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江戸の道灌  作者: ふじまる
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第18章 新しい鎌倉公方

 都から新しい鎌倉公方が下向してくると聞いた両上杉家の首脳陣は、さっそく五十子陣いかっこじんに集まって今後の対応を協議した。ちなみに集まった面々は、関東管領・上杉房顕うえすぎふさあき山内やまのうち上杉家の家宰・長尾景仲ながおかげなか、その長男の長尾景信ながおかげのぶ、次男で総社そうじゃ長尾家の当主・長尾忠景ながおただかげ扇谷おおぎがやつ上杉家当主・上杉持朝うえすぎもちとも、扇谷上杉家の家宰・太田資長おおたすけなが、それに太田道真おおたどうしんである。

 皆の意見はほぼ一致していた。新しい鎌倉公方・足利政知あしかがまさともが古河公方・足利成氏あしかがしげうじを討伐してくれるのなら、それはありがたい話だし、協力もしよう。成氏一派を倒した後、彼らの領地を鎌倉公方の直轄地にしてもらっても構わない。しかし、現実にはそう簡単にいかないだろう。もし政知が、げんざい両上杉家が有している土地や権益を横取りしようとすれば断固として反対するし、場合によってはいくさも辞さない。また、旧領を取り戻そうとするであろう犬懸いぬかけ上杉家の動きにも要注意だ・・・以上の事を前提とした上で全員の正直な気持ちは、

(まったく将軍の奴、余計なことをしやがって。厄介者が増えただけじゃねえか。こっちは、いい迷惑だ)

 というものであり、とりあえずは鎌倉公方の出方を見て、それに応じて対策を練ろうという結論になった。

 一方、足利政知の下向を聞いた古河公方・足利成氏は、

「ちょこざいな。ひねり潰してやるわ」

 と笑って、まったく相手にしていなかった。

 長禄元(1457)年十二月、足利政知は京を出発した。しかし、近江国の園城寺おんじょうじに留まり、関東へ向かおうとはしなかった。関東管領・上杉房顕がことさらに情勢不安を強調した書状をわざと送りつけたので、すっかり怯えきっていたのである。ようやく政知が伊豆に到着したのは翌年の八月だった。成氏が本拠地を古河へ移し、両上杉家も五十子陣を本拠地にした為、鎌倉は大地震と今川軍による攻撃で焼け野原になった後、誰も復興しようとはせず、放置されたままになっていた。そんな鎌倉へ政知を入れても仕方ないし、そもそも治安が悪くて危険すぎるというわけで、とりあえず政知は伊豆の国清寺こくしょうじに留めたまま、渋川義鏡しぶかわよしかね上杉教朝うえすぎのりとも宇都宮等綱うつのみやひとつなの三人が、都から率いてきた数百名の兵を引き連れて五十子陣にやって来た。

(たったこれだけ?)

 これが都から来た兵を迎え入れた五十子陣の人間の正直な感想だった。

「援軍はもっと来てくれるのでしょうね?」

 上杉房顕にそう尋ねられた渋川義鏡はバツの悪い表情をしつつもこう答えた。

「大丈夫、今に大軍がやって来ますから」

 最も警戒されていた犬懸上杉家の上杉教朝は予想に反して小心そうな老人であり、両上杉家のものになっている旧領を無理やり奪い返すような真似はしそうになかったので、その点はひと安心だった。むしろ問題なのは、やたらと鼻息の荒い渋川義鏡の方で、自分は関東執事であり、伊豆にいる鎌倉公方の代理として関東全域を支配すると宣言したものだから、両上杉側の全員が鼻白む思いをした。

 義鏡はまず鎌倉公方・足利政知の名で成氏派の武将たちに寝返りを誘った。しかし、その誘いに乗ったのは岩松持国いわまつもちくにくらいのもので、他の者たちにはまったく無視された。いくら京の将軍が正式に任命した鎌倉公方といっても、政知は関東に縁もゆかりも無い、所詮はよそ者。それに対して成氏は、足利基氏あしかがもとうじから数えて五代目の関東に根付いた我らの公方さまだ・・・そういう意識が関東武士の間に深く浸透していたので、誘いには乗らなかったのである。

 敵の切り崩しに失敗した義鏡は、京の将軍と伊豆の鎌倉公方にどうしても何らかの成果を示さなければならなかったので、成氏を攻撃すべく両上杉家に出陣を要請した。両上杉家を仕切る景仲は、表向きはおとなしく従うふりをしていたが、内心では「誰がこんな奴に協力などするもんか」と思っていた。このような調子だったので、十月に利根川を渡って敵の支配地へ攻め込んだものの、成氏側にこてんぱんにやられて敗退した。面目を失った義鏡は、教朝と等綱を連れて、すごすごと伊豆へ引き上げていった。最初からまったくやる気が無く、戦うふりだけして実際には兵を戦闘させなかった景仲は、失敗した義鏡を陰でせせら笑った。

