2.
地上から数千メートル。
岩盤を幾重にも貫いたその最深部に、地下シェルター群〈アーカイヴ層〉は存在していた。
そこには空がない。
代わりにあるのは、無数の人工灯だ。
白く、冷たく、時間の概念を忘れさせる光。
巨大な空洞の内部には、都市のような構造物が階層状に積み重なっていた。居住区、農業区、工業区、そして中央管理区。すべては鋼鉄とコンクリートで組まれ、規則的な直線だけで構成されている。
地上の魔法都市エーテリオンが幻想的な光景だとすれば、ここはその対極だった。
機能だけが存在する世界。
「地上でマナ反応の異常が発生しました」
中央管理区。
巨大なホログラフィックディスプレイの前で、オペレーターが報告した。
部屋には十数人の監視員が並び、コンソールに向かっていた。
彼らの背後には、巨大なスクリーンが広がっている。
そこには、地球の地殻構造と、地上の魔力分布を示すマップが表示されていた。
赤い点が、一つ。
ゆっくりと脈打っている。
「場所は?」
「魔法都市エーテリオン」
部屋の空気がわずかに変わった。
奥の席に座っていた男が顔を上げた。
白髪混じりの髪を後ろに撫でつけた、年配の研究者だ。
「エーテリオン……」
彼は低く呟いた。
「またあの都市か」
オペレーターが続ける。
「塔構造体の出力が急激に上昇しています。マナ流量、通常値の三倍」
「暴走か?」
「いいえ」
オペレーターは一瞬ためらい、それから言った。
「信号……、メッセージだと推測されます」
「メッセージ?」
研究者の眉がわずかに動く。
「どこに向けてだ」
「……不明です」
スクリーンのデータが切り替わった。
そこには、奇妙なパターンの波形が表示されている。
周期的に繰り返される、規則的な信号。
それは自然現象ではありえない。
完全な人工パターンだった。
研究者は立ち上がり、スクリーンに近づいた。
しばらく無言で見つめる。
やがて彼は言った。
「これを解析したのか?」
「試みていますが……」
オペレーターが困惑した声で答えた。
「言語体系が一致しません。既存の魔法文明のルーン体系にも、旧人類のデータベースにも該当なし」
研究者は腕を組んだ。
「……当然だろう」
彼の声は静かだった。
「それは我々の文明のものではない」
部屋の空気が凍った。
若い監視員が恐る恐る尋ねる。
「では……何の信号なんです?」
研究者はしばらく黙っていた。
そして、低い声で言った。
「アーキテクト言語だ」
「……アーキテクト?」
「グレイ・グー」
その言葉が出た瞬間、数人が顔を上げた。
この地下シェルターで、その単語はほとんど禁句だった。
第三次世界大戦の後、地表で増殖を始めた自己増殖ナノマシン群。
それが後に、魔法文明の基盤となるマナ生成装置へと変質した。
だが。
その設計者は、誰なのか。
今も分かっていない。
研究者はスクリーンに触れ、信号を拡大した。
「この都市は、ただの魔法都市ではない」
彼は呟く。
「グレイ・グーの制御ノードだ」
「制御……?」
「つまり」
研究者は振り返った。
「地上の魔法文明は、我々が知らない誰かのインフラの上に建っている」
誰も何も言わなかった。
遠くで機械の駆動音だけが響く。
やがて、別のオペレーターが声を上げた。
「司令」
「何だ」
「信号の宛先が分かりました」
「……どこだ」
オペレーターはゆっくりと言った。
「都市内部です」
研究者の目が細くなる。
「エーテリオンか?」
「はい」
「対象は?」
沈黙。
そして、答え。
「……個体識別信号です」
研究者は一瞬、意味を理解できなかった。
「個体?」
「はい」
オペレーターの声は震えていた。
「塔が誰かを認識しています」
「誰を?」
スクリーンに新しいデータが表示された。
顔写真はない。
名前もない。
ただ一つの文字列だけ。
IDENTITY : DESIGNER CLASS
研究者は、ゆっくりと息を吐いた。
「……馬鹿な」
誰かが呟く。
「設計者なんて、もう一万年以上前に――」
研究者はその言葉を遮った。
「違う」
彼はスクリーンを見つめたまま言った。
「現れたんだ」
そして静かに続けた。
「地上に」
同じ頃。
魔法都市エーテリオン。
駅前の広場で、エルは空を見上げていた。
塔の光は、まだ続いている。
誰もその意味を理解していない。
街の人々は、ただ不安そうに空を見ているだけだった。
エルだけが、違った。
彼は小さく呟いた。
「……ああ」
まるで、久しぶりの友人を見つけたような声で。
「動いてる」
そして笑った。
「やっと起きたか」




