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ナニカ


 上を見上げれば、まだ明るい空が映る。

 太陽は、真上から少し逸れた位置で、爛々と、輝きを止めない。


 表面の乾燥した、横倒れの樹木の上。

 椅子にするには丁度いい。


 横を見れば、純白を体現したかのような、俺と同じくらいの、白い少女。

 長い髪は背中を越して、尻尾辺りまで伸びていて、毛先が、僅かに樹木と触れている。


 ゆっくりと、微かに揺れ動く尻尾の先は、俺の膝の上に置かれていた。


 …………。


 ……信用されている、と思えばいいのか。


 それとも、俺程度なら、害にすらならないと思われているのか。


 心なしか、先程よりも少し近くにいるような気がする彼女に、そんなことを考える。


 風が、吹いている。

 葉を募らせた枝が揺れ動き、草花は音を鳴らす。

 そんな、冷気を孕んだ風が、森の中を通り抜けた。


 視界の端。

 手元にある本へ視線を向け、感情のよく分からない顔をした彼女は、僅かに震えていて。


 尻尾の先を、少しだけ、俺の手に手繰り寄せていた。


 風に揺られ退かされた白髪の隙間からは、ボロ布のような服が、垣間見える。


 何処でその服を手に入れたのか、なんてものはどうでもいい。


 その服は、傷だらけで、汚れまみれで……。

 彼女は、それでも気にした様子を見せない。


 …………。


 ……穴が空いて、破れていて。

 血がこびり付き、土が所々に張り付いているのに。


 彼女は、知っているはずだ。


 他の人間が、どのように生きていて、どんな衣服を身にまとっていたのか。


 見てきたはずだ。

 聞いてきたはずだ。


 彼女を災悪と呼び、恐れた、者たちから。


 視線に気づいたのか、彼女の目は、俺の目を見ている。


 その黄金の瞳は、彼女の在り方の一端を醸し出しているかのようで……。


 …………。


 ……触れていい、モノじゃ、ないな。


 俺にはまだ、足りない気がした。


 言語化すらも出来ない何かが。

 そのナニカが、俺には、足りないのだ。


 …………。


 ……何を、考えているのか。


 自分自身に、呆れてしまう。


 独りよがりに。

 彼女を見るほどに、知っていくほどに、変な思考に陥ってしまう。


 少し冷たい、彼女の尻尾を、撫でつけようとして、手が止まる。


 …………。


「……服、直そうか」


「……」


 彼女は、俺を見ている。

 不機嫌そうに、顔を顰めて。


 ……借りは、返すものだ。


 彼女に、哀れみを持っているのではない。

 感じるのは、僅かな敬意と、何か。


 そして、命を見逃してもらった、借り。


 …………。


 ……自分の行動に、理由を求めてしまう俺はまだ、彼女のような何かを、持つことはできない。



◇◆◇



 ふむ……。


 …………。


「……ごめん」


「……あやまるな。その目を、やめろ」


 黒色の、彼女が着るには少し丈の余るローブの下。

 垣間見えるのは、ツギハギだらけの服。


 隙間は塞げた──いや、隙間を塞ぐしか出来なかった、と言うべきか。


 ……自分の不器用さを呪うばかりだ。


 自分で直そうと言っておきながら、この有様なのだ。

 どうしても、申し訳なさ、というものが出てしまう。

 

 それが、目に浮かび出ていたのだろうか。

 彼女は、不機嫌そうな顔をして、この言葉を、この感情を、咎める。


 ……膝上の置かれた尻尾は、依然として、退かされてはいなかった。


 …………。


 ……視線を、感じる。


 俯いた顔を持ち上げると、目の前には──




──彼女の顔があった。


 目を見開いて、何か、見逃していたものを、その違和感を、見つけ出そうとする、彼女の目が。


 黄金の、瞳。

 龍の、眼球。


 引き絞られた、その瞳孔が、俺を見る。


 ……大きな、瞳だ。


 彼女がもし、人間であったなら、どう扱われていたか、想像に容易い。


 端正な顔立ちに、純白の髪が僅かに被さっている。


 ……一目惚れ、でもするべきだろうか。


 少なくとも、この目を向けられて、そんな思いを抱けるほど、俺は特別ではない。


 彼女の目は、俺の顔を巡って、そしてやがて、首元へと移り……。



──その目は、見開かれて。



「……あの、紐は、どうした」


 彼女の視線が、俺の首元で止まった。



──眠気が、差す。



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