 資長すけながは今回の戦闘には初めから参加せず、専ら江戸城の普請に精を出していた。江戸城内の静勝軒せいしょうけんが住まいなので沙羅さらの健康状態を日常的に確かめられたし、何より紫音しおんといつでも遊べるのが資長は何よりも嬉しかった。紫音は元気いっぱいで、毎日そこらじゅうを駆け回っていた。資長が追いかけてやると、嬉しさのあまり紫音は「トトさま、つかまえて」と笑顔で叫びながら逃げ回っていた。

 ところが、そんなある日、あんなに元気だった紫音が急に高熱を出して寝込んでしまった。

「どうした、紫音?」

 資長はすぐに医師を呼んで診察させた。診断の結果は疱瘡ほうそう、今で言うところの天然痘てんねんとうだった。種痘しゅとうという治療法が無かったこの時代においては死の病であり、確かにそのころ巷では流行していた。

「そんな馬鹿な・・・」

 まさか自分の娘が疱瘡に罹患するとは夢にも思っていなかった資長は狼狽し、医師をできるだけたくさん呼び寄せて治療に当たらせると共に、僧侶をかき集めて連日連夜祈祷させた。しかし、それでも紫音の病状は良くならなかった。

「紫音、紫音・・・」

 資長と沙羅は半泣きしながら懸命に看病したが、紫音の病状はじわじわと悪化する一方だった。資長は神にも仏にも地獄の閻魔大王にも、

「自分の命と引き換えで構いませんから、どうか娘を助けてやってください」

 そう祈ったが、何の験もなかった。いよいよ万策尽きて、資長が発狂寸前の状態になっていた時、佳子よしこがぼそっと呟いた。

「確かむかし山城やましろ(現在の京都府)の一口稲荷いもあらいいなりに祈願すれば平癒すると聞いたことがあるけどねぇ・・・」

「え? 母上、それは本当ですか?」

 藁にも縋りたい気持ちだった資長は、すぐさま一口稲荷社に使いを立てて祈祷した。そうしたところ、嘘かまことか紫音が快方に向かった。

 資長と沙羅は「良かった、良かった」と繰り返しながら抱き合って涙した。その後、紫音は順調に回復してゆき、やがて完治した。ただし顔にあばたが残った。佳子が

「大きくなれば顔のあばたは自然と消えるさ」

 と慰めてくれたが、まずは紫音の命が助かったことだけで満足すべきであり、余計な不満を口にするとお稲荷さまにそっぽを向かれ、せっかく助かった命が再び危うくなるんじゃないかと恐れた資長は、努めてあばたの事は考えないようにした。その上で資長は、感謝の気持ちを示す為に山城国から一口稲荷社を勧請し、江戸城内に一社を建立した。これが東京都千代田区に今もある太田姫稲荷神社の始まりである。

 伊豆の政知は、渋川義鏡、上杉教朝、宇都宮等綱の三人が成氏に敗れてしょんぼり戻ってきたものだから、国清寺内の仮御所で怒りのあまりキンキン声を張り上げた。

「この体たらくはどういうことですか? わたしは面目なくて都の将軍さまへ顔向けできませんよ」

 政知に怒鳴られた義鏡はおずおずと弁解した。

「上杉の奴らがちっとも協力してくれなかったものですから・・・あいつら、戦うふりだけして、あとは逃げて行く始末でして・・・最初からやる気が無かったんですよ」

「上杉が協力しない? それはどういうことなんですか、教朝? 上杉と円滑に事を運ぶために、あなたを呼んだのでしょうが」

 政知にそう詰問された教朝は額の汗を拭いながら答えた。

「申し訳ございません。同じ上杉といっても、わしら犬懸と彼ら山内、扇谷とは、昔から犬猿の仲でして・・・」

「犬とか山とか扇とか、上杉内の権力争いには、わたしは興味がありませんよ。つまり何ですか、あなたを連れてきたのは無駄だったということですか?」

「いえ、そう申しているわけでは・・・」

「等綱、あなたはどうなんですか? 地元なんだから、もっと味方を集められるでしょうが」

 急に政知の怒りの矛先が自分に向けられたので、どぎまぎした等綱は下を向いて口ごもった。

「それがなかなか難しくて・・・」

「もう結構です」と、政知はうんざりした表情で言った。「つまり、あなたがた三人は役立たずのポンコツだというわけですね」

「いえ、決してそういうことはございません」と、義鏡は声を大きくした。「この失敗は必ず挽回してみせますから。今その策を練っている最中です」

「どうだか」と、政知は白けた顔をした。「それよりも、都からの援軍はどうなっているのですか? 早く援軍を呼んできなさいよ、義鏡」

「はい、わかっております」

「わかっているのなら、さっさと呼んで来いと言っているのです。あなたは関東執事なんでしょう?」

 義鏡は苦しそうな表情で「わかりました」と答えた。

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