4.
森は静まり返っていた。
夜露を含んだ草が、調査隊のブーツの下でわずかに音を立てる。
エーテリオンの光は、木々の隙間から青く滲んで見えていた。
エリカは手を上げた。
「停止」
隊員たちが一斉にしゃがむ。
一人が低い声で言う。
「どうしました」
エリカはヘルメット内の表示を見つめていた。
センサー画面に、奇妙な反応が出ている。
「熱源……一つ」
「動物ですか?」
「いや」
彼女は首を振った。
「人間サイズだ」
隊員たちは一斉に周囲を警戒した。
この森に人間がいる可能性は低い。
エーテリオンの住民なら、普通は都市郊外に出ない。
それに。
反応は――
動いていない。
まるで、最初からそこに立っていたかのようだった。
エリカが囁く。
「前方二十メートル」
全員が武器を構える。
「接近する」
彼らはゆっくり進んだ。
十メートル。
五メートル。
そして――
木々の間から、人影が現れた。
若い男だった。
黒髪。
旅人の服。
背中には、大きな鞄。
そして。
彼は、まるで待っていたかのように、立っていた。
沈黙。
風が木の葉を揺らす。
先に口を開いたのは、男のほうだった。
「こんばんは」
調査隊は一瞬、反応できなかった。
その声はあまりにも普通だった。
まるで街中で偶然出会った旅人のような口調だった。
男――エルは、調査隊の装備を興味深そうに眺めた。
「へえ」
彼は言った。
「外骨格スーツか。身体強化機能と……、オーバードライブ機能もあるのかな?」
隊員の一人が思わず反応した。
「何でそれを――」
エリカが手で制した。
彼女は一歩前に出た。
「あなたは?」
エルは肩をすくめた。
「旅人」
「こんな森の中で?」
「まあ」
彼は笑った。
「ちょっと都市を見に来ただけですよ」
エリカは黙って彼を観察した。
生体センサーを確認する。
心拍。
呼吸。
体温。
すべて正常。
だが奇妙なことが一つあった。
マナ反応が異常に高い。
まるで、周囲のマナが彼の周りに集まっているようだった。
エリカは静かに言った。
「あなた、ウィザード?」
エルは少し考えてから答えた。
「いや」
そして、あっさり言った。
「魔法は専門外です」
隊員たちがざわめく。
エリカは次の質問を投げた。
「名前は」
男は答えた。
「エル」
その名前を聞いた瞬間。
調査隊の全員のヘルメットに警告が表示された。
SIGNAL LOCK DETECTED
隊員が叫ぶ。
「隊長!」
エリカのディスプレイにも、同じ文字列が流れていた。
IDENTITY MATCH : DESIGNER CLASS
一瞬、思考が止まる。
目の前の青年。
旅人のような男。
それが――
設計者?
エリカはゆっくりと言った。
「……あなたが」
彼女は言葉を選んだ。
「設計者ですか」
エルは、きょとんとした顔をした。
「設計者?」
彼は少し考えてから言った。
「ああ」
そして、あっさり頷いた。
「多分それ、俺ですね」
沈黙。
森が凍りつく。
隊員の一人が思わず言った。
「冗談だろ……」
エルは困ったように笑った。
「いや、冗談じゃないんだけど」
彼は空を指差した。
エーテリオンの塔が遠くで光っている。
「あれ、俺が作ったんですよ」
エリカの脳が、その言葉を処理するまで数秒かかった。
「……一万年以上前の構造物だ」
エルは頷く。
「そうですね」
「あなたは十七歳くらいに見える」
「よく言われます」
隊員の一人が呟いた。
「頭がおかしいのか……」
エルは少しだけ考えてから言った。
「まあ、普通はそう思うよね」
そして彼は調査隊の装備を指した。
「でもさ」
「地下シェルターの人たちが、こんな装備で地上に来てる時点で」
彼は微笑んだ。
「普通じゃないでしょ」
その瞬間。
調査隊全員の背筋に寒気が走った。
エリカが低く言う。
「……どうしてそれを知っている」
エルはあっさり答えた。
「簡単ですよ」
彼は指を軽く鳴らした。
その瞬間。
隊員たちのセンサーが一斉にエラーを吐いた。
UNKNOWN SYSTEM ACCESS
エルは笑った。
「だって」
静かに言った。
「そのシステムも俺が作ったんだから」
遠くのエーテリオンで。
静謐の塔の光が、さらに強くなった。
まるで。
主の帰還を祝うかのように。




