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江戸の道灌  作者: ふじまる
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第20章 景仲の隠居

 新鎌倉公方・足利政知あしかがまさともは、伊豆国と相模国にある扇谷おおぎがやつ上杉家と太田家の所領から勝手に税や兵糧米の取り立てをおこなったので、それ以降ずっと両家とのいざこざが続いていたが、業を煮やした資長すけながは、寛正元(1460)年五月、遂に強硬手段に出た。資忠すけただが率いる太田家の兵を、古河公方・足利成氏あしかがしげうじの軍に偽装させた上で、政知が仮御所にしている伊豆の国清寺こくしょうじを焼き討ちさせたのである。

「ざまあみろ。これで奴らもビビって少しはおとなしくなるだろう」

 と、資長はにんまり微笑んだ。

 炎上する国清寺から命からがら逃げだした政知は、堀越ほりごえ(現在の静岡県伊豆の国市四日町)の地に新しい御所を構え、この後は人々から堀越公方ほりこしくぼうと呼ばれることになった。本作でも、これからは政知を堀越公方と併記することにする。ちなみに、御所のある地名は堀越ほりごえだが、慣用として「ほりこしくぼう」と読まれている。「ほりごえくぼう」と読んでも構わない。

 その堀越公方陣営では、いつまでたっても成氏を倒せず、政知が鎌倉へ入れない状況が続いているので、次第に仲間割れ状態になってきた。自分のせいにされたくない渋川義鏡しぶかわよしかねは、足利家名門を笠に着て、

「失敗の原因は両上杉家と友好な関係を築けなかった上杉教朝うえすぎのりともにある」

 と声高に言い張った。

「なぜわしばかりが責められなきゃならんのじゃ」

 教朝は必至に弁明したが、義鏡の強引な主張に押され、陣営内での立場が苦しくなるばかりだった。政知も教朝を避け始めた。追い詰められた教朝は、寛正二(1461)年三月、恨みのこもった長い遺書を残し、自害して果てた。

 教朝の自害は政知のみならず京の義政にも衝撃を与えた。

(このままでは兄上側は瓦解する。何とか立て直さなければ)

 焦った義政は、教朝の後継者として彼の息子の上杉政憲うえすぎまさのりを関東へ送ると共に、同年八月、斯波家の当主・松王丸を廃嫡し、渋川義鏡の六歳になる息子・義簾よしかどに斯波家を相続させた。足利一族としての繋がり以上の血縁関係が無い義簾に斯波家を継がせたのは、斯波家の軍勢を関東へ派兵するためである。義鏡は

「よーし、これで斯波家はわしの思いのままじゃ。斯波家が抱える兵を関東へ呼び寄せ、一気に成氏を攻め滅ぼしてやるぞ」

 と喜び勇んだ。ところが、その年の十月、斯波家の領地である遠江とうとうみで反乱が起こり、その鎮圧の為またしても関東へ派兵できなくなった。政知と義鏡はガックリ肩を落とした。

 このように堀越公方側は混乱状態にあったが、上杉側も平穏ではなかった。これまで両上杉家を引っ張ってきた長尾景仲ながおかげなかだが、七十歳を越えるとさすがに寄る年波には勝てず、しかも長年に渡って戦乱を掻い潜り、肉体を酷使してきたツケが回ってきたのか、俄かに体調不良を訴え、家督を長男の長尾景信ながおかげのぶに譲って隠居したのである。これにより山内やまのうち上杉家の家宰には景信が就任した。

 ところで、以前にも書いたが、山内上杉家の家宰職は白井長尾家と総社長尾家が交替で務めるしきたりになっていた。白井長尾家の景仲が辞めたのなら、次は総社長尾家の人間が家宰になるのがスジである。そして、このとき総社長尾家の当主は、景仲の次男で総社長尾家の養子になった長尾忠景ながおただかげであった。今回は総社長尾家が家宰になる番だと忠景は主張しても良かったのだが、相手が実の兄である景信なので遠慮し、黙っていた。しかし、次に機会が巡ってきたら、断固として総社長尾家の権利を主張するつもりだった。

 五十子陣いかっこじんで景信の家宰就任を祝う会が開かれた。その会には十八歳になった景信の長男・長尾景春ながおかげはるが出席していた。同じく出席した資長は、久しぶりに見る景春が凛々しく逞しい若武者に成長していたので驚いた。

