転生者だからこそ
……なんだか、ぼんやりとする。
暖かくて、柔らかい。
抱き枕にしては、質が良すぎる気も、しなくはない。
手を動かすと、ピトッ、と何か、鱗のような──
「……んっ」
──可愛らしく、綺麗な声。
思わず漏れる、そんな感じの、発声だ。
急激に意識が覚醒する。
目を開けば、森の中。
陽光に、木々や草花が透けて、黄緑色の光が辺りを照らしている。
……俺は、まだ生きているのか。
体の感覚が、正常にまわる思考が、俺の心を、安堵させる。
安心したら、なんだか眠たくなってきた。
そうして、もう一度眠りに入ろうと、柔らかいナニカを抱きしめ──
抱き、しめ……?
…………。
…………ッ!?
──まて、まてまてまてまてッ。
ちょっと待ってくれ……ッ。
ダラダラと、冷や汗が流れるのを感じて仕方ない。
そーっと、目を横に逸らす。
視界の端からは、徐々に、白く、そして長い髪の毛が、映ってくる。
それは、頭から二本の角を生やしていて、右手の触れている部分には、白い鱗に覆われた、爬虫類のような尻尾。
長く、白い髪がカーテンのように、彼女の顔だけを隠して、その顔は見えない。
…………。
……間違い、ないよな。
間違える、わけがないのだ。
さっきまでずっと、この目に焼き付けていた、彼女の姿。
忘れる方が難しい。
何故、どうして、なんで。
疑問が駆け巡って、口から飛び出そうになって、必死に押し留める。
そうこう考えているうちに、なんだか、締め付けられる感覚。
感覚を頼りに下を向く。
そこには、尻尾があって──
──気づいた頃には、もう遅かった。
俺の胴体には、しっかりと白い尻尾が巻きついていて、離れそうにない。
……ほんと、どうしよ。この状況。
可愛らしい寝息だけが、耳元で流れる。
…………。
……温かい。
彼女の体温を、全身で感じる。
……あぁ、これは、単なるゲームのキャラじゃないな。
これほどまでの温もりを、単なるゲームキャラクターが出せていいはずがない。
やっぱり──現実だ。
だって、そうじゃないとおかしいじゃないか。
災悪と、そう呼ばれ続けた少女が、こんなにも、温かいなんて。
◇◆◇
とりあえず、離れなければ。
そんな思考に思い至ったのは、抱き枕にしていたモノが、彼女であったのだとわかってから、一、二時間程度経ったあたり。
…………。
……いや、仕方ないじゃないか。
尻尾は巻きついていて離れられないし、柔らかいし、暖かいし、そして眠たいしで、気づいたらそれくらいの時間が経っていたのだ。
……ついでに、どこか落ち着くような匂いまでしてきたし。
誰に咎められている訳でもなく、ただ虚空に、言い訳をするように、思考する。
ちょうど、太陽が下り始めた時間帯。
それなのに、森の中にいる俺の周囲には、気配が一つも感じられなかった。
この時期の森は、例え太陽が上がろうとも、冷え込むことに変わりはない。
しかし、こうも密着していれば、感じるのは寒気ではなく、心地の良い温かさだ。
それがいけなかった。
この温かさは、冬の時期のコタツのような、気づいたら入ってしまうくらいに、魅力的だった。
結局、早朝から森の中を歩いた疲れと眠気には勝てず、この有様。
……流石に離れなければ。
絵面的には、同年代の少年と少女が、仲良く抱きしめ合って寝ているように見えるのだろう。
けど、俺の中身は違う。
なんだかこう、良くない気がしてならないのだ。
今の身体的年齢でしか得られない許しを、これ以上享受してはならない気がするのだ。
俺の左腕は、彼女の下にある。
横向きに抱きしめあっているような、そんな感じだろうか。
だからこそ、起こさないよう細心の注意を払い、ちょっとずつ、触れる肌の面積を無くそうとして、僅かに空いた隙間からは、冷えた空気が入り込んで──
──瞬間、彼女の尻尾が、ぎゅーっと、締め付ける力を、強くする。
……スーーッ。
さっきよりも温かい。
彼女の着る、ボロボロのその服が、余計に肌の感触を感じさせる。
「……んぅぅ」
唸り声にも似た、小さな声。
まるで、寒い、とでも言うような、不満気な寝息を、彼女は立てる。
寝息とともに、身動ぎ。
左腕の上で、彼女の身体が、僅かに動く。
身動ぎで、白い髪がハラリと垂れ下がり、端正な、彼女の顔面が、髪の隙間から姿を見せた。
……ッ。
息が詰まるような感覚に、襲われるような気がした。
彼女は、その目を閉ざしている。
小さく、息を吸って、吐いて。
寝ていることなど、わかっている。
……わかっている、はずなのに。
顔を見た瞬間から、心臓が締め付けられるような感覚が俺を襲ってくる。
……心臓に、悪いな。
目の前にいる存在が、災悪と呼ばれるまでに遠い存在だということは、理解している。
…………。
……でも、やっぱり、彼女は、少女にしか見えない。
動かせない左腕はそのままに、彼女の上に被せている右腕を、慎重に動かす。
器用に、近くに落ちていたカバンからローブを取り出して、彼女に被せる。
少し冷たくなっていた尻尾も、今は、先程までとは違い、温かい。
鼻に息が当たるほどの、至近距離。
離れようとすれば、彼女の尻尾が、俺を逃がそうとしない。
……どうしようもないな。
諦めたように、彼女に求められるまま、軽く力を入れて、彼女を抱きしめる。
いっそのこと、寝られれば良かったのに、なんて思ってしまう。
あまりにも衝撃が強すぎて、眠れそうにない。
森の中。
風のせせらぎだけが、辺りを支配する。
そうして──
──災悪の、瞳が覗く。
俺の目と、彼女の目が、交差する。
……この目で見つめられるだけで、胸の奥が、震えて仕方ない。
俺の身体を、身体強化をしていようとも少し痛みを感じるくらいに、強く抱き締めながら俺を見る彼女は、何を思うのか。
──俺のような凡夫には、何一つ、分からなかった。




