華麗なる白は紅を被る
鬱蒼と点在する木々の隙間からは、日が出始めていた。
靴底が、草花を踏み荒らす音が響く。
……精神的には、もう大の大人ではあるけど、肉体的に見れば、俺はまだ子供に過ぎない。
ならば、それを言い訳として使わしてもらおう。
10歳そこらの子供が、してもおかしくない精神状態。
いわゆる──反抗期、というやつだ。
自己中心的にしか動けない、子供っぽいと揶揄される年頃。
子供の成長過程とでも見れば、微笑ましく見れるものだろう。
もっとも、それを利用するためには、それ相応の態度をしないといけない訳で……。
……朝っぱらから、心が削れる。
実に幼稚な態度で今世の両親に接してみた、昨日のことを思い出した。
──父にボコボコにされた日から、大体三日あたりか。
今俺は、木の根が生い茂る森の地を、やや重たい背嚢型のアイテムボックスと共に、踏みしめている。
これで、二度目か。
たった二度目ではあるけれど、前よりは、慣れてきているのを実感した。
息の漏れていないこの身体を俯瞰して、そんなことを思考する。
もちろん、目的はあの少女だ。
逢いに行く、と。
俺自身が、そう宣言したのだ。
行く他に、選択肢などない。
まぁ、そんな使命感だけが、理由になっているわけでも、ないのだろうけど……。
今日の森は、前よりかは幾分か暖かい。
視界の端には、細々とした気配たちが、横切っている。
……少なくとも、ここら辺にはいないようだ。
歩き始めて、二時間は経っただろうか。
そんな、時──
──甲高い悲鳴。
森の中に響き渡り、思わず耳を抑える。
耳鳴りのような、人の声。
瞬時に、森の奥から血のような匂いが漂っていることに、気がついた。
針の穴程に見えた、木々を抜ける小さな隙間。
鳴き声のような人の声が鳴る方向には、僅かに、景色の歪みが見えた。
……何が──いや、いいか。
あの声は、白の少女のものではない。
それだけは分かっている。
ならば、余計な事など考える必要もない。
下半身を満たしていくように、魔力を流し込み、身体強化という形に、押し固め、造形するかのように、形作る。
……いくら魔力操作が出来ようと、魔力が少ないんじゃ、あんま意味無いな。
普段よりも、ほんの少しだけ早く過ぎていく景色を横目に、少しだけ、悲しくなってしまった。
…………。
……寒い。
◇◆◇
そこは、破壊の跡に満ちていた。
血が飛び散り、そこら中には血溜まりが出来ている。
一人、中学生くらいの女の子がそこにはいた。
周囲の木々が薙ぎ倒され、無理矢理に開けた場となったそこで、その女は鳴き声を上げている。
……煩い。
耳を閉じたくなる程に、不愉快な声。
女は、何かを見て、顔を青くしながら鳴いている。
そのまま、転びながらものたうち回り、森の奥へ、逃げ出すように走り去っていった。
元凶に、目を向ける。
……あぁ、ああ!
声すらも、出てこない。
息だけが、口から漏れ出して、目を見開く。
その光景を、目に焼き付けるために。
巨大な角を生やした、悍ましい容貌の、クマ……らしき、魔物。
それは、もう既に、息をしていない。
一軒家に匹敵する程の巨体は、腹に風穴を空けて倒れ伏せ、今はもう、血を垂れ流すだけ。
陽光の光が降り注ぐ。
その巨体の、頭の頂点に──
──彼女はいた。
純白が如き髪を、紅に染めて。
逃げ去っていった女の足跡を、黄金に輝くその瞳で、ただ見ていた。
…………。
……そんな目を、君はするんだね。
──それとも、"していた"と言った方が、正しいのだろうか。
少しの間。
俺は無言で、彼女を見つめていた。
やがて、彼女は俺に気づき、少し顰めた顔で、俺を見る。
「……チッ」
小さな音……だけど、俺の耳には、確かに届いた。
苛立ちを孕んだ、舌打ち。
可愛らしさの欠けらも無い態度だ。
血に濡れ、陽光は赤い光を靡かせている。
そんな姿が、綺麗で、華麗で……そしてなんだか、可笑しくて。
「……とりあえず、こっちへおいで」
軽く笑いながらタオルを両手に、そう、彼女に呼びかけた。
「……ふんっ」
苛立ちを隠そうともせず、顔を背ける。
けれど、一歩、一歩と、俺の方へ近づいてくる彼女に、言いようの無いナニカを、感じて仕方ない。
…………。
……尻尾が、揺れている。
◇◆◇
「……んっ」
ピクリ、と身体を動かして、反応する声。
「……まだか」
「……まだ、拭き始めたばっかりなんだけど」
不機嫌そうに呟く彼女に、少し呆れてしまう。
髪だけじゃなく、顔とかにも血が飛び散っているんだ。
大した技術もない俺では、そんな素早く汚れを拭き取ることなど出来ない。
……綺麗な、髪色だ。
汚れを拭き取る度に、純白が一本一本と現れていく。
「よし、次はこっち向いて」
「……む」
髪に付着した汚れを拭き終わり、俺の方を向くように、促す。
すると、返ってくるのは、またしても不機嫌そうな声。
……一体、何がそんなにご不満なのやら。
彼女の顔に着いた血を、優しく、撫で付けるように拭き取っていく。
…………。
……ふと、心が疼いて、彼女の両頬を持ち上げるようにすると、あらお可愛い──
──バチンッ
横腹を、尻尾で叩かれた。
激痛が響くも、顔には出さないよう、押し殺す。
「……その目を、やめろ」
少し細まった彼女の瞳は、じっと、俺の目を見つめている。
…………。
「なんのことやら……」
俺は、不機嫌な様子の彼女に、そう返す。
それ以上、彼女に何か言われることはなかった。




