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江戸の道灌  作者: ふじまる
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第15章 分倍河原の戦い

 享徳四(1455)年一月十六日、京の幕府は上杉支持を表明。立川に集結した上杉軍は幕府軍となった。総大将には、本来なら関東管領である山内やまのうち上杉家当主・上杉憲忠うえすぎのりただがなるはずだったが、殺されてしまったので扇谷おおぎがやつ上杉家当主の上杉顕房うえすぎあきふさが就任した。このとき十九歳。もちろん、実際にいくさを指揮するのは、山内上杉家の家宰・長尾景仲ながおかげなかである。

 その景仲に上杉憲秋うえすぎのりあきが、彼と犬懸いぬかけ上杉家の家臣団をぜひ先陣に加えて欲しいと頼んできた。お家再興のため、どうしても手柄を立てたくて彼らは必死だったのである。景仲は

(今さら犬懸に手柄を立てられても厄介だしなぁ・・・)

 と慎重な態度を取っていたが、同じ上杉一族ゆえに同情したのであろう、総大将の顕房が、

「自ら先陣を志願なさるとは、あっぱれな心意気でございます」

 と持ち上げたので、認めざるを得ない状況になった。その際、お人好しの顕房は、憲秋が思う存分働けるよう、彼を先陣の大将に任命した。

 一月二十一日、犬懸上杉家の家臣団を含む二千の兵が、先陣として府中へ向かって進軍を開始した。憲秋は

「よーし、このいくさは犬懸上杉家復活の狼煙じゃあ」

 と大いに張り切っていた。

 しかしながら、上杉軍の動きは鎌倉公方・足利成氏あしかがしげうじに筒抜けだった。四方へ放ってある間者から上杉の先陣が府中へ向けて動きだしたという情報を得た成氏は、すぐさま途中にある多摩川沿いの分倍河原ぶばいがわらに五百名の精鋭を潜ませた。この分倍河原は、そのむかし新田義貞にったよしさだが北条軍と戦って勝利した、源氏にとって縁起の良い場所である。

 憲秋に率いられた二千の兵が何も知らずに分倍河原に入ってきた。突然、彼らの側面から、成氏が潜ませていた五百の精鋭が大声を上げて襲い掛かる。不意を突かれて混乱する上杉軍先陣。憲秋は必至に体制を立て直そうとするが、いちど崩れると収拾がつかなくなるのが上杉軍である。奮闘虚しく、全身に深手を負った憲秋は自刃して果て、それと共に先陣は崩壊した。

 翌二十二日、前日の反省から上杉軍は全軍一体となって府中へ進軍した。数的有利を最大限に生かそうという作戦である。成氏はこれを正面から分倍河原で迎え討つ構えを見せた。

 二万の上杉軍が一万の公方軍にぶつかってゆく。数において劣る公方軍は方々で後退し、そこを上杉軍が勢いのまま敵陣深く追いかけてゆく。すると、いつの間にか公方軍に周りをぐるりと包囲され、中の上杉軍は全滅。一丁あがりとばかりに公方軍は再び前に出る。しばらく上杉軍と戦った後、頃合いを見て後退。上杉軍は追いかけるが、敵陣に深く侵入したところを公方軍に包囲されて全滅。この繰り返しで上杉軍の前線はじりじりと削られていった。

「おい、公方の奴、書物で学んだ事をそのまま実践してるぞ」

 後方で戦況を注視していた資長すけながが、隣にいる資忠すけただにそう言った。

「そんな事、どうしてわかるんだい?」

「そりゃあわかるさ、足利学校で同じ勉強をした仲だもの」

「あの戦法は教科書に書いてある通りなのかい?」

「ああ、教科書そのままさ」

「それなら公方もたいしたことないね。勉強した成果を引き出すだけで、自分では何ひとつ新しい戦法を編みだせないのだから」

「いや、逆に俺はそこが凄いと思うんだ」

 と、資長はさも感心した表情をした。

「え? どういうこと?」

「いくら書物で戦術や戦法を学んでも、実戦でそのまま使うのは躊躇うものだ。知識と現実は違う、現実には様々な不確定要素が関与してくる、とか思っちゃってさ」

「ああ」

「つまり不安なのさ。書物を信じ切れないのさ。知識に身を任せる勇気が欠けているのさ」

「普通はそうかもね」

「ところが、あの公方は違う。学んだ知識を躊躇なく使ってやがる。そこには、ためらいも、不安も、恐れも、迷いも、そんなものは一切ない。俺は以前から公方の思いっきりの良さに感心していたが、やっぱ凄いわ、あいつは。天才だね。心から感心するよ」

「敵の大将に感心して、どうすんだよ?」

 資忠が呆れ顔をすると、資長は苦笑した。

「確かにおまえの言う通りだよな。でも、すごいものはすごいと素直に認めなくちゃね。ほら、敵軍は押しては引き、押しては引きを繰り返しているだろう? 全軍が一つになって運動しているのさ。それを動かしているのは公方だ。公方が全軍を自分の手足のように自在に操っている。それに比べて我が軍はバラバラだ。いくら数が多くても、これでは勝てない」

