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1.

 エーテリオンの中心には、「静謐の塔」と呼ばれる白い尖塔がそびえていた。


 塔は地上から見上げれば雲を突き抜けているように見え、その基礎は街の地下深く、古代の層にまで到達していると言われていた。塔の外壁には文字のようにも、植物のようにも見える複雑な紋様が刻まれており、夜になるとそれらが青白く発光する。


 それは単なる装飾ではない。


 マナの流れを整え、都市全体に行き渡らせるための巨大な魔法回路だった。


 エーテリオンが「魔法都市」として成立しているのは、この塔の存在によるところが大きい。塔の最上階には「マナ観測院」があり、都市に流れ込むマナの量や性質を監視している。もしマナの流れが乱れれば、魔法の乗り物は空中で停止し、建物を浮かせる術式は崩れ、都市はただの廃墟へと落下するだろう。


 そのため観測院のウィザードたちは、都市でも特に尊敬される存在だった。


 もっとも――


 彼ら自身は、そこまで誇らしく思ってはいなかった。


 理由は単純である。


 この塔が、誰によって造られたのか分からないからだ。



 ある夜。


 エーテリオンの上空を、マナ機関車が静かに滑っていた。空中に浮かぶレールの上、青い光を引きながら走る乗り物である。


 その最後尾の客室に、一人の少年が座っていた。


 彼の名はエル。


 黒髪で、年齢は十七ほど。衣服は旅人のものだったが、その背には明らかに不釣り合いなほど大量の本を詰めた鞄を背負っていた。


 彼は窓の外を見ながら、呟いた。


 「……なるほど。やっぱり都市構造が妙だ」


 隣に座っていた老婦人が怪訝そうな顔をした。


 「妙?」


 「ええ」


 エルは微笑みつつ窓の外を指さした。


 「街の魔法回路、全部があの塔を中心に組まれている。でも設計思想が一貫してないんです」


 「設計思想?」


 「魔法文明のものじゃない。むしろ……」


 そこで彼は言葉を切った。


 代わりに、小さく笑った。


 「古い技術ですね。とても古い」


 老婦人は首をかしげた。


 「あなた、魔法学院の学生さん?」


 「いえ」


 エルはあっさり言った。


 「ただの物好きですよ」


 それは半分本当で、半分嘘だった。


 列車がエーテリオン中央駅へと到着したとき、夜はすでに深くなっていた。


 駅の天井には巨大なマナ結晶が吊るされており、淡い青光がホームを満たしている。人々は浮遊する荷車を引きながら、静かに行き交っていた。


 エルは改札を抜けると、しばらく立ち止まり、街を見回した。


 魔法都市エーテリオン。


 浮かぶ建物。

 空中道路。

 マナ灯のネオンサイン。

 楽しげな音楽を魔法卓で奏でる酒場。


 どこを見ても、魔法文明の極致と呼べる光景だった。


 だが。


 エルは、誰にも聞こえない声で言った。


 「……おかしい」


 彼は空を見上げた。


 静謐の塔が、夜空に突き刺さっている。


 その外壁の紋様は、ゆっくりと光を明滅させていた。


 エルはそのパターンをしばらく観察し、そして確信した。


 「あれは文字だ」


 魔法陣ではない。


 言語だった。


 しかも――


 彼の知る、どの魔法文明の言語でもない。


 「グレイ・グーのアーキテクト言語か……?」


 エルの声は、わずかに興奮していた。


 もしそうだとすれば。


 この都市は、単にマナが豊富な場所に建てられたのではない。


 意図的に作られた都市ということになる。


 しかも。


 一万年以上前に。


 エルは小さく息を吐いた。


 「面白い」


 彼は鞄を背負い直した。


 「ちょっと調べてみるか」


 その瞬間だった。


 突然、塔の光が強くなった。


 次の瞬間。


 都市中のマナ灯が、一斉に明滅した。


 駅の人々がざわめく。


 「何だ?」


 「マナが揺れてるぞ!」


 遠くで警鐘が鳴り始めた。


 エルは静かに塔を見上げた。


 塔の紋様が、先ほどとは違う順序で光り始めている。


 それは明らかに――


 信号だった。


 しかも。


 誰かに向けて発せられている。


 エルは、しばらくそれを観察してから、ぽつりと言った。


 「……なるほど」


 そして微笑んだ。


 「歓迎されてるらしい」


 その時、エーテリオンの地下深く。


 静謐の塔の最下層で、一つの装置が静かに起動していた。


 起動理由:識別信号検出


 対象:人類個体


 識別結果……


 一致率:99.982%


 中枢プロトコル、起動。


 ログには、ただ一行だけ表示され、ひっそりと点滅していた。



 ADMINISTRATOR RETURN



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