承.闇堕ち聖女の降臨
恐怖しろ!そして慄け!一切の情け容赦無く、一木一草尽く!
愚者を討ち滅ぼす者の名は、セリア!闇に落ちた聖女となる女!
魔法陣の光は突然、漆黒に変わった。青白い光は渦を巻きながら、漆黒の闇へと飲み込まれた。
聖堂の温度が急激に下がり、壁に霜が走った。大理石の床が軋み、聖堂に吊るされた聖なる鐘が一斉に微かに震え始めた。それは警告の音だったが、今ここにいる者たちにはもう遅すぎた。
「何が……起こっている?」
ヴァルターの声は恐怖に震える。魔法陣から漏れ出すのは聖なる気配ではなく、凍りつくような憎悪と絶望の波動だった。
もしかして、とんでもない者を呼び出してしまったのでは……その可能性に、ヴァルターはごくりと喉を鳴らす。
魔法陣の中心から、まずは衣が現れた。それは聖典に描かれていた聖女の純白の衣装を彷彿とさせるが、色は喪服のように黒く、縁取りには暗金色の刺繍が施されていた。その刺繍は一見すると神聖な紋様のように見えたが、よく見ればそれは炎に焼かれる人々の姿だった。次に、長く艶やかな銀髪が現れ、最後に、その人物全体が姿を現した。
彼女は美しかった。完璧なまでの彫刻のような顔立ち、透き通るような白い肌。だが、その目は――かつては慈愛に満ちていたはずのその瞳は、深淵のように暗く、冷たい光を宿していた。その手には、聖女の持つべき聖なる杖ではなく、黒水晶でできた、不気味に輝く錫杖が握られていた。
「また……ですか」
彼女の声は、あらゆる感情を超越した、静かな怒りの音色だった。その声が響くだけで、聖堂の空気がさらに重くなり、ヴァルターの息が苦しくなった。
「あなたが聖典にあった聖女セリア様……ですか?」
ヴェルターが恐る恐る問うた。邪悪な気配を漂わせようとも、『聖女召喚』で呼び出したのであれば、彼女は聖女である。そんな期待を込めた問いかけに、彼女は冷ややかな笑みを浮かべながら応える
「これまた懐かしい名前を聞きましたね。その聖典に何が書かれてるかは知りませんが、かつての私は確かに聖女セリアと呼ばれてました」
「な、なら……是非とも我が王国の危機を救ってください」
ヴェルターの訴えに、彼女は冷たい笑みを返す。
「ふふ……かつての私。聖女セリアと呼ばれていたあの頃の私であったなら喜んで救っていたでしょう。でも、今は……違います。今の私は名も無き『闇堕ち聖女』。ある方々からそう呼ばれた事を切っ掛けに、私はそう名乗る事としました」
かつてのセリアはふと視線を遠くに向けながら、過去の記憶を……まだ聖女と呼ばれていた頃の記憶を思い浮かべた。
―——
セリアはかつて、別の世界で召喚された聖女だった。
その王国もまた、危機に瀕しており、彼女を「救世主」として迎え入れた。最初は温かく扱われた。だが、それは長くは続かなかった。
彼らは彼女の力を貪欲に求め、癒しの力を無限に搾り取った。彼女が疲弊すればするほど、彼らはより多くの力を要求した。
「聖女様ならできるはずだ」
「我々を救うのはあなたの義務だ」
その欲望を叶えさせるため、彼らは彼女を神殿に閉じ込め、休息さえも与えなかった。
彼女が人間であること、限界があることを、彼らは認めようとしなかった。やがて、力を使い果たし、瀕死の状態に陥った彼女に、彼らはこう言い放った。
「聖女の力が衰えたのは、彼女が罪を犯したからだ」
彼らは彼女を異端者として告発。彼女を『闇堕ち聖女』として、火刑を宣告した。かつて彼女を称えた民達が、今や彼女に石を投げつけ、罵声を浴びせた。処刑台の上で炎が彼女を包み込んみ、死に瀕した瞬間、彼女は神に問いかけた。
“神よ……なぜ、こんな理不尽が許されるのですか?”
その問いかけに、応答があった。彼女が想像もしなかった形で顕現した。“神”が彼女に宿り、力を与えたのだ。
しかし、彼女に宿った“神”が、本当に“神”だったかどうかはわからない。もしかしたら、“悪魔”や“悪霊”の類だったのかもしれない。あるいは、彼女自身の絶望が形を成した“ナニカ”だったのかもしれない。
わかるのは……宿った“ナニカ”は、彼女の“嘆き”と“絶望”と“怒り”と共鳴し、新たな力を生み出した事だった。
新たな力を得た彼女は自身を包む炎を己の力として取り込んだ。いつのまにか出現していた錫杖を手にし、取り込んだ炎を新たな力を上乗せした炎……自身の“嘆き”と“絶望”と“怒り”が宿った闇の炎として放出。
それは彼女を利用した者たち、彼女を裁いた者たち、そして、ただ傍観していただけの者たちさえも、皆平等に包み込んだ。
―——
「あははははは……そうですか、これが……これが、“神”の答えですか」
全てを塵一つなく燃やし尽くした後、空に向かって狂ったかのように笑う彼女は気付いた。知った。
彼女が得た新たな力は黒い炎を生み出すだけでない。世界を隔てる次元の壁を破る力があった事。『聖女召喚』を試みる者の声を拾える事。
そして……『聖女召喚』という、他力本願な考えを持つ者が、自らの欲望を叶えるために聖女を利用する者たちが、次元を隔てた多数の世界で無数に存在する事を……
「いいでしょう。それが“神”の望みというなら、私の新たな使命というなら、応えてやりましょう……」
――『聖女召喚』を遂行する、愚かな者達を闇の炎で燃やし尽くす“闇堕ち聖女”として
この日、『聖女セリア』は死んだ。そして、新たに生まれたのが……
尽きることない“嘆き”と“絶望”と“怒り”、それらを統合した“復讐心”から生み出される闇の炎を纏った聖女。『闇堕ち聖女』であった。
その者 黒き衣をまといて、終末の野に降り立つべし。
失われた黒炎との絆を結び ついに人々を滅びの終焉にみちびかん




