゆくだろう。
夢を見る。遠く、遠く、その罪は、その咎は、絶やす事など出来ずに……
聖女よ、聖女よ、何故躍る?
聖女よ、聖女よ、何故躍る?
愚者の心がわかって、おそろしいのか?
そして今、夢の続きを、新たに刻みはじめる……
追伸:元ネタを知りたいなら『胎児の夢』でググってみよう




