敬い
黄金の瞳から、俺の姿が反射している。
それほどまでの、至近距離。
目開かれた彼女の目は、ただ俺の目を見つめ続けている。
少しの、時間。
締め付ける力が、少し、緩む。
彼女は、何も言わない。
口を閉じて、俺のことをただ見ているだけ。
その目は、さっきよりも細くなっているように見えた。
寝ぼけて、いるのか……?
尻尾の力が、俺を抱きしめる力が、一瞬緩まって、その隙に抜け出すようにして、体を起こす。
視界の端には、再び締め付けようとしたのか、空を切って、先の丸まった、白い尻尾が見えた。
目の前の彼女は、ゆっくりと身体を起こして、また、俺を見る。
まだ、意識が完全には覚醒していないのだろうか。
あの時とは、程遠い。
ぼんやりとした、印象を受けた。
彼女は、俺に顔を向けたまま、コテン、と首を傾げて、目を細めている。
……随分と、可愛らしいものだ。
あの時の様子を、彼女が纏う規格外の魔力を、一つも知らなければ、簡単にそう思えたのかもしれない。
傍から見れば、寝起きでぼんやりとしている、端正な顔立ちをした可愛い女の子。
けれど、その縦に割れた黄金の瞳で見つめられる度に、そんな思考が、ただの戯れ言に過ぎないものなんだと、再認識させられる。
「……んぅぅ」
どこか不満気な、漏れ出すような声。
ピクリ、と尻尾を動かすと、寒いのか、身震いをしていた。
──即座に、ローブで彼女を覆う。
誰かいる訳でもないのに、その姿を、覆い隠すように。
……なんだか、あぁ、やっぱり、変になる。
彼女の弱い所を、見たくない。
……だって、だって。
もし彼女が、ただの少女でしか、なかったのだとしたら──
──俺は、何だ?
喉を通ろうとする空気が、微かに震える。
心に、黒が指す。
…………。
……何を、考えているのか。
自分自身に、呆れてしまうかのような、そんな思考をしてしまう。
フード付きの、黒いローブ。
……サイズ、間違えたな。
彼女が羽織るローブは、少しダボッとしていて、ぼんやりとした様子も相まって、その雰囲気は、柔らかさを感じざるを得ない。
目を細めて、ゆらゆらと。
少し長い白髪を揺らしながら、倒れ込むように、彼女は僕の肩に、顎を乗せる。
……起きたはずなのに、さっきとあんまり状況が変わらないのだが?
「……んぅぅぅ」
先程とは、少し違う、唸り声。
彼女の腕が、俺の背中を回っていくのがわかる。
静けさのせいか、触れた肌から、彼女の心音まで聞こえてしまいそうな──
──爪が、食い込む。
微かに届いた、彼女の心音。
それは、とても普通とは言えないほどに、激しく鼓動していた。
◇◇◇
──熱い。
胸の奥が、焼けるように熱い。
誰かの声が、聞こえる。
彼らの目は、こちらを見ているようで、見ていない。
見ようとなんて、していない。
『──災悪だ』
『──殺せ』
『──あの子を、殺せ』
誰かの声。
数多くいる、誰かの声。
"わたし"を、見ていない。
◇◆◇
「──ッ、ぐ、ァ゛」
漏れ出る声は、抑えられない。
身体の中で、血の音がする。
鋭利な、ナニカ。
……いいや、分かっているさ。
それが、彼女の爪であることくらい。
熱い。
背中が、炎で炙られてでもいるかのような、感覚。
歯を食いしばって、耐えようとして、それでも、声が零れてしまう。
密着する肌の、奥。
ドクドクと、激しく鼓動する音が、耳に響いて、鳴り止まない。
幼く、可愛らしく、唸る声。
熱の篭った彼女の息は、安らぎとは程遠い。
何かを求めるような、恐れるような。
震える声色。
何故、なんて疑問はいらない。
俺に分かるはずのないこと、という事だけは、良く理解出来ている。
俺は災悪では無い。
であれば、理解など出来てたまるものか。
……あぁ、痛い、熱い、苦しい。
すぐにでも、離れてしまいたい。
そう思っている、はずなのに。
──それは、できない。
彼女を、更に強く抱き締める。
唸り声が、魘されるような息遣いが、落ち着きを取り戻さない。
僅か、10歳そこらの、子供の体。
背中から、彼女の爪が、より深くまでくい込んでくる。
流れ出ていく血なんて、一々気にしていられなかった。
──グチュ
「───ッ」
首の根元、そこに彼女の顔がある。
その牙までもが、俺の体を蝕んでいく。
冷や汗が止まらない。
声にならない声が、喉の中で、何度も震える。
流れ出ていく血が、俺の体温を奪う度に、彼女の肌が、俺に熱を分ける。
片手を、彼女の後頭部に置いて。
もう片方は、背中に回して。
抱き締める。
血が流れようとも、ゆっくり、じっくり、腕の中に、抱き締める。
……何故、俺はこんなことを。
なんて、答えはもう、見つかっている。
激痛が響く。
そんな中、首を少し動かして、彼女を、視界に収めて。
多分、これは、この感情は──
──敬意、なのだろう。
「……君は、いつ、目を覚ますのかな」
腕の中に収まる彼女に、そう、問いかけた。




