少しだけ違う前と今
「《身体強化:脚部重点》」
口に出しながら、魔力を流し、魔法を発動させる。
口に出さずとも魔法の発動は、俺にとっても、他の人たちにとっても容易だが、色んな発動方法を満遍なく使うほうが、いざという時に、臨機応変な対応が取れるのだ。
なんて、適当な思考を流して、日が落ちかけた森の中を駆け抜ける。
これが才能ある人間……例えば、このゲーム世界の主人公とかだったら、もっと速く走れるのだろうか。
脚力に重点をおいた身体強化でも、普段より少し速いかどうか。
その程度の速度しか出ないのには、少し辟易としてしまう。
カサリ、と。
茂みが揺れる、小さな音。
視界の端には、小さな生き物がいて。
振りかぶったナイフで──穿つ。
柔らかな手応えだけが、掌に残った。
今世の父親は、一時期、冒険者をやっていたことがあったらしい。
うろ覚えのナイフ捌きで、小さな生物の命を、刈り取った。
息の根が止まる。
そんな感覚を、ナイフを伝う血液から、感じてしまって。
あの時を、思い出して……。
「ははっ……。俺はやっぱり、普通だ」
死の恐怖に怯えてしまう俺は。
死の恐怖に、怯えることが出来ている俺は──
──普通なんだ。
黄金の瞳が、脳裏をよぎる。
まるで俺という人間の中身を見透かしているかのような目で、変なやつだと、そう言っていた彼女の姿が。
目の前は薄暗いはずなのに、光を放つように見えるほどの、あの純白が、縦に割れた瞳孔が。
ここにいるはずもないのに、見えてしまう気がした。
…………。
……はぁ、戻るか。
3匹ほど仕留めた、前世のうさぎに似た何かを片手に、煙の上がっている空を見上げて。
おそらく、無表情で本でも読んでいるのだろう、彼女の元へ。
◇◆◇
料理にも色々とあるが、結局のところ、生鮮食品はあった方が美味しい。
少なくとも俺はそう信じている。
干し肉や魚の干物よりも、俺は新鮮な肉や野菜を使った料理の方が、好みだ。
魔法で作った水で洗った後、沸騰した油をぶっ掛け、衛生的になったのであろう切り株の上に、更に魔力でコーティングして、まな板にする。
そのまま、包丁にもコーティングを施し、血抜きしておいたうさぎもどきの肉を、切り落としていく。
魔力コーティングを施しておけば、菌の付着をコーティングごと剥せるから、肉とそれ以外で、包丁を分ける必要がないのだ。
……今のところ、前世の記憶が活きたの、料理くらいしかない気が。
まぁ、いいか。
少し悲しい事実からは目を背けて、料理を続けていく。
背後から感じる、彼女の視線をそのままに。
◇◆◇
表面はきつね色に焼きあがった、うさぎもどき肉のステーキに、山菜の付け合せ。
…………。
……まぁ、料理が出来る、というだけであってものすごく上手、という訳ではないのだ。
料理を盛り付けた木製の皿を、片方ずつ、五つの指先で浮き上がらせるように、持ち運ぶ。
彼女の目の前にある、湾曲し、小さなテーブルのようになった丸太の上に、コトっと音を立てつつも、料理を差し出した。
本の縁から、彼女は顔を覗かせている。
……無表情、ではあるか。
黄金に輝くその瞳を、いつもより、ほんのちょっと見開かせて、目の前に並ぶ料理を見ている。
…………。
二度目……とはいえ、たった二度目だ。
少なくとも、俺が知る限りで、彼女が食べる為の料理を目の前にしたのは、たったの二度目。
10年ほど生きて、これまでの人生で二回しか料理を目の前にしたことがない人間など、彼女以外に、俺は見たことがない。
だからこそ。
物珍しさ、みたいなものを、感じているのだろうか。
時間にすれば、数分ほどの、短い時間。
無意識に、ぼーっと彼女の表情を、眺めていた。
それに気が付いたのか、少し細い瞳が、こちらを向く。
その顔は、ただ見られていたことに気がついたから、だけでは納得し切れないほどに、顰められていて。
縦に割れた瞳孔が、その黄金の眼光が、俺の目を、貫いて……。
「……これは?」
そう言い、彼女は自身の前に置かれた料理に、目を向ける。
…………。
……そうだった。
彼女は、そういう奴だった。
自らの過ちに気がついて、少しの軽蔑と、羞恥を、俺自身に感じてしまう。
彼女の言葉をそのままに、付け合せで作った山菜の盛り合わせも、彼女の前に置いて。
「おや、"間違えて"作りすぎてしまったみたいだ」
一拍を置いて。
彼女へと向き直り、その目を、逸らさず見て。
「二度目で申し訳ないけど、また食べてくれると、助かるよ」
「…………」
……自分でも呆れてしまうほどに、わざとらしい。
不機嫌な表情は、なりを潜めている。
向けられる目は、ジトっとした目に移り変わり、無言。
そのまま、少しの静寂が。
焚き火の音は、この静寂に割って入ることはない。
そんな彼女のジト目も、逸らさず、見つめ続ける。
焚き火にくべられた枯れ枝たちが、音を立てて、一つ、一つと崩れていき……
「……たべる」
ポツリ、と。
呆れに、少しの苛立ちが混じった声で、呟いた。
そんな様子が、なんだか可笑しくて。
少し、安心のような何かを、感じてしまって。
少し、口元が緩んでしまう。
彼女の隣に戻り、小さく揺れ動く、尻尾の先を目で追いながら。
「また、借りを作ってしまったね」
「これも、二度目だ」
「…………」
二度目の借りは、一度目よりも、少しだけ柔らかくなったような、そんな気がした。




