転.闇の炎に抱かれて消えなさい
愚か者よ! 何ゆえもがき 生きるのか?
滅びこそ我が喜び。死にゆく者こそ美しい。
さあ、わが闇の炎の中で息絶えるがよい!
エルガリア王国の聖堂で、かつての自分。遠い過去を見つめていた闇堕ち聖女はゆっくりとその意識と視線を愚か者達に向けた。
「次は私が問いましょう。あなた方は、『聖女召喚』の儀式を行いました。それは聖女を、救世主を、ただ都合よく利用するためにですか?」
「違います!私たちは王国を救うために……」
ヴァルターが必死に抗弁する。 闇堕ち聖女の視線はさらに冷たく、鋭くなった。
「救うためですか。かつての私は、その言葉を疑う事なく信じていました。ですが、あの方達は救済を求めてはいなかった。あの方達は、自分たちの責任を、他者に押し付ける都合の良い存在が欲しかっただけ。
『聖女召喚』とは、他力本願の極致。自分たちで困難を乗り越える努力もせず、召喚という手段で、無関係な者を引きずり出し、その人生を犠牲にさせてまで自分たちを救わせようとする行い……違いますか?」
闇堕ち聖女の問いかけに、ヴァルターは返答できなかった。彼の沈黙が、すべてを物語っていた。
それでも、王国のためにっという免罪符を盾に否定しようとしたが、それよりも前に彼女が錫杖を床に叩きつけた。
コンッ
その小さな音と同時に、聖堂全体が震え始めた。床に描かれた複雑な魔法陣が、蜘蛛の巣のようにひびが入った。原型こそ残っていても、この先二度と儀式は行えないだろう。
「私は、このような理不尽を許しません。よって『聖女召喚』を試みた国に、審判を下しましょう」
闇堕ち聖女の全身から漆黒の炎が噴出され、聖堂の空間を歪ませた。光と影の境界が曖昧になり、聖なる場所であったはずの聖堂は、急速に異界の様相を帯び始めた。
錫杖からは、暗黒の波動が放射され、大理石の柱や壁を浸食していく。聖堂に刻まれた神聖な紋章は色を失い、代わりに禍々しい闇の模様が浮かび上がった。
そこで、ヴェルターは……ヴェルター達は悟った。
なぜ、『聖女召喚』が禁断の儀式と定められたのかを……
なぜ、『聖女召喚』を行った国が例外なく滅びを迎えたのかを……
その答えはただ一つ。
目の前の彼女、『闇堕ち聖女』が滅ぼしたからだ。
ヴェルターたちは逃げようとしたが、足元が闇に縛りつけられてしまった。もはや逃げることはできない。
ヴァルターは必死に跪き、両手を合わせて許しを請うた。
「お許しください!私たちは無知だったのです!ただ、本当に王国を救いたかっただけなのです!」
そんなヴァルター達に、闇堕ち聖女は淡々と告げる。
「無知は罪を軽くしません。いや、むしろ知らない事こそが重罪。特に、それが国の中枢を司る者であれば、断じて許されません。『闇堕ち聖女』の名において、あなた方を有罪とします。あなた方は……」
――闇の炎に抱かれて消えなさい。
その瞬間、セリアの全身からあふれ出た闇の炎が、聖堂に居た者全員を包み込んだ。
「ぬわーーっっ!!」
「ぎょえーーっっ!!」
「ぎゃ!!」
悲鳴が聖堂に響き渡った。闇の炎に包まれた者たちは、かつてのセリアが味わったのと同じ痛みに苛まれる。さらに、この炎は物理的な焼け焦げる痛みだけでなく、精神的な苦痛も与える。その苦しみの強さは、各人の『他力本願』の度合いによって増幅される。聖女を都合の良い存在として扱おうとした思いが強ければ強いほど、魂を焼き焦がすのだ。
闇堕ち聖女は冷静に彼らの苦しみを見つめた。その苦悶の表情から、在りし日の自分が救おうとした者たちと同類であることを確信した。傲慢で、無責任で、他者に依存するしか能のない者たち。
「お、お許しを……我々が間違ってました!!お許しくださぃぃぃぃぃ!!!」
ヴァルターは必死に謝罪を叫び続けていた。他の聖職者たちも、懇願し、泣き叫び、後悔の言葉を吐いた。
しかし、どんなに彼らが嘆き、苦しみ、後悔しようとも、闇堕ち聖女の心に響かない。
彼女の心にあるのは――尽きる事なく湧き出る、“復讐心”のみ。
――塵も残しません……全て滅びよ!
闇堕ち聖女は、溢れ出る感情に全てを委ねるかのように、さらに大量の闇の炎を放出した。その炎は聖堂の壁を破り、窓から溢れ出て王都へと広がる。
家々を飲み込み、逃げ惑う人々に容赦なく襲い掛かる闇の炎。貴族も、貧民も、差別なく平等に闇の炎が包みこむ。理不尽な権力構造を、貪欲な支配者を、無責任に聖女に依存した民衆を――その全てを包み込んでいった。
王都を焼き尽くしても、闇の炎は止まらず、王国の全領土を覆い尽くしていった。
遠い街や村から断末魔の悲鳴が響き、山々は黒く焼け焦げ、川は炎で沸き立つ漆黒の流れと化し、森は灰と化した。
闇の炎が消えた頃には、エルガリア王国に、誰一人生きている者は残っていなかった。闇の炎が文字通りに全てを燃やし尽くしたのだ。
――さようなら。もう二度と会う事はないでしょう。
闇堕ち聖女は感傷に浸ることもなく、足をとんっと踏み鳴らして空間に細かな亀裂を入れた。さらにもう一度踏み鳴らす事で次元の狭間への扉が開き、彼女はゆっくりとその中へ入り込む。扉が閉じると同時に、彼女の姿は消え、『聖女召喚』の残骸を残した聖堂の廃墟だけが残された。
こうして、エルガリア王国は禁断の儀式を行った事で滅びた愚かな国として、世界の歴史に刻まれるのであった。
王国歴199x年。
世界は、闇の炎に包まれた!
海は枯れ、地は裂け、王国の生物が死滅した!




