自業自得の後の暗がりで。
このゲーム世界、『エターナル・ラインズ』の世界には、"魔力"なんてモノが、存在する。
魔法だの、魔術だのを使ったり出来る、意味の分からない力だ。
前世にはなかった力。
それが、魔力という存在だ。
であれば、そんな力を持つこの世界の人々は、前世の人間たちと違うところがあったとしても、何らおかしくはないのだろう。
命が軽視される価値観。
それは、この魔力という存在が関係するのかもしれない。
平たく言えば、この世界の住人は、魔力さえ残っていれば、死ぬことはあまりない。
それほどまでに、タフだったりするのだ。
…………。
……じゃなきゃ、俺がまだ生きれているのに、説明がつかないだろう。
風に吹かれれば、簡単に消えてしまいそうな程の、意識の中。
それでも、ただひたすらに、体内の魔力へと意識を向ける。
……まさか、こんな形で活きることになるとはな。
この世界に来てから覚えた魔法。
その殆どは、攻撃性など皆無の、舐め腐ったモノたち。
けれど今、こうして俺の命を救うのは、その魔法たちだった。
……あぁ、彼女の尻尾が、温かい。
僅かに、手を動かして。
そんな、気持ちの悪いことを考える。
彼女が、今の俺をどんな様子で見ているのか。
分からない、分かるはずもない。
だけど、少なくとも、拒絶の意志がないということだけは、今の俺でも理解できて。
……やっぱり、温かい。
◇◆◇
気づけば、夜だった。
身体中に出来た傷も、完全では無いものの、治ってきているのが分かった。
「……おきたか」
横から、声がした。
目を逸らせば、そこにはまだ、彼女がいた。
……あぁ、だから。
てっきり、前のように居なくなるものとばかり思っていたが、そうでもないらしい。
未だある、手の中の感触に、そんなことを考えた。
少しざらついていて、それでいてツヤのある、白い鱗に覆われた尻尾。
冷んやりとして、今はなんだか、それが心地よい。
辺りには、木々と、夜の暗がりだけが、広がっている。
月光──あの青白い光だけが、俺と彼女を、木々の隙間から照らしていて……
……あぁ、いや、もうひとつ。
黄金に輝く、彼女の瞳。
その目は、俺をただ、見ていて。
俺だけを、照らしているように、感じてしまう。
…………。
……変な考えを、するものじゃないな。
これは、凡夫が感じていいものじゃない。
だからきっと、これは──
──勘違い、なんだろう。
勘違いに、過ぎないものなのだろう。
何を思ってやったのか。
俺にも分からない。
ただ、求めるように手を動かせば、彼女の尻尾は、逃げるように退いてしまった。
「……なんだ」
不満気な、声色。
見れば、彼女は俺をジトっとした目で、見つめている。
……なんて、言うべきかな。
彼女の元へ戻された尻尾は、ゆらゆらと、草花を撫でるかのように揺れている。
…………。
「……許してくれると、助かるんだけどな」
愛想笑いのような笑みを浮かべて、倒れたまま動けない身体で、彼女に向けて。
さっきよりも、目が鋭くなっているのは、何故なんだろうかな。
「……ふん」
その目を逸らすことなく、ただジッと、見続けていれば、彼女は鼻息を鳴らして、微かに目を逸らす。
月明かりが照らす、森の中。
──俺の手の内には、白い尻尾。
その先端が、ちょこんと、遠慮気に置かれていた。
◇◆◇
身体が、熱い。
明らかに、体温が上がっている。
あれだけ野晒しの状態で傷だらけになったのだ。
何らおかしくはない、か。
水浴びで清潔を保とうとしても、石鹸なんて使う機会はなかったんだろう。
爪から菌が入っても、無理はない。
「……ハァ、ハァ」
息が、荒くなる。
顔が熱い、じっとりとした汗の不快感が、体表を這いずっている。
視界の端には、カバンの横ポケットに入れられた、皮水筒が。
彼女の尻尾を握っていない、もう片方の手を伸ばして、取ろうとして──取られる。
視界の端。
見えないそこから現れたのは、彼女の手。
「……これが、ほしいのか」
何を考えているのか、分からないような声色。
顔を見ても、無表情で。
不愉快なのか、何も思っていないのか。
……この行動は、俺に何かを思っていると、そう解釈していいのだろうか。
それすらも、分からない。
「…………」
無言で、彼女は俺を見ている。
その表情は、無表情のはずなのに、どこか不満気にも見えた。
「あっ……」
尻尾が、俺の手から、遠退いていく。
俺の手は、名残惜しそうに尻尾を追って、項垂れる。
……喉が、乾いた。
──ゴトッ。
顔の横に、蓋の開かれた水筒が現れる。
思わず、彼女の方を見れば──
「──これで、おあいこ」
そっぽを向いて、小さく、彼女はそう呟いた。
そのまま、冷んやりとした彼女の尻尾は、俺の額に、無造作に置かれる。
……ははっ、おあいこって、そんなこと気にしてたのか。
そんな彼女の様子が、拙いながらに、それを伝えようとする彼女が、なんだか可笑しくて──
──それでも、これは伝えないといけないから。
水を、一口。
彼女の目を、しっかりと射抜いて。
役に立たない身体に、鞭を打って、言葉を紡ぐ。
「おあいこ、だなんて……謙遜するなよ」
「こっちはまだ、借りすらも返せていないんだ」
この俺に借りを作ったなどと、傲慢な考えをする彼女に向けて。
あの日、俺を見逃したあの日の借りを、俺はまだ、返せていない。
命よりも重い"借り"が、あっていいはずが無いのだから。
「……ふんっ」
「──ぐァ゛ッ」
不機嫌な声。
それと同時に、俺の額に、彼女の尻尾が振り抜かれた。
一歩、一歩と、彼女が去って行くのがわかる。
どうやら、今回はここまでのようだ。
…………。
……最後に、これだけは言っておこうか。
「……じゃあね。また、逢いに行くよ」
俺に、背を向ける彼女へ向けて、精一杯に、張り上げた声を、押し付ける。
……あぁ、少し、肌寒いな。
視界の先に、彼女はもう、いない。