「でも、敵だって相当数やられてるよ」

「しかし、見てみろよ。我が軍は中央を突破され、二つに分断されたじゃないか。次にこれが四つに分かれ、八つに分かれ・・・このままだと次々と細かく分断されて、最後は殲滅させられるだろう」

「そんな風に敵の動きを全て読めている兄キでも、公方には勝てないのかい?」

「俺には公方のような早熟の才は無い。しかし、そのぶん堅実性がある。今は敗けても、最後に勝つのは、この俺さ」

「先の話はいいから、いま兵を動かして、どうにかしてくれよ」

「俺だって兵を動かしたいさ。やってみたいさ。でも、俺には指揮権が与えられていない。自由に動かせる兵を持っていない。俺にいま出来るのは、これ以上損害を増やさぬよう、父上に撤退を進言することだけだ」

 資長はそう言うと、資忠を連れて本陣へ急いだ。本陣に入ると、いちばん奥に総大将の顕房がいて、その横に景仲と道真どうしんが控えていた。資長は撤退を進言したが、道真は「現状は五分五分だ」と言って動こうとしなかった。

「見た目はおっしゃる通り五分五分です。しかし、二倍の兵数を有する我らが五分五分ということは、実質的には敗けているという意味なのですよ」

「だが、実際には敗けていない。ここが我慢の為所しどころだ」

「失礼ですが、父上には真実が見えていないのです。公方は表面から見えないところで着々と手を打っています。いま我が軍が持ちこたえているのは見せかけなのです。例えて言えば、家の土台をシロアリが食っているようなものです。知らぬ間に土台を食い荒らされていた家は、ある日とつぜん倒壊する。早く対処しないと我が軍にも同じことが起きますよ。ここはいったん撤退し、公方が仕掛けた網の外へ逃れるべきです」

「しかしなぁ・・・」

 道真は態度を決めかねていた。景仲は二人の会話を黙って聞いていたが、道真が迷っているのを見て、「もうしばらく様子を見よう」と言った。

「それでは手遅れになります」

 資長はそう訴えたが、景仲と道真は取り合わなかった。

 そうこうしているうちに、後方へ引いたと思っていた成氏側の結城ゆうき軍が、とつぜん自軍の側面に出現したという急報が、資長のいる本陣に届いた。

「しまった。手遅れだ」

 資長は悔しがったが、もはやどうしようもない。結城成朝ゆうきしげとも率いる結城軍は側面から上杉軍を崩してゆく。それと同時に、武田、小山、里見、村上といった成氏側の諸将が総攻撃を開始した。こうなると上杉軍は脆い。雪崩のように兵が逃げ始めた。本陣の内も外も大混乱である。総大将の顕房が声を張り上げ、

「逃げるな。踏みとどまれ。踏みとどまって敵と戦え!」

 そう命令したが、兵たちは逃げるのに必死で、誰ひとり聞く耳を持たなかった。景仲は顕房に告げた。

「お館さま、残念ですが、もはやこれまでです。どうか速やかにお逃げください」

 顕房は天を仰ぎ、しばらく悔しそうな表情をしていたが、最後はしぶしぶ馬に乗り、本陣を去った。顕房を逃がすと、景仲は本陣内に残っていた他の者たちに

「おまえたちも早く逃げろ。死ぬなよ。命あっての物種だ」

 と命じ、そのあと道真と資長のそばへ歩み寄った。景仲は資長の肩に手を置き、

「すまなかったな、資長。おまえの進言を素直に聞いていれば、こうはならなかった」

 と詫びた。資長は俯いたまま「残念です」と答えるしかなかった。

「もうわしらの時代ではないようじゃな。のお、婿どの?」と、景仲は道真に向かって言った。「これからは資長や資忠の時代だ。若い指導者が皆を引っ張ってゆかなければならない」

「はい」と、道真は力なく頷いた。

「わしはこれから手勢を率いて小栗おぐり城へ行く」

「え? 常陸ひたちの小栗城ですか?」

 道真が驚いたのも無理は無い。小栗城は上杉側の城とはいえ、関東の東に位置するため、周囲はすべて成氏側の勢力下にあったからである。

「なぜわざわざあんな危険な場所へ?」

 景仲は道真の問いに笑顔でこう答えた。

「わしが小栗城へ入ったと知れば、公方側の武将は西へ進軍するのを止め、われ先にと小栗城へ攻めて来るじゃろう。なにしろ、奴らにとって、わしの首以上の手柄は無いからな。その間に我らは体勢を整えられる。つまり時間稼ぎをするのじゃ」

「しかし、それでは義父上ちちうえのお命が・・・」

「なーに、籠城戦なら任せておけ。そんなに簡単には落ちはせんよ。とにかく、わしがおとりになって敵を引き付けておく間に、反撃の準備をしておいてくれ。頼んだぞ、婿どの」

 景仲はそう言い残して小栗城へ向かった。道真は資忠と共に糟屋かすやへ、資長は品川へ、成氏側の兵の猛追をかわしながら、それぞれ落ちのびていった。

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