譲れないモノ
……どれほどの時間が、経ったのか。
森は、もう暗くなり始めている。
太陽は、この森の中からでは見えない位置にまで移動したようだ。
俺の腕の中に、すっぽりと収まっている彼女は、ただ俺の目を、見つめている。
驚いているのか、困惑しているのか。
少なくとも、俺が何をしていたのかは、分かっているみたいだった。
「……な、ぜ?」
酷く、困惑に満ちた声色だった。
前のような警戒も、今は、姿を隠している。
……なぜ、か。
あぁ、ダメだ。
血を失いすぎたせいか、それとも、痛みのせいか。
頭が上手く働いていない。
目の前の景色が、俺には、変に歪んで見えていた。
疲労が、蓄積しているのがわかる。
もはや、自分の身体すらも、まともに支えることなど、出来そうにない。
地面に座ったままの姿勢なのに、身体が、勝手に崩れそうになって──
──支えられる。
白い、少女に。
驚いたように、俺が目を見開くも、彼女はそんなのお構い無しに、疑心の目を俺に向ける。
……そうか、君にとっての他は、そこまでに信用ならないものなのか。
災悪という名が、彼女に何を齎したのか。
その片鱗が、僅かに見えた気がした。
痛みが、寒気が、身体中に広がっている。
息すらもが、上手くできない。
満足に話すことすら出来ないのに、口からは、言葉がこぼれ落ちてしまう。
「……きみの、よわい姿を、みたくなかったんだ」
「……ッ」
俺の言葉に、彼女は苛立ちを隠さない。
自分には、そんなの必要なかった、と言わんばかりに、俺を睨みつける。
施しを受けた、とでも解釈したのだろうか。
…………。
……あぁ、やっぱり君は、綺麗だ。
たった一人でいられる心。
彼女には、絶対的な芯があるのだ。
誰にも縋らずに立っていられる、その芯が。
……俺にはない、それが。
だからこそ、言葉を紡ぐ。
今にも飛んでしまいそうな意識を、全力で、引き止めて、彼女の目を、ちゃんと見て。
「勘違い、するなよ……ッ」
少しの、苛立ち。
声の震えをそのままに、彼女へ向けて。
これは、勘違いすることを許さない。
災悪である、彼女でさえも。
「……君の、よわい姿を、見たくなかった」
──これはあくまでも、俺のわがままが引き起こした、ただの見苦しい行動に過ぎない。
「だから、これは俺が、"勝手"にやったことだ」
念を押すように、告げる。
この事実は、譲らない。
誰にどう言われようと。
例え、君自身に否定されようとも──譲る気はない。
「……きみを、助けたんじゃない。俺が、俺自身がやりたくて、勝手にやった、ただの──」
この、絶対的な事実は、覆さない。
「──ただの、愚行に過ぎないんだよ」
そう、彼女に向けて、俺は言う。
これが真実であり、他の何かなんて、存在しない。
全ては、俺が勝手にやった、愚行に過ぎないのだ。
施しでも、哀れみでも、なんでもない。
自分勝手な行いに、過ぎないのだ。
……あぁ、瞼が、重い。
意識が、遠退いていく。
少し前にも、同じようなことがあったなぁ、なんて、消えゆく思考の中、呑気に考える。
視界が、霞む。
力が入らない。
意識が落ちるまでの、数瞬。
目の前の彼女に、届きたくて、手を、伸ばして。
そして、その手はまた、空を切っ──
──その手が、空を切ることはなかった。
手の中には、ざらついた感覚。
…………。
……ははっ、手は、握らせてくれないみたいだ。
手の中には、白い尻尾が、ちょこんと置かれていた。
◇◆◇
ぎゅっと、握って。
羽織られたローブに、シワがよる。
「……へんな、やつだ」
小さく、そう零す彼女の声が、彼に聞こえることはない。
彼が、完全に意識を落とした後も、その手に置かれた尻尾が、動くことはなかった。




