抱擁はコミュニケーション
彼女の瞳孔が、引き絞られている。
「なぜ……わたしのそばに、いられる?」
……あぁ、意識がぼんやりとしてきた。
前にも、似たようなことがあった気がする。
もっとも、原因は全くもって違うが。
鼻先が当たってしまうんじゃないかという距離で、彼女は俺の顔を、疑念を晴らすかのように、じっくりと、その大きな瞳で見つめていた。
彼女の瞳には、俺の姿が映っている。
……ははっ、我ながらに、酷い顔だな。
反射する俺の顔の、目の下。
そこには、薄らとだが、隈が出来ていた。
俺が彼女の疑問に答える間もなく、余程鋭い感覚でも持っているのか、彼女は、目の形を呆れたようなジト目に変えて、俺を見る。
若干のため息もあったような気がする。
不機嫌そうな顔なのに、それでも、俺から視界を外すことはない。
「……俺でも、寝ずに努力すればこれくらいは出来るんだ。まぁ、魔力量が少ないってのもあるんだろうけどな」
彼女は、そのジトっとした半目を崩さない。
俺が魔力透過のネックレスを付けていないことに気がついた彼女は、疑心と、僅かな警戒を孕んだ鋭い目つきから、呆れるような半目で、俺を視界に収めていた。
…………。
……この、身体だと、特に、だな。
思考すらも、途切れ途切れになっているのがわかる。
疲労が、限界に達しているのだろうか。
当たり前といえば、当たり前なのかもしれない。
彼女と再会を果たし、今世の父親に叩きのめされ、目覚めたあの時から、魔力を透過させることに、寝る間も惜しんで、取り組んだ。
殆ど……いや、全くといっていいほど、寝ていなかったかもしれない。
そんな記憶すらも、曖昧だ。
魔力透過のネックレスは、俺のような人間からすれば、彼女と会うための必須条件になってしまう。
ネックレスの紐一本が切れるだけで、近寄ることすらもままならなくなってしまう。
……それが、嫌だった。
多分、俺がこんな行動をしたのは、そんなちっぽけで、自分勝手で我儘な思いからだったのだろう。
「──えっ」
ふいに、胴体が締められる。
強くも、弱くもない。
少し気持ち悪い気もするが、心地よい締め付け具合だ。
下を向けば、白い尻尾が巻きついている。
こんなことが出来るのは、一人しかいない。
この場には、俺と彼女以外いないのだから。
意図が分からず、その疑心をそのままに、彼女へと目を向ければ……
「……ねろ」
彼女の方へ、倒れ込むように身体が緩む。
弾かれると思ったのに、ゆっくりと、彼女の手は、俺を受け止めていた。
横目に、彼女を見れば、その目はしっかりと俺を、見逃さないように、見ているような……。
…………。
……あぁ、いい、のかぁ。
「また、借りを作って、しまったね……」
意識が、途切れた。
◆◆◆
「……へんな、やつだ」
白い龍人の少女は、何度目かも分からない言葉を、黒髪の少年に投げ捨てる。
少年の頭を、膝の上に乗せて。
その姿勢に他意はない。
ただ、この形が一番安定するから、膝枕になっただけだ。
龍人少女は、少年の寝顔を呆れたような表情を変えずに、じっと見つめる。
この顔を見る度に、龍人少女は、首を絞めつけていたのにも関わらず、こちらを見ようとした、少年の黒い瞳を思い出し、顔を顰める。
思わず、少年の頭に手をやる。
少し長く、目に掛かっている黒髪を指先で退かし、少女は、少年の顔を、その全体像を見た。
無意識に、少年の髪を撫でていた自身の手に気づき、また不機嫌そうに、顔を顰める。
「……おまえは、へんな、やつだ」
その言葉は、何度目か、分からない。
龍人少女が、黒髪の少年に何を思って、そう呟くのか。
少女自身も、分かっていない。
撫で付ける手は、少し速度を落とすが、依然として撫でるのを止めない。
まだ拙い少女の声は、昼下がりの森の中に、木霊する。




