下手っぴな演技
この世界には、魔力がある。
前世とは全く違う異世界であり、人間以外にも、多くの種族が存在していた。
俺からすれば、龍人も、そのうちの一つだ。
この世界は、前世とは違う。
物理法則しかり、生態系しかり、技術発展しかり。
どれをとっても、同じものはない。
……けれど、殆どの生物が、生きるために何かを食らう必要があるのは、変わらない。
前世とはほぼほぼ変わらない、常識の一つだ。
……一部例外みたいな魔物も、いた気はするけど。
少なくとも、俺みたいな人間。
そして、龍人である彼女にとっても、それは変わりない事実だ。
……そうじゃなければ、俺の腹が悲鳴を上げることなどないのだ。
──パチパチと、燃え上がる音が鳴り響く。
緩やかな風に吹かれ、目の前に掛かる髪には隙間ができて、その隙間からは、淡い橙色の光が揺らいでいた。
──ジーッ。
…………。
……うん、睨まれてるよなぁ。
チラリと、後ろを見ると目が合う。
俺の少し後ろにいる彼女は、樹木を背もたれに、俺と焚き火──そして、手に持った本を、交互に見ていた。
俺が渡した……いや、半ば強引に押し付けた本を見ては、また俺の後頭部へ視線を突き立て、不機嫌そうな唸り声を、小さく鳴らしている。
ただ、借りを返すための行動だというのに、一体何がそんなに気に入らないのだろうか。
人々から避けられてきたであろう彼女が、読み書きをすることが出来るのには、少し驚いた。
……膨大な魔力だけに飽き足らず、高い知能まで持っている、とでも言うのだろうか。
嫉妬、なんてものは欠片も浮かばない。
劣っていることを、また更に理解させられたのに、彼女への劣等感を、感じるはずなのに……。
むしろ安堵してしまっている自分は、彼女が言うように、変なのだろうか。
鍋の中身を、木製の玉杓子でくるくると、無心で掻き混ぜながら、ぼんやりと。
焚き火の上に支えを作り、鍋を使って、彼女の意思など問わず、勝手に昼食を作っていく。
前世の経験というのは、こういった細かい所で活きるのだ。
勿論、先程の熊モドキの肉は使っていない。
魔物の肉というのも、食べられないことはないけど、あれは彼女が殺した生き物だ。
ならば、俺が使っていい道理などない。
…………。
……なんてな。
俺はそこまで、善良な人間ではない。
怯え、鳴き、逃げ去っていく少女に向けた、彼女の目を思い出して、使う気が起きなかった。
ただ、それだけの事だ。
鍋の中。
──反射する俺の顔は、陽光の影に隠れて、上手く見えない。
煙は、木々を通り抜け、天高く舞い上がっていた。
◇◆◇
干し肉に、根菜や出汁をいい感じにぶち込んだ、麦がゆ。
湯気が立ち上り、食欲のそそる匂いが漂ってくる。
……さて。
背後へ、振り向く。
本を読み解いていた彼女は、急な動きに驚いたのか、目を大きくして、俺を見ていた。
緩く尻尾を揺らし、唸り声を上げている。
もっとも、警戒するような顔つきは、数瞬もしない内に、不満気なジト目へと変わってしまうが。
呆れられているかのような半目だ。
そんな目で見つめられると、まるで俺が愚か者かのように思ってしまう。
…………。
……君からすれば、そうなるのか。
そんな、悲しい事実からは目を背けておく。
干し肉と根菜の、麦がゆ。
それが、鍋の中を埋めている。
いくら俺が食べ盛りな年齢だとはいえ、この量を食べ切るのは厳しいだろう。
この料理が余ってしまったらどうなるか。
それは、見るまでもなく明らかだ。
困ったものだ……なんてな。
背後の彼女からは、依然として視線を突き立てられているのを感じる。
麦がゆを器に入れて、彼女の方へ向いて、おどけるように。
「困った。こんな量、俺だけじゃ食べきれないな」
額に手を当てる。
少し身体を退けて、鍋の中身が見えるように。
「そうだ、もし良かったら、俺を助けると思って、一緒に食べてはくれないか?」
真っ直ぐと、彼女を見る。
なんともまぁ、不満そうな表情だな。
僅かな逡巡。
瞼を閉じ、考え込む様子の後、俺を見て。
「……チッ。のってやる」
少し、拙さを感じる声だ。
黄金に輝く、彼女の瞳。
それは、俺の全てを見透かしているようにも、思えて、心の奥が、震えてしまう。
……それにしても、"のってやる"か。
俺は役者でもなんでもなく、演技なんてものは、全く出来ない。
彼女から見れば、さぞ滑稽に見えたのだろうと、そんなふうに思ってしまう。
「……ははっ。また、君に借りを作ってしまった」
「……チッ」
そっぽを向いて、また舌打ち。
……そこまでに、気に入らないものなのか。
彼女への借りは、増すばかりだ。
どう、返してくれようかな。
なんて考えながら、焚き火を囲む。
横倒れになっている樹木を椅子にして。
すると、彼女は俺の真横に座って来て──尻尾を回してきた。
…………。
……少し、冷たいな。
尻尾に触れようと、抵抗されることは無かった。
俺を見る彼女の目は、何を思っているのか。
彼女の表情は、依然として、殆ど動かない。
……どうしたものかな。