「君は会う度に俺を驚かせるね」

 資長は景春にそう言って微笑んだ。

「どうしてですか、兄上?」

「だって、ついこの間まで小さかったのが、ちょっと目を離した隙に、もうこんなに大きくなっているのだもの」

「わたしにはちょっとの間に大きくなったという意識はありませんけどね」

 と、景春は苦笑した。

「子供の頃と大人になってからでは時間の進み方がぜんぜん違うからね」

「そうなんですか?」

「試しに十年前のことを考えてみろよ。体の大きさも、考えている事も、話す内容も、今とまったく異なるだろう?」

「ええ、そうですね」

「つまりこの十年間は、たくさんの経験と出来事が詰まった、実りの多い、成長と変化の時間だったというわけだ」

「確かにそうかもしれません」

「それに比べて俺の直近の十年間はどうだ? 今とほとんど変わりゃしないじゃないか。ずーっと同じままだ。俺にはもう成長と変化が無いんだよ。このまま平板な時間がもの凄い速さで滝のように流れ落ちてゆくばかりだ」

「兄上はいくつになられたのですか?」

 景春にそう尋ねられた資長はちょっぴり恥ずかしそうに答えた。

「もう三十歳。ジジイだよ」

「まだお若いですよ」

「老いらくの、身をつみてこそ、武蔵野の、草にいつまで、残る白雪・・・今やこういう心境だよ」

「はぁ? 何ですか、そりゃ?」

「俺の話はいいよ。それよりも君だ。伯父上も頼もしいだろうな、君のような立派な跡取りに恵まれて」

「はい、わたしは父と共に山内上杉家を守ってゆく所存です」

「立派だよ、景春」

 そう言って資長は景春を眩しそうに眺めた。

 会には当然ながら道真どうしんも出席していたので、資長は久しぶりに父親と話をした。

左衛門尉さえもんのじょうさまの隠居に合わせて、父上も隠居なさると伺ったのですが、本当ですか?」

 前にも書いたが、左衛門尉というのは景仲の受領名である。

「まあね。俺は左衛門尉さまの一の子分だから、親分が隠居するのなら、子分もそれに従わなくてはならんだろう」

「本気でおっしゃっているのですか?」

「もちろん本気だよ。しばらくの間は糟屋かすやへ引っ込んでおとなしくしているつもりだ」

「しばらくの間?」

「いや、まだ古河公方との戦闘は継続中だし、堀越公方との関係もどうなるかわからないから、場合によっては再び俺の出番があるかもしれないだろう?」

「やる気満々じゃないですか」

 そう言って資長は笑った。

「そんなことより」と、道真は話題を変えた。「沙羅さらの病状はどうなんだ? 相変わらず悪いままなのか?」

「はぁ」資長の表情が曇った。「良くなる気配はありません、今のところ」

「肉体的には悪い箇所は無いのだろう?」

「医師の見立てではそうなのですけど・・・」

長頼ながよりが殺されたことが、心にそんなにこたえたのか?」

「それがきっかけですけど、それだけではないような・・・」

「どういうことだ?」

「もともと沙羅は真面目すぎるというか、融通が利かないところがあるというか、人間として良い人である分、不器用なんですよ、色んな意味で」

「そんなこと言っても、早く元気になってもらわないと、紫音しおんが可哀想だろうが」

「紫音の顔のあばたを見ると病状が悪化しまして・・・」

「しかし、紫音が病気になったのは沙羅のせいではないぞ」

「そこが不器用たる所以で、ぜんぶ自分で背負いこんじゃうんです、沙羅は」

「困ったものだな」

「最近は食事もあまり食べなくなったものですから、体がどんどん痩せ細ってしまって」と、資長は苦悩の表情を浮かべた。「もうわたしにはどうしたら良いのかわかりません、本当に」

「俺も医師じゃないからわからないけど」道真は腕を組んでじっと考えた。「おまえと紫音がそばにいてやるのが一番の薬じゃないか?」

「わたしもそう思って、江戸城にいる時は、なるべく沙羅のそばにいてあげるようにしております」

「それしかないよな」

「近頃は沙羅が寝ている横で、紫音が歌をうたったり、琴を弾いたりして元気づけているんですよ」

「それは良い。沙羅は喜んでいるだろう?」

「はい、その時だけはニコニコと嬉しそうにしております」

「これで良くなってくれれば嬉しいんだけどな」

「ええ、わたしもそうなってくれる事を願うばかりです」

「ところで、沙羅がそのような状態なら、おまえも新たに妻をもらわなくてはならないのではないか?」

 道真にそう言われた資長は、即座に「それはお断りします」と答えた。

「しかし、身の周りの世話をしてくれるおなごがいないと、何かと不便だろうが」

「わたしの妻は沙羅ひとりです。それは結婚した時にはっきりと申し上げたはずです。沙羅以外の女性を娶る気は毛頭ございません」

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